探しものはなんですか?

──俺が好きなのは全部含めた鳥居紅花なのに、お前がそれを否定すんの?

はっと目を覚ます。見慣れた自室の天井に紅花は昨夜のことを夢に見たのか、とぐったりした。昨夜、五条から放たれた言葉は紅花の心を容赦なく突き刺した。紅花の苦悩がまるで無意味なものだと、言われたような気がしたから。でも何故だろうか、言われた紅花よりも、言った五条の方が傷ついていたように思う。寝覚めは最悪、背中にはじんわり汗をかいており、紅花は着替えようとベッドを抜けた。昨日の今日なので正直気は乗らないが、家入と夏油と買い出しに行かなければならない。早く目が覚めてしまったので時間もある。紅花は重い体を引き摺って、浴室で汗を流してから、ラフな服を選ぶ。ゆったりとした、オーバーサイズのトレーナーに袖を通しながら、考える。五条はもう任務に赴いただろうか、それなら日中は顔を合わさずに済むが、夜はみんなで計画したパーティーだ、ここで顔を合わせないというのは不可能である。とてもじゃないが、いつも通り接する自信は紅花にはない。
夢のような一日だった。はしゃいで、ドキドキして、温かくて──最後は自分で台無しにしてしまったけれど。昨夜、あれ程までに真っ直ぐ、好きとまで言ってもらったのに、怯えるだけの自分が紅花は心底嫌だ。私も好きだと、返せたならどれ程の幸福に包まれたのだろう。けれどその先には、鬼の食欲がある。大好きな人を食い殺してしまう事の恐怖、そこに至ってしまった時の絶望、それらに比べたらこうして悩んでいる方が百倍マシだと、紅花は考えている。

──そんなの俺がどうでも良いっていえばどうでも良いんじゃねーの?
「無理だよ、」

死んでからでは、恨み言だって聞けやしない。


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「次飲み物ね〜」
「しょ、硝子…これお酒、」
「細かいことは気にしなくていいんだよ」
「紅花、言っても無駄だよ」

「そういうこと〜」と上機嫌にアルコールを籠に入れていく家入に紅花は、これ会計の時止められないかな、いや夏油がいるから平気か、と自問自答した。
行く前こそ気乗りしなかったものの、いざ外に出てきてみればこの買い出しは紅花にとって良い気分転換になっていた。気分が落ちている時、一人でいたら人間碌なことを考えない。悩みの種が解消された訳では無いが、落ち込んだままよりずっと良いだろう。
オレンジジュース、ブドウジュース、紅茶、炭酸系を二種類ほど──飲みきれなかったら共有スペースの冷蔵庫にでも入れて、欲しい人が飲めばいいだろう、という理由で多めの購入だ。夏油が籠を持ち、家入が放り込む、紅花はその後ろをてくてくとついて行くだけだ。
脳内を占めるのは昨日の出来事で、何が正しいのか、誰が間違っているのか、紅花には分からない。否、これに関しては正解も不正解も無いのだろう。前を見ていなかったせいで、夏油の背中にぶつかった。

「あいた!…ごめん傑」
「いや、全然いいけどぼーっとしてるね。昨日はそんなに遅く帰ってきた訳じゃ無いだろう」
「眠いわけじゃないの。本当にごめん」
「悟となにかあった?」
──なんで分かっちゃうのかなぁ、この人は。

頷いた紅花に夏油は「悟、今朝機嫌悪かったからね、」と笑った。やっぱり、と紅花の気が一気にどよんとした。五条は悪くない、寧ろ悪いのは最後に全てぶち壊してしまった自分だ。それだけは彼の名誉の為に弁解しなければならない。

「凄く楽しかったんだけど…私がね、最後に余計なこと言って怒らせちゃったの」
「成程、聞いてもいいかな、何て言ったの?」
「悟にはもっといい人居るよ、的な…アレです」
「あー…」「紅花それは無いわ、」
「しょ、硝子、」
「悪いけど、それは私も怒ってしまうかも」
「傑も!?」

──なんでそれをお前に決められなきゃいけねぇの?

昨夜の温度のない声が蘇る。二人が言うのも、つまりはそういう事なのだろう。
けれど、いつか誰かを食い殺してしまうかもしれない自分が、受け入れてもいいのだろうか。駄目だ、これでは堂々巡りだ。

「紅花はさ、五条の為に我慢してんの?それとも自分の為に我慢してんの?」
「我慢…」
「先祖返りだから普通じゃない事も多いんだろうけどさ、それって今考えることじゃなくない?全部その時でいいじゃん──あんた、何に遠慮してんの?」

核心を突かれた、そんな気がした。夏油も「私も硝子と同意見だよ」と緩く笑った。紅花だけが、その言葉の意味をすぐに飲み込めずにいる。自分の本音、五条の本音、全てを理解出来れば答えが出るのだろうか。昨日のあれで、彼はもう自分の事が嫌になったかもしれない。それでも確かめないと。それは、ここまで五条を振り回した紅花がつけなければいけないある種のケジメだ。今夜パーティーの前に、もう一度五条と話そう──そう決意して紅花は顔を上げた。

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