答え合わせをしようか


その日、朝から五条は頗る機嫌が悪かった。原因は言わずもがな、想い人である紅花だ。
昨日は、殆ど一方的に取り付けたクリスマスデートであるにも関わらず、五条はもちろん紅花だって楽しんでいた。五条としては、このまま収まるところに収まるのでは、なんて期待もしていたのだ。しかし物事はそう上手く運ばないもので、煌びやかなイルミネーションの中で紅花から吐き出された言葉に、五条は心が急速に冷えていくのを感じた。
五条は待てると思っていた──いや、今でも思っている。紅花がどれだけ否定しても、最後は自分の元に来れるように、態度で示していたつもりだった。けれど、紅花はやめようと言う。彼女は五条の恋心すら否定した。その後の事は詳しくは割愛するが、五条は自身の本音を責める様な口調でぶち撒けた。甘い思い出として刻まれる筈の一日は、最悪の後味で幕を閉じたのだ。
おかげさまで翌日の気分は最悪、前もって言い渡されていた呪霊祓除任務で、半ば八つ当たりの様に暴れたのはこの際目を瞑って欲しい。さっさと任務を終わらせて、高専にある自室へと戻る。制服を脱いでベッドに身を投げ、何もない天井を見つめながら今日晩、紅花は来るだろうかと考える。紅花は止めにしようと言った。昨日で終わりなのだろうか。悪い方へ悪い方へ動く考えに、自ら嘲笑を溢した。

──らしくない。

そう、らしくない。自分では一時腹が立っただけだと思っていた紅花の言葉は、しかししっかり五条の心に傷を付けていたらしい。

──取り敢えず、今日気不味いとかで夜ドタキャンしやがったら、部屋から引き摺り出すか、

そんな、乱暴な対策を練った時、控えめに三度扉が叩かれた。来客である。時間にはまだ早いが夏油だろうか。端から夏油だと決めてかかり、扉を開けた五条の目の前には今一番会わないであろう人物が立っていた。

「紅花」
「疲れてるところ、ごめん…少しだけ話をさせてください」

不安気に、しかししっかりと引かないという意思を込めて。紅花の言う話というのが昨日の続きである事は五条にも容易に想像がついた。

「入れば?」
「うん、」

こんな誰の目に触れるか分かったものではない場所で話すことではない。紅花はすんなりと彼の領域に足を踏み入れた。お茶が出てくるわけでもなく、五条はベッドの上に、紅花は五条に投げられたクッションに座る。ここまでに会話はない。紅花が意を決して切り出した。

「昨日は、ごめんなさい。凄く酷いこと言ったんだって…分かってた」
「んで、改めて振りに来たって?」
「それは分からない…分かる為に話に来たの」

紅花は主張が激しい方ではない。けれど時々、こうして驚くほど真っ直ぐ強く何かを思うのだ。

「私は、悟が好きなんだ思う。あんな事言っときながらって思われても仕方ないけど、これは本当。でも死にかけて血を分けてもらった時、分かった。好きであればある程食べたくて仕方なくなる。きっとこれは切り離せない──私にとって、恋と食欲は同義だった」

「気持ちわるい…っ」膝の上で手を握りしめる少女を五条はいつにも増して小さいと感じた。

「先祖返りだったから皆んなと出会えて、呪術師の道を示してもらえたけど、私はきっと誰かを好きになっちゃいけないんだって「それ」──え?」
「それ、好きになっちゃいけないってやつ。誰が決めたの」

紅花の心臓を指さした五条が、続ける。

「そんなのお前が勝手に自分を縛ってるだけだろ。お前が引いた境界線に俺達まで含めんな」

五条も家入も夏油も、一度だって紅花を人外と扱ったことはない。目先の恐怖に囚われて、捨てなくていい物まで捨てようとしている。紅花だけが、負い目を感じている、遠慮している。紅花を可哀想にしているのは他でもない、彼女自身だ。

「諦めろ、お前は悲劇のヒロインにはなれねぇよ」

なんて酷い言い草だろうか──けれど、なんて優しい言葉だろうか。そうか、自分は何も諦めなくていいのか。紅花の中で全てが繋がった時、気付けば彼女は泣いていた。それはまるで幼い子供のような鳴き方、目を擦りながらしゃくり上げる紅花に五条が近づく。

「目、腫れんぞ」

そっと目を擦る手を剥ぎ取って、代わりにと抱き締めてやる。紅花の手が五条の背に回り、緩い力で握った。

「わたっ…、わたし、お腹空くんだよ、」
「知ってる」
「いつか悟を食い殺しちゃうかも、」
「お前ならいいよ」
──食欲が切り離せないなら、俺だけがいいと思った。だから、願ったり叶ったりなんだよ。

「で?返事聞いてないけど、」
「さ、さっき言った…」
「あんなのじゃなくてちゃんと聞かせろよ」
「──好き。悟が好き」
「俺も」

蕩けるような笑顔の五条に、紅花はまた泣いた。

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