懐玉・序章


二年生に進級してから、私を取り巻く環境は多く変わった。

まず一つは、後輩ができたこと。でもこれに関しては肩書きが後輩、というだけで私にとっては兄がまた増えたみたいなものだと思ってる。

二つ、去年の姉妹校交流会で自分だけ留守番だった理由を見たこと。
去年の傑の来年は一緒に、の言葉通り今年は私もメンバーに加えてもらえた訳だが、京都校の諸先輩方からの風当たりのキツい事。東京校では同級生をはじめ、後輩も先輩も私を受け入れてくれるから今まで気付かなかったが、どうにも本来、私のような存在は受け入れ難いらしい。
呪術師には呪術規定というものが存在する。その中に<受肉者は呪霊として祓除の対象となる>といった類の一項が存在する。この状況に立ったとき、術師の大抵は"祓除"の感覚、殺人という意識は先に立たない。これだけのせいではないが、呪術師は総じて殺人と祓除の境界がボケやすい傾向にある。
そして、他人から見た私というのは──鳥居紅花と言う人間と酒呑童子を天秤にかけるとして、酒呑童子の方に傾く──つまりは呪霊寄りなのだ。ここについては、初対面のときに悟が私を現代に生きる呪霊、と形容したくらいなので気にしていない。……流石に、健人君に初対面のときは呪力のせいで恐怖を感じた、とカミングアウトされたときは少しショックだったが、無事に誤認は避けられているわけであるし、こんな私が好きだという人がいることも私はもう知っている。
話を戻そう。
京都校の面々には私が、人の皮を被った特級呪霊としか思えないらしかった。後に聞いた話だが、京都校は御三家とも関わり強く、中でも楽巌寺学長は保守派筆頭。全員が全員悪人とまでは言わないが、保守派は極端かつ過激な行動に出る人も多いのだとか。幸い殺しにかかってくる、なんてことは無かったが、あわよくば死んでくれ、くらいには思われていたのではないかと思う。ひどい話だ。
しかし、こちらも大人しく叩きのめされる筋合いはないので、個人戦で罵声を浴びせてきた呪術師は容赦なく爆撃──ゴホン、返り討ちにさせてもらった。私は自分で思うよりも負けず嫌いだったみたいだ。そして、どうやら普段から悟と傑に稽古をつけてもらっていたおかげで、一年の間に平均以上の実力が身についていたらしい。嬉しい誤算だ。

三つ、この交流会での個人戦で実力が目に止まったらしく、準一級術師に昇級した。

ここまでが、私を取り巻く環境の変化である。
私はこの時、これからもこんな風に緩やかに色々な事が変わっていくのだと、そしてそこには悟がいて、傑がいて、硝子がいると、根拠もなく信じていた。

私はまだ知らない。
人間の醜さも、
呪術師が抱える矛盾も、
私が掲げた理想の脆さも、
私は知らない。

「"星漿体"護衛任務──?」

呪術師、非術師、社会、犠牲、欲望、離別、憧憬、救済、覚醒、喪失、──。
護ろうとしたものも、信じたものも、傍にあると思っていたものも。
全てが裏返り、崩れ始める夏が始まる。

[ TOP ]