何もかもを食べてあげる


秋の気配も過ぎ去り、季節は12月──クリスマスという一大イベントに盛り上がる街へ繰り出そうと、紅花は電車から降り、改札をぬけた。駅前にある噴水の前では既に待ち人がスタンバイしており、紅花は慌てて携帯を確認した。時刻は11時56分をさしており、自分が遅れた訳では無いのだと、ほっと胸をなでおろしながら携帯を仕舞っていると、おい、とかかる声。

「悟、」
「何してんだよ」
「いや、悟がもう待ち合わせ場所にいたから私が遅れたのかと…」

何とも失礼な言い草であるが、それを責められないのは責める程でもない遅刻癖がある五条の日頃の行い故だ。かくして、二人は合流したわけであるが──さて、何故この二人は待ち合わせして一緒に出かけているのだろうか。話は3日前に遡る。

「クリパしよーぜ」

その日、五条が突然放った一言に全員が彼を見た。

「クリスマスパーティー…」
「いいんじゃないか」
「あー、あたし24日は無理。彼氏とデート」
「じゃあ25日の夜にしようか」
「任務入るかもしれねーし、食料は空いてるやつで当日買いに行くか」
「でも今時期、ケーキはさすがに予約しといた方が良くない?」

急すぎる発案にも関わらず、場所は、飲み物はどうするか、食べ物は何を揃えるか、プレゼントの有無、etc──トントン拍子で進んでいく話に紅花は全くついていけず。気づけば話はまとまっており、25日の夜に言い出しっぺである五条の部屋でクリスマスパーティー開催という運びになったのである。では、その買い出しの為に、五条と紅花は街へ出ているのかと思うだろうがそれは違う。買い出しは明日、紅花と家入、荷物持ちとして夏油が行くことになっている。ちなみにこの日、五条は日中任務が入っている。明日のことは明日する段取りが着いているにも関わらず、紅花が五条とこうしてクリスマスイヴに会っている理由は、単純に誘われたのだ、五条に。
即興クリパ会議の後、五条はクリスマスパーティーに浮かれながら任務に向かおうとする紅花の手首を掴んで引き止めて、一言。

──24日、空けとけよ。

その時は、突然のことに訳も分からず頷いた紅花だが、後にそれはデートのお誘いでは、と我に返る。そしてそれは、昨日の夜に待ち合わせ場所と時刻がメールされて来たことで更に現実味を帯び、紅花は夜中に衣装ケースの中身をひっくり返して一人ファッションショーを繰り広げる羽目になった。
というのが、ここに至るまでの経緯である。

「午前中、用事あって出てたんだよ」

成程、だから待ち合わせ時間に間に合っているのか、と紅花は納得した後、今度は五条の存在感に一歩引いた気持ちになる。私服姿を見るのは初めてではないが、やはり何度見ても慣れない。先程噴水の前で待っている時も現役のモデルかそれ以上に雰囲気があったし、もっと言えば道行く人、主に女性の視線が釘付けだ、こちらは現在進行形である。人が容姿に於いて得られる至高、その全て詰め込んだような美しさ、それが五条悟だと紅花は思っている。そんな五条に見劣りせぬよう──というのは表向きの理由で、本当の所は好きな人の前では女は可愛く居たいものである、紅花もそこから漏れず、着飾って出て来ていた。アイボリーカラーのオフタートルニットワンピース、丈は七分くらいだろうか、にピンクベージュのノーカラーコートを上から羽織り、足元は少しヒールのある黒のショートブーツ、バッグは小ぶりのショルダーバッグ、髪型は服に合うように家入がシニヨンアレンジに、おまけだと軽くメイクまで施してくれた。13歳にしては背伸びしたコーディネートであるが、元々紅花は13歳にしては発育もいい方で、顔立ちも大人っぽい。家入チョイスの洋服とヘアメイクは彼女によく似合っていた。

──は、何だこの可愛い生き物。

一見平静を装っていた五条の胸中も、この通り。これには仕掛け人、家入もニッコリである。しかし思わずトリップしてしまったのも一瞬のこと、五条はキョロキョロ落ち着かない様子の紅花の手を取った。

「とりあえず飯な」
「う、うん」

五条の過剰なスキンシップが始まってからざっと二ヶ月、最初こそ都度飛び上がりヒヤヒヤドキドキの毎日だったが、人とは慣れるもので、紅花は密かに胸を高鳴らせつつも、それとなく流すことができるようになっていた。とはいえ、今日に限ってはいつもと違うシチュエーションにドキドキするなという方が無理な話なのだ。優しいような強引なような絶妙な力加減で握られた手を驚いて引こうとするが、五条はそれを許してはくれない。自分より一回りも二回りも大きな手のひらから伝わる温度は、紅花にとっては酷く幸福で悲しい。
ほんの一瞬曇った紅花の表情を五条は見逃さなかった。紅花が何を思って自分の元に飛び込んで来ないのか、五条はその理由を知らないし、聞こうとも思わない、それはきっと紅花が自分で答えを出さなければいけない事だから。だから五条は待っている。紅花が自分に手を伸ばしてくれる日を、五条悟を求めてくれる日を。彼女の心に少しずつ指を入れながら待っているのだ。

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