最強だって唯の男なので


高校一年生男子の頭の中なんて煩悩が8割を占めている。それは、将来、呪術界最強を約束された五条も同じことだ。

「理子ちゃんが選んでくれたんだけど、どうかな…」
「ん"んっ!」
「え?」
「大丈夫だよ、紅花。よく似合ってる」

上から順に、紅花、五条、紅花、夏油、である。照りつける太陽と陽光が反射する白浜、それとのコントラストが美しいエメラルドブルーの海を背景に、一年間で鍛えられたしなやかな身体を晒す最愛の少女に、五条はまともな褒め言葉を忘れ、あまつさえ、夏油に先を越された。

お察しの通り、五条はモテる。顔良し、頭良し、特殊な家柄だが名家の嫡男、そして16歳でありながら既に十分な収入も得られる立場にある──つまるところ、超優良物件。唯一の難点はその常人には理解し難い性格の悪さだが、それと引き算しても彼に好意を寄せる女の子はいるにはいた。しかし、ただでさえマイノリティな呪術界において、更に稀有な存在である彼にとって、大半の人間は取るに足らない存在だ。非術師なんかはその筆頭、いずれ人類の頂点に君臨するであろう彼が興味を持つはずもない。そんな中で出会った紅花は、五条にとって初恋で初カノなのである。閑話休題。

沖縄にて無事黒井を救出後、海で遊ぼうと相成った一同は水着を現地調達した。天内チョイスの紅花の水着は、上が原色の赤に下が黒のハイネックビキニ、柄のない無地のシンプルなものだった。天内が紅花の髪色と瞳に合わせて選んだのは明白、それはよく紅花に似合っていた。だが、見た目ほど女性経験を積んでない五条が、紅花の水着姿にサラッと気の利いた一言を言えるはずもなく、あっさりと夏油に先を越された。
傑は後でマジビンタ、紅花も顔赤くして照れてんじゃねーよ、くそ可愛いな。五条は悔しいやら、嬉しいやら、である。

率直に言う、五条は紅花を性的な目でちゃんと見ている。彼女を大切に思うが故に、一線を超えることこそしないが、その脳内では割と淫らな想像もなされている。もう一度言う、男子高校生なんてそんなものだ。
天内と最初で最後──になるかは天内次第だが、友好を深めることに物申す気はない。なぜなら、紅花が楽しそうだから。五条はやはり紅花に甘いのである。しかし、正直言うと──妬ける。

一人で波に揺られているタイミングを狙って、五条は紅花に接近した。五条に驚かすつもりはなかったのだが、相当に考え込んでいたらしい。驚いて浮き輪ごとひっくり返りそうになる少女の背に手を差し込んだ。

「っぶね〜…」

気を付けろよ、そう言おうとして五条はその美しい碧眼をぱちくりさせた。
背中に触れただけだというのに、頬を赤らめ、羞恥によるものか若干涙目で視線を伏せている。ふさふさした睫毛が紅い瞳にかかって──。

──は、何コイツ。なにその顔、えっろ…。うなじ白…キスマーク付けちゃダメかな、それか歯型か、あ"ー…キスしてやろうかな舌入れるえっろい方、

五条、この間0.01秒。
辛うじて理性を保ち、実際に出た言葉は──

「何想像してんの、えっち」
「えっ──!し、してないっ!!」

かたや、然るべきときまで耐えろと天使が言う。それに対して、紅花は誘ってるやってしまえと悪魔が囁く。五条の脳内では天使と悪魔がせめぎ合っていた。
更に顔を赤くして返してきた紅花に軽く口付ける。五条、葛藤の末天使の勝利である。顔を隠すように浮き輪に俯いた紅花から零れたか細い声。

「にんむちゅう、」

クッソ可愛いな、おい。平静を装い、いつもよりあどけなく笑った五条の笑顔の下の本音は、これだった。

「……術式、解かないんじゃなかったの、」

じとりと睨まれるも、ちっとも怖くない。むしろ可愛いだけだ。
それはさておき、悩んでいたのはこれか。五条は彼女の憂いを晴らすべく、気持ちを切り替えた。
天内の今後に関する、夏油と二人先に話し合った結論、それを伝えると紅花は驚き、それから笑った。そう、それでいい。お前は天内と笑ってろ。
浜辺から紅花を呼ぶ声がする。時間切れか──もう少し二人でいたかったような気もするが、今はいい。五条は紅花を浜辺に引いた。

「ったく、落ち込んだりアガったり手のかかる彼女だな」
「──そんな彼女を放っておかない悟が好きだよ」

先程の仕返しとばかりに紅花が、五条の首に腕を回した。耳元に唇を寄せて、息を吹き込むように囁く。五条の背に当たる薄い布越しの柔らかい感触と、耳に吹き込まれる湿った息。
やっぱりコイツ、誘ってるんじゃね?持ち直した理性が秒で揺らいだ護衛二日目の話である。

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