懐玉・さよならの眷属


ガラリ、と開いた教室の引き戸に紅花はパッと顔を上げた。

「おかえり!歌姫さん達無事だっ──なんで悟頭おさえてるの?」
「ただいま〜、二人とも怪我なかったよ」
「外と中でタイムラグが発生してただけだったよ、中では30分程だったらしい。悟は帳降ろし忘れて、先生の指導が入ったんだ」
「お前らだって忘れてたじゃんか」

椅子に腰掛けた五条の背面に回り、柔らかい白髪をかき分ける。あ、たんこぶ出来てる。

「そもそもさぁ、帳ってそこまで必要?別に一般人に見られたってよくねぇ?」
「駄目に決まってるだろ」

人は皆、理解できないものを恐れ、嫌う。恐れもまた、呪霊の源だ。呪霊の存在を、呪術を秘匿することは、人々の心の平穏、ひいては呪霊発生の抑制に繋がる。
他にも、と続けようとした夏油を五条がうんざり顔で遮った。

「弱い奴らに気を遣うのは疲れるよ、ホント」
「そもそも術師を基準にして話すのが間違いなんじゃ…」
「へぇ、言うじゃん、」
「だ、だって!一般人の割合の方が圧倒的に多い!」

がたり、と紅花を追い詰めようと椅子を立ち上がった五条から逃げ出し、膝の上に手を組んで座る夏油の背後に隠れる。私、間違ったこと言ってない!と叫ぶ紅花。夏油はにこやかに、そうだね、紅花が正しいよ、と笑んだ。
弱者生存が社会のあるべき姿、弱きを助け、強きを挫く──そして夏油は決まって最後にこう言うのだ。

「呪術は非術師を守るためにある」

呪術師としての模範的回答、五条とてその考えを全否定する訳ではない。しかし、正論を受け容れている事と、好むか否かはまた別問題である。
俺、正論嫌いなんだよね。挑発的に笑った五条に、夏油の眉が動いた。

呪術ちからに理由とか責任を乗っけんのはさ、それこそ弱者のやる事だろ。ポジショントークで気持ち良くなってんじゃねーよ、オ"ッエー」

嘔吐く振りをする五条を、夏油の背後から紅花が伺いみる。
五条はしばしば、こんな風に正論を語る夏油を煽ることがある。彼等は最強──紅花には、五条が夏油を強者と認めているからこその煽りにも聞こえる。けれど──。

──私は、どうなんだろう。悟にとっては、煩わしい理想なのかな…。
「外で話そうか、悟」
「寂しんぼか?一人で行けよ」

不穏な方に流れ出した空気に、紅花はハッとした。家入はいつの間にか逃げていたらしく、どこにも姿がない。家入が逃げたのなら仲裁に入れるのが自分しかいない、取り敢えず止めなければまた教室が半壊してしまう。紅花が間に割り込もうとしたその時、教室の引き戸が開かれた。現れた強面の担任教師に、紅花はほっと胸を撫で下ろした。

「せ、せんせぇぇ…」
「な、なんだ…それに硝子は」
「さぁ?/便所でしょ」
「まぁいい、この任務はお前達二人に行ってもらう。正直荷が重いと思うが、天元様のご指名だ」

──天元様、は知ってる。呪術界を支える結界の要、そんな人の指名…。
「あの、私はこのまま聞いてても良いんですか?」
「お前にも関係ある。よく聞いておけ」
「は、はい!」
「依頼は二つ。"星漿体"、天元様との適合者、その少女の護衛と抹消だ」
「ガキんちょの護衛と抹消ぉ!?」

「術式の初期化ですか?」
──護衛と抹消、正反対の二つの任務。いやそれよりも、"星漿体"?術式の初期化とは一体?
「"星漿体"?」
「何それ」

あっけらかんと無知を披露する五条に、夏油は呆れを隠せなかった。その横で、初耳の単語にハテナマークを浮かべている紅花に、夜蛾は説明するから落ち着け、と声をかけた。

"不死"の術式が老化を経て、進化しようとするのに対し、500年に一度、適合者である"星漿体"と同化し、肉体の情報を書き換え、術式効果を初期化する。
指で宙に図を描きながら、紅花は夏油と夜蛾の説明を頭の中に落とし込む。なるほど、つまりは──。

「メタルグレイモンになるのはいいけど、スカルグレイモンになると困る。だからコロモンからやり直す、って話ね」
「!?!?」
「悟、紅花が混乱してるからちょっと黙って」

──そう、つまりは。
「天元様の肉体と術式は500年周期でループしてる」
「そういう事」

こうして聞くと何とも壮大な話だ──それはさておき、星漿体の少女を狙う組織は二つ。呪術界の転覆を目論む呪詛師集団<Q>、天元様を崇拝する宗教団体、盤星教<時の器の会>。

「天元様と星奬体の同化は二日後の満月!悟と傑はそれまで少女を護衛し、天元様のもとまで送り届けろ!紅花は灰原、七海と共に予備戦力として高専で別命あるまで待機!」

失敗すればその影響は一般社会にまで及ぶ、心してかかれ!夜蛾の喝に、三名やる気十分といった面持ちで立ち上がった。


/


「別命くるのかな」
「来ないほうがいい、当然でしょう」
「まぁそうなんだけどさ」

灰原と七海そして紅花、予備戦力組は直ぐに出動できる体制で待機していた。階段に座って、護衛対象の星漿体に対して思いを馳せる。
星漿体・天内理子。産まれた時に、死ぬことが決まっていた少女。自分と同い年の、14歳の女の子──自分とはまた別種の、特別をもつ女の子。

「話して、みたかったな」

ぽつりと零されたささやかな望み、それが間もなく叶う事を、紅花はまだ知る由もない。
天内理子の付き人である黒井美里が、盤星教信者により拉致。その救出のために、戦力として彼等に合流せよ。紅花にその命令が下るのは、今この時より三時間後のことである。

[title by ユリ柩]

[ TOP ]