何もかもを食べてあげる・弐


五条が昼食にと紅花を連れて行った店は、アジアンテイストのインテリアが素敵な洋食屋だった。客席は全て二階らしく、各ボックス席はカーテンで仕切る事によって簡易個室に出来るようになっていた。メニューはかなり豊富で、定番の洋食からエスニック系の料理も数種、価格帯も良心的とくればもう文句なしの良店だ。
メニュー選びにも時間は掛からず、運ばれてきた料理に紅花は瞳を輝かせた。丁寧に置かれたナポリタンからはバターのいい香りが漂ってくる。向かいの五条が頼んだオムライスもふわとろな半熟卵にデミグラスソースが蠱惑的だ。二人でシェアして食べる為に頼んだサラダと、カルパッチョも直ぐに運ばれてきて二人は手を合わせた。
簡潔に感想を言うなら、料理はとても美味しかった。じっくり炒めた玉ねぎの甘味とピーマンの苦味、大きめに切ってあるソーセージのパリッとした食感と燻製の香り、全てが見事に調和しており、紅花の表情が食の幸福に満ちる。五条は幸せそうに麺を口に運ぶ少女にほんの少しだけ悪戯心が芽生えた。

「こっちもひと口食う?」
「食べる!」

にやり、と五条が悪戯っ子の笑みを作った。

「はい、あーん」
「え"」

ひと口分掬って差し出されたオムライスに、紅花は変な声が出た。魅惑的なオムライスのバックにはそれはそれは美しい笑顔の五条、紅花は秒で「あ、これ面白がってるな」と悟った。

「わ、私自分で食べれる」

カトラリーボックスに余っているスプーンに手を伸ばそうとすればその手を上から抑え込まれ、もう一度。

「あーん」
「う、」

逃げ場は無いというのに動かない紅花を急かすように、五条は包み込んだ小さな手を指先で緩く撫でた。その感覚にびくりと肩を跳ねさせた紅花が、紅潮した頬でおずおずと口を開ける。五条はその小さな口の中に、掬ったままのそれを入れてやった。むぐむぐと紅花が咀嚼する。

「美味しい!」

飲み込んだ後、先程の挙動不審が嘘のような満面喜色。しかし油断する事なかれ、与えて終わる五条では無い。

「俺にもそれちょうだい」

ナポリタンを指さしながら、頬杖をついて早くしろと口を開ける。──え、私があーんするの。でもさっき一口貰ったし…でもあれは悟が無理やりあーんしてきただけであって、ここで私があーんする必要はないんじゃ…云々かんぬん──紅花はちらりとカトラリーボックスを見る。五条の手は紅花のそれに重ねられたままで、どうやら離してくれるつもりはないらしい。視線から紅花の意図を汲み取った五条が追い打ちをかける。

「フォークあるよ、なんて言ったら前みたいにキスしてやるからな、今ここで」

もちろんこれは脅し文句であって五条にその気は無いのだが、紅花にその区別はつかない。五条ならやりかねないと思っていた。ダメだ、逃げられない。観念した紅花が麺をフォークに巻き付けて五条の口元に持っていく。満足気にそれにかぶりついた五条が、咀嚼し飲み込んで一言。

「関節キス、ご馳走様」

紅花の頭からは湯気を通り越して、煙が出そうだった。


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ゲームショップにCDショップ、ゲームセンターに雑貨屋、五条が紅花の手を引いたかと思えば、今度は紅花が五条の手を引く。途中入った、デザートが美味しいと評判のカフェで特大パフェを吸い込むように食べる五条の姿には度肝抜かれたが、二人は楽しい時間を過ごした。互いの手は繋がれたまま、紅花も次第に気にならなくなった。
すっかり日も暮れ、夜は割烹料亭でお膳で運ばれてきた懐石料理にした舌鼓を打つ。割烹料亭とは言ったが、気後れしてしまうような格式高いお店ではなく、幾分かカジュアルなお店で、五条は店選びのセンスがいいと紅花は思う。

冬は日の入りが早く、料亭から出てくる頃にはもうすっかり夜になっていた。五条が当たり前のように紅花の手を取り、駅へと向かって歩く。少し遠回りして、イルミネーションが綺麗なエリアを抜けながら、駅へと歩く。会話は無い。

──楽しかった、すごく。

終わってしまうのが酷く寂しい。紅花は眩いイルミネーションの光に目を細める。だからこそ、紅花には五条が分からない。ふと、足を止めた。

「悟、」
「なに、」

振り返った五条の顔をまっすぐと見つめる。あぁ、なんて綺麗なんだろう。こういう時紅花は嫌という程思い知るのだ、彼と自分は違うと。性格は悪いがこういうタチの悪い揶揄い方をする人ではない、本当は優しい人だと言うことも、紅花はよく知っている。五条は本気だ、本気で自分の事を好いていてくれてる。だからこそ甘えるのはもう止めにしなければいけない。

「もう止めよう」
「やめるって何?」

五条の美しい碧眼が途端に温度を失った。

「こういうの…私は悟の気持ちに応えられないし、悟にとっても良くない」
「で?」
「で、って…話聞いてた!?私なんかに時間を割くことない!私は──「なんでそれをお前に決められなきゃいけねぇの?」

聞きたくない、とばかりに強引に手を引いた五条は街を早足で抜けていく。引き止める声も無視されたまま引っ張られ、解放されたのは高専に戻って来てからだ。手を離した五条が紅花に向き直る。

「お前がお前のことどう思おうが詮索しねえよ、それはお前の問題だから。だけど、俺の事まで分かった様に言ってんなよ」

五条の想いは、五条だけのものだ。例え紅花であろうと、否定することは許さない。真っ直ぐで優しい五条の気持ち、それが紅花には堪らなく辛い。心の奥に閉じ込めても閉じ込めても、五条はいとも簡単にそこに触れる。その度に紅花は自身の本当の想いに立ち戻っては苦しくなる。

「何でダメなの」
「なんで、って…」
「先祖返りだから?血を吸うから?そんなの俺がどうでも良いっていえばどうでも良いんじゃねーの?」

──俺が好きなのは全部含めた鳥居紅花なのに、お前がそれを否定すんの?

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