右の隣人を愛します


お正月のお祝いムードも大分落ち着いた一月中旬、家入と紅花は都心に来ていた。目的は夏油の誕生日プレゼントの購入だ。一週間ほど前に夏油の誕生日が2月3日である事が判明し、紅花は五条と家入に三人で何かプレゼントを送らないか、と提案した。その時、家入からは快く返事をもらえた。正確には、ぶっちゃけどっちでもいいけどやるならやってもいいよ、みたいなニュアンスではあったが。対して五条は断固拒否。やれ何で野郎の誕生日を祝わなければならないんだ、やれ俺の時は何も無かったくせに傑には買うのか──それはもう大ブーイングだった。余談だが、五条の誕生日は丁度紅花が自分の気持ちを押し殺していた期間、収まるところに収まったら既に過ぎ去っていたのだ。これには紅花もごめんと言うしかなく、だがそこで折れてくれる五条ではない。臍を曲げてしまった五条に困り果てた紅花がとった行動は無理強いはしない、これだ。「分かった。悟は無理してしなくていいよ」の言葉に五条は「は?」である。声を大にして言いたかった、違うそうじゃない。喧嘩という程の事でもないが、依然臍を曲げたままの五条と、困りつつも原因を理解しきれていない紅花はずるずると今日まで来たのである。

「──の割に着いて来てんじゃん、ウケる」
「うるっせえな、いいだろ別に」

カフェでストローからブラックコーヒーを吸いながら家入がケラケラ笑う。テラス席の丸テーブルで三人等間隔でテーブルを囲み、紅花は甘いフラペチーノを、不機嫌に吐き捨てる五条もフラペチーノを飲んでいた。

「んで、具体的に何あげるか決まってんの?」
「あ!うん、ピアスにしようと思ってるんだけど…」

家入の話題転換。ストローから口を離して紅花は嬉々として答えた。

「ピアスぅ?」

五条の機嫌が更に下降した。分かっている、紅花に他意はない。彼女は単純にいつも世話になっている夏油の誕生日を祝いたいだけであり、ピアスも夏油が普段から付けているのを見ているからそれにしただけだ。しかし誕生日にアクセサリーを贈るなんてこれではどっちが恋人か分かったものでは無い。五条は嫉妬していた。

「うん。折角だから形に残るものにしようと思って」

しかしこうも毒気の抜かれる笑顔を見せられると怒るに怒れない。五条は紅花に甘かった。何より五条にも親友の誕生日を祝ってやろうという気はある訳で──紅花には帰った後でキツく言って聞かせるとして、これはこれで良いだろう、と五条は甘いフラペチーノを啜った。

三人はオーダーメイドでのアクセサリー制作も請け負う大型宝石店へやって来ていた。と言っても、あらかじめ宝石を買おうと意気込んで来たわけではなく、ピアスに限らずアクセサリーならばここなら種類が豊富であるし、リーズナブルな物も多い。なんならオーダーメイドで作っても良いだろうという相談の末だ。
ディスプレイに並ぶ結婚指輪、腕時計、ネックレスなどの貴金属達。色もゴールド、シルバー、ピンクゴールドと目に眩しい。白が基調の内装と白色の照明に反射して店内がきらきら輝いて見えた。紅花は初めて入る宝石店に少しばかりテンションが上がっていた。しかしはしゃいでばかりもいられない、夏油にピッタリのものを見つけるという目的を達成しなければ。各々見て回ることにしたものの、中々ピンとくるものがない。ピアスが置いてある一角をぐるぐると回る紅花を見かね、物腰の柔らかな若い女性販売員が助け舟を出した。

「うーん…」
「お客様お悩みでしたら、オーダーメイドも受け付けておりますので、お気軽にご相談下さい」
「は、はい!」
「どなたかへの贈り物ですか?」
「はい、友達の誕生日プレゼントで…」
「左様ですか。一般的なところですと皆さん誕生石を選ばれますね。ご友人の方は…?」
「あ、2月です!」
「でしたらアメジストですね、こちらです」

物腰の柔らかな若い女性販売員に丁寧に導かれ、宝石がディスプレイされている場所へ案内される。ショーケースの中には1月から12月までの誕生石が並び、その下には石の説明と石言葉がそれぞれ並んでいた。夏油の誕生石だというアメジストをじっと見つめる。

「うーん、何かイメージ湧かないです…」
「そうですか…うぅん…では、石言葉で選んでみるというのはどうですか?」
「いしことば…」

名案だ、というように手を叩いた女性の言葉を紅花は反芻する。笑顔で頷いた女性は一度カウンターの方に引っ込んで、ハードカバーの資料を手に戻ってきた。資料の中にはたくさんの宝石の写真と名前、説明、石言葉が並んでいた。どうやら此処にディスプレイされていたのは資料のほんの一部だったらしい。

「この中に、ご友人にぴったりのものがありますでしょうか?」
「…………あ、」

メジャーなものからマイナーなものまで、一つ一つを真剣に読む紅花の文字の上を辿る指が、ある一点で止まった。

「す、すみません、これ一瞬借りていいですか!?」
「はい、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます!──硝子!悟!」

早足で店内を回る二人に寄り、資料を見せる。

「スモーキークォーツ?」

紅花が指さしたのはスモーキークォーツ、和名で言うなら煙水晶。その濃さに個体差はあれど、薄ら透き通る茶色や黒の水晶だ。その石言葉は「不屈の精神」「責任感」。一目見た瞬間、紅花はこれだと思った。

「石言葉はともかく、夏油っぽいね」
「え、石言葉も傑っぽくない?」
「お前傑こと美化しすぎてねぇ?大丈夫?」
「え、寧ろ何でそんな評価低いの」
「紅花、同族嫌悪ってヤツだよ」
「あぁ!」
「あぁ!じゃねえよ。帰ったら泣かす」
「ひぇ、」

話が脱線しつつある。紅花は兎に角!と声を上げた。この石は紅花にとっての夏油のイメージにピッタリであるし、単純に似合いそうだ。「どうかな、」ともう一度恐る恐る尋ねる紅花に二人は揃えて口にした。

「良いんじゃない?/良いんじゃねーの」

[title by 溺れる覚悟]

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