高潔の鐘がなる
横に座った紅花がぽつりと呟いた。
「私、もっと強かったらきっと全部護れると思ってたの」
五条のような強ささえあれば護れるのだろうと、盲目的に信じ、そして見失ったのだ。
強いだけでは救えないものも、護れないものもある。世の中はままならない。
「悟はきっとまだまだ強くなる。私達を置いてったように、沢山のものを置いてく」
そんなことない、ともう五条には言いきれない。
「私は悟に追いつけないと思う。これからもどんどん離される。いつか私を含めた全てが足でまといになる日が来る──でも、一人にはしない。約束する」
紅花の視線が五条の蒼穹を射抜いた。
いつもそうだ。紅花は決して五条に救わせてはくれない。
立ち止まって、しゃがみ込んで、動けなくなったとしても、次にはこうして自分の力で立ち上がるのだ。苛烈なまでの意志を紅血の瞳に宿して。
「はぁぁ〜…お前、ほんと…」
「ぇ、変なこと言ったかな…?」
項垂れて頭を抱えた五条に紅花は首を傾げた。
紅花に見えないように、五条は笑う。
彼女の言う通りだ。自分はこれからも沢山のものを置き去りにしていくのだろう。だが、彼女が後ろにいてくれるのなら、自分は一人ではない。
「俺も考えた。卒業したら教師になるわ」
「きょ、教師!?悟が!?教師!?」
「二回言ってんじゃねぇよ」
それはまた意外なところに落ち着いたものだ。「はぁ、」と紅花は気の抜けた息を吐いた。だが、それを選んだ理由も紅花には分かる気がするのだ。
五条の大きな手のひらが、置かれた紅花の手を上から包み込んだ。指の隙間に指を通し、握りこむ。
「約束破ったら呪うから」
「悟に呪われるのかぁ…」
満更でもなさそうに、紅花が笑った。
やがてどちらともなく立ち上がり、階段を上る。
「言っとくけど待たねぇから」
「私だって黙って置いてかれるつもりはないから」
「傑の奴、次会ったら殴ってやろうぜ」
「え、私殺しに行くって言っちゃったんだけど…」
「マジで?紅花ちゃんてば、過激〜」
「呪術師だからね。イカれてなきゃ」
「お前、そんなキャラだっけ…」
「いい子でいるのはやめたの」
繋がれた手は、温かかった。
/
10年後──。
ある人は彼女を呪いだと云った。
またある人は彼女を鬼才だと称えた。
鳥居紅花という人物を形容するには片手では足りない。様々な形容が飛び交う中、誰もが決まってこう答えるのだ。
薄手のVネックニットに、スーツのジャケットを羽織り、下は細身のスラックスにヒールのあるパンプス。モノトーンカラーでまとめたカジュアルなオフィススタイルに、ゆるりと波打つボブ、艶のある黒髪を片方だけ耳にかけ、その耳には男物のスモーキークォーツのピアスが光る。紅血の瞳を前にして、乙骨憂太は目の前の女性が鬼の化身である事も忘れ、その瞳に見惚れた。
「あなたが乙骨憂太君?初めまして、鳥居紅花です。よろしくね」
鳥居紅花は"呪術師"だと。
[title by ユリ柩]