軽骨遊戯・参


ピピピピピピ──。
「うぅん…」

自分で仕掛けたアラームの音を止めようと紅花は携帯に手を伸ばす。しかし紅花が止めるよりも先に、横から伸びてきた白くて長い筋肉質な腕が携帯を攫って開く。

「…まだ、寝れんじゃん…。お前起きるの早すぎ…もうちょっと寝ようぜ…」

うるさいアラームを止めて、紅花の携帯を脇に放り、男は紅花を抱き込んでまた寝る体勢をとった。空よりも青く美しい瞳も今は閉じられ、その綺麗な形の柳眉も今は休憩中だ。いつもの彼よりあどけない、しかし途轍もなく美しい寝顔に紅花の意識が徐々に覚醒する。温かい、抱きしめられている──誰に?五条に。何処で?布団で。全ての情報を頭で理解した時、紅花は考えるより先に行動を起こしていた。

「いッ、いやーーっ!」
パァンッ!

清々しい朝に水を差す、悲鳴と破裂音が宿全体に響き渡った。

/

車の後部座席で紅花は横に座る五条をチラチラ伺いながら縮こまっていた。対する五条は窓枠に肘をついて、無言を貫く。彼は不機嫌だった。

「お前マジねーわ」
「ご、ごめん」

五条の頬には立派な紅葉。五条の白磁の肌に咲いた、未だ熱を持ったそれに紅花は寝ぼけていたとはいえやり過ぎた、と申し訳なくなった。
今回三人がとった部屋は家族で泊まれるような大部屋だった。襖で部屋を仕切れるようになっており、寝るときだけ男女で別れてそこを閉め、紅花は一人布団に入った。しかしいざ朝を迎えれば、五条が同じ部屋どころか同じ布団で寝ているではないか。思わず手も出るというもの。いくら無下限呪術といえど、寝ている間も使うことは出来ない。気が動転した紅花の手のひらを五条が防げるはずもなく、その麗しい美貌には紅葉が──という訳だ。
紅花の悲鳴を聞いて飛び起きた補助監督もすっ飛んできて襖を開け放ち、目の前に広がる光景─右手を振り抜いた姿勢で止まっている紅花と、本来そこにいるはずのない五条──に全てを悟り、彼を叱った。閑話休題。

──あれ?考えれば考える程、私悪くないよね。

なぜ紅花が悪いような雰囲気を出してきているのだろうか、隣の彼は。少し悶々としつつも、彼のご尊顔にくっきりと残る平手の赤を見てしまえば何も言えない。

「お二人共、痴話喧嘩はその位に。もうすぐ例の神社ですよ」

補助監督が二人をたしなめた。
一行はこの村唯一の神社へと向かっていた。この地に住まう人々は、祭事には必ずその神社に世話になるそうだ。理由は実に単純、町までは距離があるというのが一番、次点で辺鄙な土地にあるにしてはこの神社、そこそこ立派でその手の情報通には名前も知られている。それもこれも"鬼の嫁取り伝説"が絡んでいるからであり、何でもこの神社に代々使える宮司、その祖先は、例の鬼を封印した呪術師なのだとか。つまり、祈祷にせよお祓いにせよ、ご利益に信ぴょう性がある訳である。

「ほんとに立派な所だね…」

広い境内、古いが趣のある建物に紅花が感心したように呟いた。対して五条はなんの感慨も抱いていないようで、怠そうにポケットに手を突っ込んでいる。
神社仏閣に漂う、その時代特有とでも呼ぶべき静謐感。それに浸る紅花を遮るように声がかかった。声の方を見やれば、宮司を呼んでくると席を外した補助監督が一人の男性を連れて戻ってきていた。年は初老位だろうか──身なりからしても間違いなく彼が宮司だろう。

「こんな辺鄙な地にありますが歴史の深い神社ですから。呪術師の方ですね、お若いのに立派だ。座って話しましょう、此方へどうぞ」

人の良さそうな笑みを浮かべて、本殿とは別の建物の客間に通される。補助監督が出されたお茶に礼儀として口をつけ、宮司に尋ねた。

「ここ最近、村で相次いでいる変死について何がご存知のことがありませんか?体の不調を訴えていた、など何でも構わないのですが…」

この宮司は、呪術師ではないにしても所謂"見える人"だ。呪術云々の説明はもちろん不要、呪術高専の存在も認知している、よって単刀直入に聞いても何ら問題はない。
腕を組んで少し考えた宮司が、かぶりを振った。

「すみません、私には心当たりはありません」
「そうですか…では、"鬼の嫁取り伝説"については…」
「そちらはお答えできます」

宮司が子どもに昔話を聞かせる様な口調で語る。その内容は事前に調べていたものと概ね同じ──語り終えた宮司が最後に付け足した。

「この神社は、当時の封印の呪術師──私の先祖にあたる人が封印の見張りと守護の為に建てた神社です。封印は今も残されています。特に立ち入り禁止にしている訳でもないですが、村の者は周知の事だ、近づく人はいません」

その封印とはあの洞窟にあったもので十中八九間違いないとして、変死との関係は無さそうだ。進まない調査に補助監督が心中で項垂れた。

「ところで、そちらのお嬢さんは鬼の化身か何かですか?」
「え、」
「おや、違いましたか?」
「い、いえ、私は確かに鬼の先祖返りですけど、」
「やはりそうですか。それでは最近噂の"酒呑童子の先祖返り"とは貴方の事ですか!」
「私、噂になってるんですか?」
「いやいや、変な噂ではありませんよ。彼の両面宿儺と同じ時に存在した古の呪い。その先祖返りが呪術師として高専に所属していると、それだけです」

──変な噂じゃなくて良かった…!

ほっ、と紅花が息をついた。そんな紅花の胸中を悟ってか、宮司は人の良い笑みを見せた。

「この神社にも酒呑童子の記録が残っていますよ。宜しければ見られますか?」
「良いんですか!?」
「はい。離れに保管してあります。こちらです」

「ちょっと行ってきますね」と、補助監督に目配せして席を立つ。すると、それまで黙りを決め込んでいた五条が、紅花の手を掴んだ。

「な、なに?」
「俺も行く」
「五条君は私とここで待ちましょう」

話を遮ってくる補助監督。いつも温厚な彼には珍しい少し鋭い視線は、暗にこの隙に五条と話をしたいと語っていた。十中八九、今後の相談だろう。五条はもちろん、紅花もその意をきちんと汲み取り、頷いた。

「悟は待ってて。ちょっと読んだら帰ってくるから」

五条が紅花の手を離し、さっさと行ってこいと、ヒラヒラ手を振る。紅花は踵を返し、宮司にお待たせしました、と歩み寄る。
行きましょうか、と柔和な笑みを浮かべる宮司に連れられて、紅花の姿は見えなくなった。

[title by ユリ柩]

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