下着は最初に片付けろ


──あの、家入さん…下着買いに行くのに付き合ってもらえませんか…?

ある日、家入が一人のタイミングを見計らって紅花がもじもじしながら切り出した。いくら女同士とはいえ出会って間もない相手に下着の購入の同伴を頼むのは勇気がいるだろう。さて、では紅花はなぜそんな言いづらいことを言い出したのか──。話は一週間ほど前に遡る。


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紅花の特例での編入が決まり、事はあれよあれよと進んだ。最初に高専に保護されてから、そのまま編入という形になった紅花は実家に戻っていない。衣類などの私物は両親がひと通りまとめてくれ、先日届いた。その量が存外多く、三人の級友が手伝ってくれると申し出てくれたのが昨日の話である。
寮に戻ったあとの空き時間、Tシャツにスキニーというラフな部屋着に着替えていると三度鳴るノックの音。一番乗りは部屋も近い家入である。

「お邪魔しまーす」
「よろしくお願いします」

その数分後に部屋着に着替えた夏油と五条もやってきて、部屋に積み上がる段ボールに唖然としたあと笑った。

「中々やりがいがありそうだね」
「すみません…なんか何がいるもので何がいらないものか分からなかったらしくて…まとめて送りますって…」

段ボールの中に入れられていたメモを思い出し、紅花は申し訳なさに肩を縮こまらせた。普段大らかな夏油はともかく、段ボールの量にげんなりしているのを隠そうともしない五条に、紅花は益々申し訳なくなった。

「あの、五条さん…すみません」
「想像の倍は多いけど」
「いや、ほんと…自分でもビックリしてます」

──さっさと終わらせて飯食おうぜ。
五条がその綺麗な手で段ボールのガムテープを引き剥がしだしたのを合図に各々が動き出す。五条が開封したものを紅花の指示で夏油が片付け、家入が開封したものを紅花が片付ける。新聞紙に包まれた食器類から始まり、好きなアーティストのCD、本、一人娘が東京で寂しくないようにと入れてくれたのだろう写真立てに飾られた家族写真。そんな些細なところで愛情を感じ、こっそりと笑んでいたとき、"それ"は引っ張り出された。

「うっわ、色気のねー下着」

デリカシーの欠片もない五条の声に、紅花の思考は一瞬停止した。

──今、五条さんはなんて言った?
──いやそもそも私、下着片付けた?

まさかと振り向いた先、五条の手の中にあるその面積の狭い布を見た瞬間、紅花の顔は羞恥に紅潮した。

「最近の中学生ってこんなん着るの?ふーん」
「悟…」
「な、な、な…!」

紅花は13歳である。成長の早い子ならば十分、胸も膨らみを主張し始める年齢だ。紅花本人も例に漏れず、ホックの無い、いわゆるスポブラを着用していた。今まさに五条の手に握られているそれである。
明らかに悪ノリしている五条に、呆れて物も言えない夏油、あーあ、知らんぞと傍観を決め込む家入、三者三様だが紅花はそれどころでは無い。

──夏油さんならともかく、よりにもよって五条さんに…いや、夏油さんでも十分恥ずかしいけど、そんな見せびらかさなくても…。いや、そもそもなんで私は一番最初に下着を片さなかったの。

「え?もしかして全部こんな感じ?」
「おい、五条」
「あ?何…え"…」

尚もエスカレートする五条を止めたのは家入だった。家入が見ろと顎で示す先には顔を真っ赤にして今にも泣きそうな紅花だった。
異性に下着を手に取られるというだけでも穴があったら入りたい程に恥ずかしいのに、その相手がこんなイケメンだなんて一体何の罰ゲームなのか。怒りはない──ただただ恥ずかしい。羞恥に溢れてくる涙が、堪えきれなくなり、紅花の頬を伝ったとき、五条は漸く自分がやりすぎたと悟った。

「夏油、五条」
「「……」」
「出て行け」
「「はい」」

恥ずかしさに頭がショートした紅花の顔を隠すように庇った家入が凄みながら男共を部屋より叩き出した。あの時の硝子は口答えしようものなら問答無用で解剖されそうだったと──後に五条は語る。尚、夏油、彼に至っては完全に巻き込み事故である。
その後数日間、五条と顔を合わせられず全力で逃げ回る紅花と、そんな紅花を追いかけ回す五条が目撃されたとかされないとか。

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