懐玉・しあわせごっこ


「初めまして!今から護衛に加わります、鳥居紅花です。黒井さんは必ず助けますから、安心してください!」
「理子ちゃん、紅花は特例でね私達と同期だけど、君と同じ14歳だよ」

夏油の言葉に、天内の大きな瞳が確かな期待と輝きを纏って瞬いた。

同じく呪術界に身を置く同い年の少女、お互い話をしたいのは山々だが、今は拉致された黒井が優先だ。状況把握と、自分の役割の確認──重要な任務だ、自分が一番弱く経験も浅い。二人の足を引っ張るようなことがあってはならない、ましてそれで任務失敗など以ての外だ。改めて気を引き締め、紅花は夏油に訊ねた。

「警戒するのは<Q>って話じゃなかったの?」
「それがちょっと厄介なことになってね。盤星教の差し金で、闇サイトに制限時間付きで、理子ちゃんに3000万の懸賞金が掛けられてる。それ目当てに呪詛師が襲ってきてる」
「それで、黒井さんを使ってこっちと交渉しよう、ってこと…」

シンプルに考えるならよくある人質交換。連絡はまだない。とりあえず、向こうから要求があるまではこちらからは動けない、ということか。

「救出の時、私は何をすればいい?」
「理子ちゃんを直接傍で守るのは悟が適任だろう」
「じゃあ傑と一緒に制圧ね。分かった」

あとは向こうの出方を待つだけだ。紅花は黒井を心配しているのだろう、不安気な天内の隣に腰掛けた。

「隣、失礼します。向こうの目的は天内さんだから、黒井さんが今すぐどうこうされることは無いですよ。捕まってるけど、命は絶対無事だから」
「しかし、仮に乗り込んだとして…奴らが黒井に危害を加えたら…」
「天内さん、天内さん。黒井さんを無事に助け出すための護衛増員だよ」

紅花が自分を指さして、言い切る。
五条の無下限呪術は攻守共に強力だが、故に攻撃面での制限も多い。分かりやすい例を一つ挙げるなら、攻撃範囲の広さがそれだ。場所によっては周りを巻き込んでしまうため使えない。対して守ることにおいては、そういった制限はない。無下限呪術は攻守優れているが、敢えて選ぶなら真価はその防御力だ。対して夏油の強みは手数の多さ、そして紅花は、遠近中と攻めにおいてのバランスが非常にいい。この3人は合同で任務に着くことも少なくないので、連携にも問題はない。
連れて行くのなら、天内の護衛は外せない。そして、彼女を直接守るのは五条が適任である。紅花を呼び寄せたのは黒井を無事に助け出すための彼らの最適解だ。

「だから、信じて下さい。ちゃんと守るし、助けます」
「うん…!」


/


翌日、午後1時。

「「めんそーれ!」」

彼らは沖縄で海水浴を楽しんでいた。
さて、なぜ彼らは沖縄へ飛んだのか──答えは簡単、拉致犯が取引場所として指定したのが沖縄だったのである。4人はすぐさま沖縄へ飛び、沖縄到着からものの三時間程で場を制圧、黒井を救出し、尋問まで済ませて、観光したいと言い出した五条の一声から海水浴と相成ったのである。

「紅花!行くぞ!泳ぐのじゃ!」
「理子ちゃん待って!」

全力で海に駆けていく天内を紅花が追いかける。二人はすっかり打ち解けていた。五条がその後を追って駆け出す様子を、黒井と夏油が保護者かのように見守る。

「理子様、楽しそうです」
「紅花もですよ。普段私達といるせいか、どこか背伸びしているから」

まあ、五条が女子中学生と同じテンションで楽しんでいるのは正直どうかと思うが、あれは彼の美点でもあるのでここは目を瞑ろう。ナマコやらヒトデやらを投げ合いはじめた五条と天内から逃げてきた紅花が、海の中で五条に転かされたせいで濡れた髪をかきあげながら、夏油に駆け寄る。

「傑達は泳がないの?」
「私はいいよ。誰かが時間見てた方が良いだろ」

この海水浴自体、天内に最後に思い出を作ってあげようという気遣いからきたもので、その為、確保出来た時間は一時間そこらという短い時間だ。
今度はもっとゆっくり遊ぼうね──そんな当たり前の次の約束すら、天内には無意味だ。なぜなら、彼女に"次"はないから。紅花が俯く。こつり、と夏油が紅花の頭を小突いた。

「理子ちゃんがあんなに楽しそうなのに、紅花がそんな顔したらダメだろう?」
「うん、」
「理子様はご友人もおられましたが、皆さん非術師です。理子様の境遇を知っている同い年の友人は、鳥居様が初めてなのですよ」
「…私も、同い年で呪術のこと知ってる友達は初めてです…!」
「あと少しですが、仲良くして差し上げてください。理子様はそれだけで喜びます」
「はい、」

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