神さまは鬼に恋をする


出会った日に紅花を助けた理由に名前を付けるとすれば、一つしかない。先祖返りという今までにないケース、日常がひっくり返る音がした──好奇心、それもなかったとは言わない。
でもそれ以上に魅了された。一目惚れと言ってもいい。血と狂気と恐怖に彩られた儚さに途轍もない支配欲を感じた。その恐ろしく美しい姿を俺にだけ見せて欲しい。この感情が何なのか分からないほど子供じゃない。
恋と呼ぶにはあまりに歪んでいるそれは──しかし間違いなく恋だった。


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「あの日、悟が手を差し伸べてくれた日から私には世界が蒼く見えるんだよ」

比喩ではない。五条が掬いあげてくれたあの日から、あの美しい碧眼が自分を見つけてくれた日から、温い日常の中にも、冷たい戦いの中でも紅花の世界には五条の色が混じる。
捉え方によっては殆ど告白のような台詞を吐く紅花の表情は穏やかだ。当然だ、紅花もまた五条に特別な感情を抱いてはいるが、今はそういう意味で言っていないし、そもそも彼女はそれに気付いてすらない。しかし五条は違う、彼は自分の恋をしっかりと自覚している。その上でその想い人が、世界が自分の色をしているなんて殺し文句を垂れてくるのだ。小悪魔なんてものではない、鬼だ──二重の意味で。
想像だにしなかった紅花の本音に、五条は赤くなる顔を隠せない。額に手をついて深い深いため息を吐く級友の苦悩など露知らず、紅花は五条の顔を覗き込もうとする。

「悟?」
「こっち見んな」

ぐっ、と五条の大きな掌が紅花の頭を押さえつけた。たった13歳の少女にここまで翻弄される五条も珍しい。家入なんかは面白がって飽きるまでネタにしてくることだろう。

「クソ、」

五条は紅潮の引かない顔を見られぬように紅花の頭を両手でかき混ぜた。急にため息をついたかと思えば、次には髪をぼさぼさに掻き回してくる五条に紅花は短い悲鳴を上げた。満足したころに紅花を解放し、何を言う訳でもなくさっさと部屋に戻る五条を紅花は呆然と身送るのだった。


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「──ってことがあって、なんだったんでしょうアレ」
「ぶっ…あっはっはっは!紅花ちゃん、最高!」
「何それしばらくネタにしてやろ」

最近話題の喫茶店にて、テラス席で丸テーブル囲み女子トークを展開する、家入、庵、紅花。久しぶりに家入と合わせて完全オフの日、前々から決まっていたこの休みに紅花は彼女と出かける約束をしていた。そこに偶々休みであった庵歌姫も加えて、三人は都心に遊びに出ていた。ショッピングをし、ゲームセンターで遊び、美味しいと話題の移動販売車でジェラートを買って食べ歩く。先程の会話は小休止と入った喫茶店でされた会話である。
現在高専に所属する中でも最年少、そして年上ばかりの環境からか素直な紅花を庵はそれはもう可愛がっていた。庵の「頑張ってるんだってね、聞いてるよ〜」から始まりそこから話題が飛びに飛び、たどり着いた「五条に意地悪されてない?」という質問。紅花は先日あった五条との対話を話したのだ。机を叩いて爆笑する庵、話だけ聞きながらストローからアイスコーヒーを吸っていた家入ですらニヤニヤと笑みを浮かべている。どこにそんなに笑う要素があったのかサッパリな紅花だけが首を傾げて甘いカフェオレをストローから吸う。

「紅花はさ〜、五条のことどう思ってる?」

唐突な家入からの問い。表情でこの話題が嫌だと語る庵に苦笑いをしながら紅花は、うぅん、と彼の瞳と同じ色の晴天を仰いだ。どう、と言われても正直困る、紅花の中で五条は同じ土俵にいない。例えるなら──そう。

「かみさま、かな」

「似合わねぇー…」庵と家入の声がぴったり重なる。紅花もやっぱり分かりにくいよなぁ、と反省した。きっとこれは自分にしか分からない例えだ。しかし残念ながら、これ以上に紅花にとっての五条を表す言葉を彼女は思いつかない。

「じゃあ恋愛対象にはならない?」
「うーん…考えたことない」
「即答、」

紅花の知る恋とは、ふわふわしてドキドキするものの事だ。紅花が五条に感じるのはもっと覚めるような感情だ。近くにいるのに酷く遠い、焦がれる空を掴もうとするかのような、そんな渇望と憧憬。

「でも、認めて欲しいなって思う」
「それ多分恋愛感情ではないな」
「どちらかというと呪術的なアレね」

握りこぶしを作って意気込む紅花に、二人はツッコんだ。無意識に眼中にすらない五条を流石に気の毒に思いながら。
話題が切れたところで、庵が思い出したように問いかけた。

「じゃあ、夏油は?」
「憧れの呪術師」
「紅花ちゃんさ、ちょっと趣味悪いんじゃない?その答えクズ共に刷り込まれてない?大丈夫?」
「え、そんなにダメですか、傑」
──二人とも歌姫さんに何したの。

五条のかみさまは兎も角、夏油への憧れも疑われるとは。級友二人の人間関係が少し心配になった休日だった。

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