寂しいよ、寂しくないよ、


「姉妹校交流会?」
「まぁ運動会みたいなものだよ」
「でもあれって、二・三年がメインのイベントだろ」
「ただでさえギリギリの人数が、長期の調査で足らなくなったそうだよ」
「それで一年の俺ら?」
「四年生は出場できない決まりだからね」
「硝子は治療要員で行くんだよね、京都」
「あぁ、行くよ」

「お前らとりあえず話を聞け」

夜蛾の声にぴし、と雑談が止まった。

「交流会メンバーに二名欠員が出た。硝子は治療要員として行くことが決まっているから除外して、穴埋めだが悟と傑お前らが出ろ」
「はい先生!京都観光してもいいですか!」
「交流会が終わったらな」
「やっりー」
「え、じゃあ私一人で留守番ですか…」

ガッツポーズを掲げる五条に、五条の様子に呆れつつも楽しみにしているのが見て取れる夏油、元々行く予定だった家入は普段通り、紅花だけが悲壮感を漂わせていた。正直紅花にはまだ早い場だ、それは彼女自身もよく分かっている。では何にショックを受けているのか──留守番が嫌なのではない、"一人で"留守番が嫌なのである。
五条のように観光したいなど邪な理由ではなく、紅花は純粋に後学のために同行したいと思っていた。年齢、体格、経験、知識、抱えるハンデが人の何倍もある彼女はそれを正しく理解しており、高専生の中でも特に勤勉である。

「悪いが紅花は留守番だ」

だがそんな願いも虚しく、紅花は机に項垂れた。


/


交流会のために大多数が出払ってしまい、任務に行こうにも同行者がいないため、紅花は交流会の間の二日間は休みとなった。とは言っても紅花の場合、やることは変わらない。昼間は夜蛾に借りた訓練用の呪骸で近接の訓練をしつつ、術式の構想を練る。紅花が今扱えるのは、呪力操作のみの飛ぶ斬撃と、術式をのせた爆破する斬撃──紅花が望む戦闘の理想系はその一見すると同じ斬撃を織り交ぜて攻撃し撹乱する──であるが、その二種類は発動時に印を組むか組まないかで判別できてしまうため現時点ではまだその本来の意味をなさない。他にも考えていることはあるが、それはまだ早いため、ここでは割愛。

「やっぱり、掌印の省略は必須かぁ…」

こればっかりは修行あるのみだ。いつもより人気のない敷地内も相まって、はぁ、と深いため息を吐いた時だった。

「Hey、可愛いお嬢さん。好みの男のタイプは何かな?」
「…はい?」

特級呪術師・九十九由基──彼女はそう名乗った。

──特級って…悟や傑よりも上の階級…!
「ええと…四級術師の鳥居紅花です!す、好きなタイプは…ええと、」
「ははは、初心だなぁ可愛い可愛い」

あっちで話し相手になってくれないか、とベンチを指さした九十九に紅花は返事の代わりに頷いた。

「で?好みのタイプは?」
「ええと…優しくて、明るい人、ですかね…」

ありきたりな答えを返す紅花の頭の中には、高専に来る際に別れた彼氏の顔が浮かんだ。九十九は聞いておきながらふーん、と詰まらなさそうな返事を返す。

「それで、お嬢さんは高専で何をしてるのかな?お留守番?」
「交流会に連れてってもらえなくて…私、最近呪力制御覚えたばかりですから…」
「! へぇ…それにしては随分といい動きしてるようだけど」
「いえ、そんなまだまだです」

自己を過大評価も過小評価もしない。事実を事実として受け止めている、この年齢で。中々出来ることではない。九十九は口にこそ出さなかったが内心感心していた。一点納得いかないとすれば、男のタイプか。

──ありきたりでつまらないな。

酒呑童子の先祖返りというポテンシャル。呪術界に足を踏み入れて半年足らずで、既に術師として成立しており、命の取り合いに一切の躊躇がない、この少女は間違いなく天才と呼べる部類だ。もっと術師向きの言い方をするならこの上なくイカれていると言ってもいい。なのにその心根は不釣り合いなほどに清廉──九十九の口元が笑んだ。

──なら、もっと深みを覗けばどうだろうか?
「プレゼントをあげよう」
「プレゼント、?」
「まぁ楽しみにしてるといい。じゃあお嬢さん、また話そう」

その時はもっと面白い答えを期待してるよ──意味深な言葉を残し、九十九は颯爽と去っていった。

その日の夜、紅花は昼間会った九十九を思い出しながら寮の共有スペースのソファに座っていた。二日間くらいやることをやっていればすぐだと思っていたが、存外寂しいものだ。紅花は膝を抱えて蹲る。年齢の割に大人びているとはいえまだ中学一年生なのだ、いつもは生活感のある寮に一人、寂しさを感じても仕方ない話だ。

「DVD何かあったかな…」

夜遅いなら眠ってしまえばいいのだが、まだ眠る時間でもない。気を紛らわすために何か見ようと、一人ごちてソファーから立ち上がろうとした時だった。机の上に置いていた携帯が着信を知らせる。ディスプレイには"五条悟"の文字。紅花は慌てて通話ボタンを押した。

「、もしもし」
「あ、紅花〜?大丈夫?寂しくない?」
「しょうこ、ちょっと寂しいかも」

五条だと思って出たら家入の声。だが後ろから五条と夏油の声もすることから、どうやら三人一緒らしい。紅花が一人で寂しいだろうと連絡してきてくれたようだった。意地を張るところでもないし、隠すことでもない。素直に寂しさを吐露する紅花に家入は仕方ないなぁ、と電話口で笑った。

「お土産買って帰るから、何がいいとかある?」
「…うーん、じゃあ京ばあむで」
「オッケー、りょーかい。ほら夏油、」

「もしもし、紅花?団体戦勝ったよ」
「ほんと?見たかったなぁ、」
「来年は一緒に出よう」
「うん、」

当たり前のように来年の約束をしてくれる。電話の向こうで、「ほら悟」という夏油の声が聞こえた。

「もしもし、」
「うん、勝ったんだってね、おめでとう」
「当たり前。…明日には帰るから、泣かずに待ってろよ」
「泣かないよ」

──もう寂しくないから。恥ずかしいから言わないけれど。

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