軽骨遊戯・伍


「五条くん!何故紅花さんが!?」
「この任務自体、宮司と呪詛師がグルになって仕組んだものだったんだよ!紅花を派遣させる為に!」

帳を抜けて紅花の元に走る五条と補助監督。未だに不可解である補助監督に五条は声を張り上げた。

謎の連続変死に残穢が残ってるならそれは間違いなく呪殺案件、呪術師を派遣しての調査になる。手がかりが何も出てこないのも当然だ。他でもない宮司が首謀者の一人で、ここの住人は皆あの神社に世話になる。それが、"特段変わった様子"として話題に上がることは無い。極めつけは鬼の伝説、それが色濃く残っているとくれば、鬼とは切っても切れぬ縁のある紅花がその一人に選ばれる確率は大きく上がる。それは概ね予想通り、唯一彼らにとっての不運は、紅花と共に派遣されてきたのが"あの"五条悟だったという点だが、それも五条を一時的にでも封じ、その間に本来の目的を達してしまえばいいだけだ。
完全に後手に回ったことに、五条は舌打ちを隠せない。鬼に固執しているのなら、紅花が連れ去られた先は封印がある洞窟で間違いない。前日にその場所を見つけていた事は不幸中の幸いだ、おかげで迷わずに行ける。

洞窟の入口が遠目で確認できる程の距離に来た頃、洞窟の中で紅花の呪力が爆ぜる気配がした。五条と補助監督は迷いなく鬼の腹とも言える洞窟に踏み込み──眼前に広がる光景に思考が一瞬止まった。

「鳥居さん!」

補助監督がほとんど悲鳴のように、その名を叫んだ。
ゆるりと顔だけ振り返る紅花、その足元には彼女から流れ出る夥しい量の血が足元に赤い池を作っていた。五条よりも一回りも二回りも小さな足はムカデの姿をとる呪力の塊を踏み潰している。彼女の奥には腰を抜かした宮司と、初めて見る顔だが呪力からして一連の呪殺の実行犯である呪詛師がいる。

「さ、とる…」

何よりも愛しい白と蒼に血濡れの顔で微笑んだ紅花。目の前の全ての情報を五条が正しく理解したとき、彼の中にどす黒い怒りが湧き上がった。五条の姿を見つけたことで、張り詰めていた一本の糸がたわんだように倒れていく紅花を五条が駆け寄って抱き留める。
呪詛師の術式は六眼で既に"視た"。紅花の傷は蠱毒によるものでは無い。彼女は自身に巣食う蠱毒を、自分を爆破するという方法で取り出したのだ。爆発の威力は抑えられていた、加えて紅花は反転術式も使える。十分に勝算のある掛けとはいえ、なんという荒業、見る人によっては自殺行為に他ならない。実際紅花は傷つき、五条の腕の中で意識を飛ばしかけているのだ。まだ辛うじて着てると言える、彼女の血でぐしょぐしょのセーラー服だったものを五条は握りしめた。怒りでどうにかなりそうだった。

「…一時でも俺をだし抜けて満足かよ。人の女拉致った挙句、こんなにしやがって…殺す」
「…思ったより早いね、流石は五条悟と言ったところか…。それは彼女自身がやったんだよ、僕だってそこまですると思わなかったよ」
「んなこたどうでもいいんだよ。お前らぐちゃぐちゃに捻り潰しても足りねぇよ」

五条は血に汚れる紅花が好きだ。血の色を思わせる紅い瞳も、飢餓に苦しむ表情も、紅花という化け物の全てを愛している。勿論それだけではないが、それはここでは割愛する。そんな、一部ある意味狂気的とも取れる愛情を紅花に抱く五条だが、決して彼女を傷つけたい訳では無い。出来ることなら常に傍で大事に大事に守ってやりたいとさえ思っている。

「さと、ダメ…」

きゅ、と皮膚が爛れた小さな手が五条の制服を緩く握った。五条がハッとして腕の中を見ると薄らと瞼を持ち上げた紅花が懇願するように見上げている。
呪詛師は呪術規定において、処刑対象である。殺さなければならないことは紅花だって百も承知だ。あの呪詛師だって五条が此処に来た時点で状況は詰み、行き着く先は死しかない。しかし、その手を下すのは五条でなくてもいい。いつか避けられなくなる日が来るのだろう、でもそれは今ではない。呪術師の手は護るための手だ、紅花はそう信じている。

──殺さないで、つかまえて。悟が人を殺すところなんて見たくない。

「はぁ〜…分かったよ。殺さねえから」

だから、怪我治してろ。そっと瞼を手で覆ってやる。紅花が反転術式による自己治癒を始めたところで、五条は改めて敵に向き直った。

「紅花に感謝しろよお前ら。ここで惨殺はしないでいてやるよ」
「もう勝った気か」
「っは、この状況で俺をちぎれると思ってんの?ウケるね」

五条悟は、齢16歳だが並の呪術師より経験もあれば頭も回る。その反則級の術式と六眼相手に戦って勝つのは不可能だ。
では逃げるのは?この洞窟の出入口は入ってきた一つのみ。そこは五条が立ちはだかっている。呪詛師の術式は力技でこの場をどうこうできるものでは無いし、もしできてもそんなことをすれば洞窟は崩落する。封印を持ち出す時間はない。宮司に至っては見えるだけの一般人だ。五条悟がここに来れば詰む──それはこういうことだ。

「くそ、」

[title by ユリ柩]

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