花海とねむる


灰原雄と七海健斗は目の前の少女に大層驚いていた。
一つ上の先輩が、呪術界のゴールデンエイジであるのは聞き及んでいた。数百年ぶりに産まれた逸材、六眼と無下限呪術の掛け合わせである五条悟、呪霊操術を操り五条と並ぶ実力を持つ夏油傑、前線には出ないものの高難度の反転術式を習得し他者の治療が可能な家入硝子、特級呪霊"酒呑童子"の先祖返りである鳥居紅花。そのうち、任務で不在であった紅花を除く三人とは既に対面を果たし、挨拶も済ませた。会えなかった紅花に関しては、夏油曰く、近場での任務だからすぐ帰ってくる、との事で、灰原と七海はいつ会えるだろうか、と楽しみにしていた。

「あ!やっと会えた!初めまして!二年の鳥居紅花です!よろしくお願いします!」

数日後、喜色満面──会えて嬉しいと表情で語る少女改め、紅花に灰原と七海は流石に面食らった。
先輩とは言いつつも、その年齢は明らかに灰原や七海よりも下、その身体はまだ発展途上なのだろう細っこい。外見だけでいうのなら、呪術師をしているなんてにわかには信じられない風貌だった。
しかしそんな考えは、紅花を異質たらしめる最大の要因によって吹き飛ぶ。夏油や五条に勝るとも劣らない呪力量とそれの重さ。その存在感は呪術師というより、呪霊と言った方がしっくりくる。

──これが、先祖返り。

紛れもない特級呪霊の存在感に、多少腕に覚えのある七海の背には冷や汗が伝った。
しかし、気配こそ呪霊のそれであるが、紅花本人が悪い人間ではないという事は話していればすぐに分かった。元より人懐っこい性格で、妹のいる灰原は早々に打ち解けているし、七海も又、新しい仲間ができたことに純粋に喜ぶ紅花に絆されていた。

「雄くん、健人くんって呼んでいいですか?」
「もちろん!」
「私の方が年下なので私の事も名前でお願いします!」
「では私達にも敬語はいりません、紅花さんは年下でも先輩だ」

まるで花が飛んでいるような和気あいあいとしたやり取り。ゴールデンエイジは良くも悪くも特別で、正直近寄り難い部分もある。その中にこんな少女がいるとは──紅花は二年生の清涼剤だ。

「帰って来ねぇと思ったら」

のしり、と紅花の頭にどこからともなく現れた五条の肘が乗る。いきなり掛かった自分のものではない体重に一瞬よろけるも、しかと立ち、後ろから覆い被さるように覗き込んでくる五条を上目遣いで見上げた。
七海は思った──やけに距離が近くないか、と。

「五条さんお疲れ様です!」
「悟、」
「何、先に会っちゃったの」
「うん、バッタリ!」

花を撒き散らすような笑顔の紅花に、「ふーん、」と含みのある返事を返しながら、五条は彼女の横髪を耳にかけてやった。
ついさっき自己紹介をしたばかりの関係だというのに、そのあからさまな牽制。されている本人である紅花はその思惑に気付いてすらいない。もしやこの二人、常にこの距離感なのか?いやそもそも、付き合っているのか。もっと言えば五条さんには紅花が性的な対象として写っているのか。だとしたら彼は存在だけでなく性癖までマイノリティとなる訳だが──七海の脳内は情報量にバグを起こしかけていた。
麗らかな春の日、灰原と七海が出会った二年生の清涼剤は、ある意味最も厄介な人物であった。


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「え、あれ、雄くんたちに牽制してたの!?」
「"紅花は気付かない、五条が牽制する"。私の勝ち、夏油ダッツ奢りね」
「うーん、悟の成長に期待したんだけど…」
「その前に人でハーゲンダッツ賭けてんじゃねえよ」

まんまと行動を言い当てられ、ぶすくれた五条の鋭いツッコミが飛んだ。紅花の方は、賭けの対象にされたことより、羞恥の方が勝ったらしい。悟のバカッ!顔を赤くして叫んだ。

「ごめんごめん」

紅花は約一年の付き合いで学んだ。五条のこの顔は反省していない顔だと。それよりも、次に会うとき、灰原と七海にどんな顔で会えばいいのか。五条と付き合っていることを周りに隠しているわけではないが、五条が分かりやすく牽制したと聞かせられれば、やはり恥ずかしい。
言い訳になるが、七海の予想通り二人の物理的距離は近い。五条が良く紅花に触れるのは言わずもがな、夏油や家入は二人が丸く収まるのに一役かっていた部分があるし、紅花をじわじわ追い詰めていたあの期間を近くで見ている。今更、多少のボディタッチくらいなら気にならないのだ。そしてそれらは紅花の日常になっている。故に、これに関してあの時の紅花は完全に無自覚だった。

「七海は気付いてたっぽいな、顔が虚無だったし。灰原は絶対気付いてねーよ。今頃、七海に念押しされてるんじゃね?紅花に絡むともれなく悟くんがついてくる、とか」
「最悪だ…」

「浮気は許さねえよ?」「初対面で一体何が起きると…?」「俺一目惚れだけど?」「う…そ、そうでした…」──五条の勝ちである。
紅花に関しては独占欲の強い五条のこと、牽制は間違いなく本気だったとしても、今はニヤニヤしてる辺り彼女の反応を見て面白がっている。紅花言いくるめられてんじゃん、と爆笑する硝子に、紅花は言わないでと頭を抱えた。

[title by ユリ柩]

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