軽骨遊戯


「マジの僻地じゃん」
「悟!失礼!」

今回の任務地である村に赴き、ポケットに手を突っ込みながら開口一番五条が言い放った言葉に、紅花は五条を小突いた。
東北地方の山奥にある村落で最近変死が相次いでいる。被害者たちに死因以外の共通点は無し、その死因だが、呪術由来の毒と判明し、それを裏付ける残穢も残っていた。呪殺の際にどうしても残ってしまう残穢以外の痕跡は巧妙に隠されており、呪霊によるものか、はたまた呪詛師によるものかの判別もついていない。高専はこれを一級ないしは特級案件とし、五条悟・鳥居紅花両名に調査と解決を命じた。

「つまり何も分かってないって事?」
「手掛かりは残穢だけ。はー、聞き込みからかよ…ダッル」
「一般の人に呪術の話とか聞いてみて分かるものなんですか?」
「徒労に終わったり、終わらなかったり…何とも言えないですね」

今回二人を担当してくれる補助監督が紅花の質問に苦笑した。こういう任務は思わぬ情報が解決の糸口になったりもするとの事で、一見関係ないような情報でももっていた方が良いらしい。

「被害者のご家族に話を聞ける様アポ取ってあります。行きましょう」


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「喪中で大変なときにお時間頂いて恐縮です」
「いえ…それで、貴方達は?」
「私達、怪異の類を調査、検証する機関で…今回警察の要請で裏どりのために派遣されました。お辛いとは思いますが、お話を聞かせていただけると有り難いです」
「はい…、と言っても大した話は無いんですけど…」

憔悴しきっている60代くらいの女性、母親は力の無い笑みを浮かべた。無理もないだろう、ある日突然自分の息子が事故でも事件でもない原因不明の変死を遂げたのだから。怒りを、悲しみを、どこにも向けられないのは辛い事だ。

「早速ですが、最近変な噂や罰当たりな事とか、胡散臭い人でも良いです。些細なことでも日常に変化がありませんでしたか?」
「変化、ですか…。すみません、特に思い当たりません…、そういった事はあまり会話しなかったので…」
「そうですか、大丈夫ですよ」

補助監督は人の良い笑みで女性に笑いかけた。


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「はぁあああ、全滅かぁ」

他の被害者宅を周り聞き込みを続けるも成果は無し。三人は一度車に戻り、コンビニで買ったサンドイッチやおにぎりの包装を破りながら改めて資料をめくる。
被害者達の性別や年齢、身体的特徴、いずれも一貫性はない。ただ一つ、死体の損傷具合と残穢が一致して一連の呪殺は同一犯の仕業であるという事が分かっているのみ。紅花がサンドイッチを頬張りながら、死体の写真を食い入る様に観察する。顔を顰めた五条が、その手から紙束を取り上げた。

「飯食ってるときくらい止めろ」
「あ、気分悪かった?ごめん」
「俺じゃねーよ」
「しかし、どうしますかね…ここまで何も分からないとなると…」
「呪詛師でほぼ確定だろ」

何でそんなことも分かんねーんだ、とでも言いたげな声だった。デザートに買った生クリームがたっぷり乗ったプリンを口に運ぶ五条に、紅花は何で?と訊ねた。

「隠し方が徹底しすぎてる。見つかりたくありませんってのがバレバレ。まるで俺等が派遣される事を見越して殺して回ってたみたいにな」
「……この任務自体が餌で、目的は別にあるかもって事?」
「さあな、可能性の話。でもそんぐらい不自然だってのもほんと」

ふぅむ、と紅花は顎に手を当てた。一気に重苦しい雰囲気になった紅花と補助監督、五条はニヤリと笑う。

「紅花、食い終わったら行くぞ」
「え、何処に?」
「僻地デート」

語尾にハートでもつきそうな声音で五条は歯を見せて笑った。


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「…これってデート?」
「デートだろ」

指同士を互い違いに絡める、いわゆる恋人繋ぎをした二人であるが、実際にはデートとは名ばかりの散策だった。つまりは人が無理なら土地から手掛かりを探そう、と言う事だ。なぜ態々デートと銘打ったのか、いつものおふざけか、はたまた別の理由があるのかは五条のみぞ知る事だ。余談だが、二人が集落内の散策を行なっている間、補助監督は宿を探しに走ってくれている。
見渡す限りの山と田園と畑と民家。今回の変死事件さえなければ、穏やかに時間の流れる良い場所だっただろうに、正体不明の恐怖が潜む今は酷く不気味だ。なるほど、こんな空気感でなければお散歩デートと言っても良かったかもしれない。緩く握られた手にきゅっと少しだけ力を込めた。
雑談も交えながら続く散策で、ふとある一点に紅花は気を引かれた。そちらを見ても特に何かある訳では無いのに、髪先をつんつん引っ張られているようなそんな違和感。

「悟、ちょっと」

ぐっ、と強い力で五条の手を引いた。なんだろう、何かの引力が働いているかのように紅花は引き寄せられた。明らかに人が入る場所ではない、舗装もされていない山の奥に、それはあった。大きく口を開ける入口上部に太い注連縄の張られた洞窟。人の手の入ってない洞窟の最奥にぽつりと鎮座していたのは小さな祠だった。木は痛み、苔むしている、かなり古い。
何故そうしようと思ったのか、自分にも分からない。紅花は愛しい者に触れるような優しい手つきで祠に手を伸ばす。何かに操られている様にぼんやりとしながら、導かれるように──祠に触れそうになったその手を五条が掴んで止めた。

「っは、」
「出るぞ」

浅い呼吸を繰り返す紅花、その様子も相まって直感的に五条には分かった。あれは紅花にとって良くないものだと。五条に強く手を引かれながら、紅花はその場を後にした、後ろ髪を引かれる思いだけを残して。

[title by ユリ柩]

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