愛し上手なエピローグ


一連の呪殺の主犯二名、五条悟及び鳥居紅花両名により捕縛。その際、主犯二名の両足を五条が潰したが命に別状はなし。また、怪我を負った紅花も五条の迅速な合流と、反転術式による治癒で命に別状は無い。主犯二名は高専に連行ののち、死刑となる。

「これがお前が寝てた間のことな──ほらもっと飲んどけ」
「っは…う、」

五条は首筋から唇を離そうとした紅花の頭をもう一度押さえつけた。熱に浮かされた紅花がもう一度五条の白い首筋に食らいつく。飢餓状態になるとあらわれる牙で、既に血の滲む白磁の肌を更に深く食い破る。五条は皮膚を食い破られる痛みに、一瞬顔を顰めたものの何も言わない。ただ、膝の上に抱いた細く小さな身体に腕を回し、頭を撫でるだけだ。紅花の熱い息が触れる度、五条の背には愉悦と情欲が首をもたげるが、それが恋人同士の情事に及ぶことはない。第一に年齢的にも体格差的にも紅花に性交渉はまだ早いこと。できないことはないが紅花への負担が大きすぎることは想像にかたくない。五条はこれでも彼女に気を使っている。第二にあくまでこれは治療の最終プロセスであること。後者については、五条が言い聞かせてる部分もないとは言わないが。

「ん、…」

こくこくと己の血を嚥下する紅花。五条は「聞いてる?」と甘やかな声で訊ねた。

「聞…てる、」
「そうは見えねえけど」

最後にと五条の首筋をひと舐めして今度こそ紅花は顔を話した。とろりとした表情で唇に着いた血を舐めとる姿の扇情的なこと。

「ふぅ…。ありがとう、もう平気」
「そ」

鬼の衝動もなりを潜め、すっかり元通りの紅花が、鞄から消毒液と大きいサイズの絆創膏を取りだして五条についた噛み跡を手当する。

「痛いよね」
「食われる瞬間だけだよ」

五条が事も無げに言う。そもそもこれは五条が望んでしている事だ。紅花が気に病むことなどない。それでも気になるというのなら──。

「たまには紅花からキスしてよ」

先程同様に紅花を膝の上に乗せて向かい合う。きゅる、と見つめてくる五条にう、と紅花の言葉がつまる。

「紅花早く」

五条の両肩に手を置いた紅花が遠慮がちに口付けた。瞬間、待ってましたと紅花の後頭部を大きな手のひらで覆い、さらに深く押し付けられる柔らかい感触に紅花は驚き、くぐもった声を上げた。頭を抑えられている為に逃げることも出来ず、五条の制服を握りしめる。しまいには舌まで侵入してきて、紅花の呼吸はもう絶え絶えだ。
まだ抱かないからせめてこれくらいは許して欲しい。五条は誰にともなく言い訳し、より深く紅花の口内を貪った。


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山奥の村落での任務から戻ってきて少し、紅花は校舎敷地内に見覚えのある人物を見つけ、駆け出していた。靡く金糸の後ろ姿に紅花は声をかける。

「九十九さん!」
「久しぶりだね、プレゼントは気に入ってもらえたかな」
「はい、昇級の推薦、ありがとうございました!」

ライダースジャケットを肩に担いで悠然と立つ九十九に、紅花は腰を折って礼を言った。九十九とこうしてもう一度会えたのは、何かの縁だ。紅花は九十九にずっと言いたかった事があるのだ。

「九十九さん、"好みのタイプ"を訂正させてもらってもいいですか?」
「へぇ、いいよ。では改めて…好みのタイプは?」
「"かみさまみたいな人"」

間髪入れずに言い切った紅花の思わぬ答えに、九十九は一瞬きょとんとし、次には声を上げて笑いだした。「いいね、以前の平凡な答えよりずっと面白い」と、ひとしきり笑ったあと、九十九は言った。

「それだけ言いたかったんです。ありがとうございました」
「私もいい事を聞かせてもらったよ」

目的は達したと踵を返す紅花にひらり、と九十九は手を振った。


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咲き始めの桜を見上げた。
私には桜も世界も呪術を知る前よりも、今の方が美しく見える。

渇望、焦燥、悲哀、憎悪、羞恥、憤怒、畏怖。
全ての"負"から呪いは生まれる。
その腹から私は産まれた。
鳥居紅花は人に在らず。
鬼であり、呪術師だ。
呪いとして呪いを祓う、呪術師だ。

「おい、何してんだ」
「悟、」

美しくて、強くて、意地悪で、性格が悪くて、でも優しくて、化け物が好きなんて言うちょっと変わった私のかみさま。
視界は良好、今日も世界には蒼が混じる。

「ねえねえ、満開になったら皆でお花見しようよ」
「あー、新入生交えてやるか」

呪い、呪われ、祓い、祓われて──。
もうすぐ、彼らに出会った季節がやってくる。

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