裡側 肆





茶を出すと彼女はお礼を言い母上のことを心配していた、俺もあのような母上はみたことが無い故に仕方がない。だがきっと心配することなどないだろう、母上は初見で充分苗字さんを気に入っていただようだったからだ。

苗字さんはいとも簡単に男の部屋に入ったが慣れているのだろうか、そんな思考が過ったときに彼女が一点を見つめているのがわかった。
俺と千寿郎で写っている写真、千寿郎の中学入学のときのものだ。

「あれ、もしかしてこの子が千寿郎くんですか?」
「そうだ!キメツ学園の中等部に通っているぞ、一年生だ」
「ちっちゃい煉獄先生みたい、可愛い!」

まじろぎもせずにその写真を見ながら笑った彼女があまりにも愛らしく釘付けになる。振り返る彼女と目が合うがまたらしくもなく目を逸らしてしまった。
恋というのは怪異なもので、見つめていたいと思っているのに見つめ合うと顔を背けてしまう。忸怩たる思いだ。
千寿郎は千寿郎くんで、俺は煉獄先生とは如何なものか。今この空間には二人だけ、むくむくと名前で呼んで欲しい思いが湧き上がる。

「夕餉の時に会えるだろう、それよりも我が家は皆煉獄だ。俺のことは杏寿郎と呼んでくれないか」
「あ、そうですよね!えっと、きょ・・・杏寿郎さん?」

『杏寿郎さん!』
優しく慎ましやかな声で俺を呼ぶ彼女の顔が脳裏に浮かんでくる、何故こんなにも愛おしく懐かしく感じるのだろう。

「うむ!では俺も名前と呼ぼう!これでお互い気にすることはないな、もう安心だ!」

名前・・・と心の中で唱えるとさも結ばれることが当たり前の運命かのようにその名前が心の核に刻まれた。
話し始めると名前の声はとても穏やかで落ち着く、耳障りの良い話し方、知れば知るほど欲しいと思う気持ちが高まっていく。よもやこれ程に夢中になる異性が出来るとは思わなかった。















千寿郎の拵えた美味たる薩摩芋菓子を一口で食べ終え席を外し、戻ってくると何やら母上と名前が話し込んでいた。
母上はまた名前を連れてくるようにと言うので、勿論と答えると母上は酷く愛おしそうな顔で彼女を眺める。さすが名前だ!もう母上とここまで打ち解けたのか!

大人といってもまだ齢二十其処の女人だ遅くなっては家族が心配すると思い家に送ると申し出ると彼女は
「私には、その、家族はもう居なくてですね、でもご迷惑になってしまうのでそろそろ帰ります。」
そうか、家族が居なく名前は従前において一人きりだったということか。申し訳なさそうな寂しげな表情を見てある名案が浮かぶ、名前と目が合い考えるよりも先に今日は泊まっていくようにと申し出ていた













・・・











俺は今、名前が泊まる部屋の前にいる。確かめたいことがあるからだ。
だが、もう寝ていても仕方のない刻限、寝ていたらまた改めればいいこと。そっと起こさないような声量で扉の前から声をかけると起きているようで招き入れてくれた

寝間着の姿にごくりと喉が鳴るがその様な行為の為に尋ねたわけではない、理性を総動員させ彼女の前に座る。

「すまない、寝るところだったか」
「いいえ、目を瞑っていただけで寝れないでいました」
「うむ!枕が替わると寝れないとよく聞く、今度は枕も持ってくるといい!」

少し驚いたような様子をみて、泊まれは急すぎただろうか。
俺は彼女と出会ってから迷ってばかりだな、不甲斐ない。・・・だが時を戻せたとて同じ選択をするだろう一度言ったことには責任を持ちたい。
今宵名前を泊らせるがそれは長い夜に心を一人きりにさせない為。

「言い難いことなら、すまない・・・名前は家族が居ないのか」
「はい、父のことはほとんど知りません。物心ついたときから居ませんでした。母も私が中学生だった頃から闘病してて二年前に」
「そうか、それは辛かっただろう。もう少し早く出会えてれば支えてあげられたのだが」
「杏寿郎さんは本当にお優しいですよね、今は職場も変わってこうして良くしていただいて毎日幸せですよ。」

言葉にすれば短いが長く寂しい二年間だったのだろう、
名前の顔に影が刺す。俺が・・・俺ともう少し早く出会っていれば彼女を一人にさせるなどさせなかった、悲しむ名前の隣で支えてあげられたというのに・・・!
もう二度と一人になどさせたくなかった!

「それでも俺は、君に寂しい思いをもうさせたくなった」
「・・・?もう、とは」
「む・・?」

口から出た言葉に首を傾げる。
俺はもう二度と思ったが、何故“もう二度と“なのか・・・。
解らぬことを考えても仕方ないが、出会ってから幾度となく感じるこの違和感。
長く共にいれば疑問は解決するのだろうか・・・。

君のことを知りたいと申し出ると彼女は細々と自身について教えてくれた。
慎ましやかなその声は酷く心地よく、気づいたら眠りに落ちてしまっていた。もう何度も床を共にしたような心地よさがあると感じながら





朝彼女よりも先に起き、状況を理解するのに数秒かかってしまった。男特有の早勃ちを理性を働かせ抑えるが名前の寝顔を見ていると満たされていく。
しばらく眺めていると彼女は目を覚まし、大きな声で元気よく家族全員を起こしてくれた!千寿郎には少し怒られてしまったが名前のああいった表情を見るのは悪くない!






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痺莫