大正時代、まだ女性の社会進出は少なかったが夫を亡くしている名前の母は女中として働かなければならなかった。名前の父の縁で名門煉獄家に身を置かせてもらい、仕事も貰え名前も小さいころから杏寿郎の遊び相手として大変良くして頂いていた。


「おれが、まもろう!」

杏寿郎が木刀を持つようになる頃に
名前も一緒に稽古に参加したいと申し出たら杏寿郎は手を握りまっすぐな瞳を向けて
「かたなをもつひつようはない!きけんなめにあわせたくない!」
もっとも鬼殺隊になろうなんてことは考えては居なかった、ただ杏寿郎と一緒にいたいが為に握ろうとした木刀だった。そんな子供ながらに邪な気持ちがばれてしまったように感じ、名前はそこから稽古に参加したいとは言わなくなった。
杏寿郎が稽古の間、彼女も煉獄家女中としての仕事を教えてもらうようになり杏寿郎と遊んだりする時間はぐっと減ったがお互いに自分の役目を全うしていた。

鬼殺隊の柱である槇寿郎様の生活を中心に回っている煉獄家では昼夜逆転する時もあったので、名前の母が忙しなく働いていて眠りにつくときに居ないこともしばしばあったが寂しくはなかった、母は娘をとても愛していてくれていたし小さいときは杏寿郎が一緒に寝てくれるときもあったからだ。

「こうすればあたたかいだろう?」
「きょうじゅろうさんはいつもあたたかいですっ!」

名前は幼くともこの気持ちには気づいていた、
抱きしめて床を共にしてくれる杏寿郎に対し名前の小さな心に灯っていたのは確かに恋慕だった。





瑠火様は病いに伏せるようになる、その間も杏寿郎さんは沢山の事を我慢し鍛錬を続けていた。その姿に幼いながらも支えたい、彼が炎柱になるのを側で見守りたいとはっきりと自覚したのはこの頃だった。

「名前、こちらにいらっしゃい」
「瑠火様、お呼びでしょうか」
「・・・名前、お願いがあるのです。」
「はい、瑠火様!なんなりと!」
「杏寿郎は強く優しい子、きっと立派な炎柱になるでしょう。ただし炎柱になることは決して楽な道ではありません、辛く険しい道。
・・・見届けてほしいのです、貴女のその目で。それが杏寿郎の大きな支えになります。」
「瑠火様・・。」
「私はもう長く生きられません、頼みましたよ名前」
「・・・っ、っはい!」



瑠火様が亡くなって、槇寿郎様が酒に溺れ始めて柱としての任務を怠慢気味になってしまいその影響は煉獄家を大きく揺るがしほとんどの女中が辞してしまった。
瑠火様は名前の母にも「杏寿郎と千寿郎のことを宜しく頼みます」と任されていたので娘と共に煉獄家に残ることにした。そうでなくても杏寿郎、千寿郎は娘と共に成長してきた家族のようなもの。これから食べ物には絶対に困らないように千寿郎に炊事を教えたのは名前の母だ。

杏寿郎はというとたった一人稽古に励み指南書だけで炎の呼吸を習得し鬼殺隊に難なく入隊し階級も順調にあがっていった。家に居ることのが少ないくらいだったが任務終わりにはよくお土産も買ってきてくれていたし、非番の日は自室には戻らず名前の部屋で過ごしていた。
部屋というのも十五を過ぎた頃に杏寿郎は彼女に余っているからと部屋を与え、休むときに使用していたので彼の自室よりも私物が多く置いてある部屋となったからだ。杏寿郎の物が多く置いてあるため寂しくないと思っていた名前だが家を空ける日が多くなった彼を想うとその私物がやけに寂しげに感じていた。
杏寿郎に鬼狩りの才があることは煉獄家として大きな喜び、瑠火様との約束もある。彼が炎柱になるのを見届けなけれなならない・・・だが名前にとっては杏寿郎がいつ命を落としてもおかしくは無い状況は素直に喜ぶ事が出来ず毎晩夜風に当たりながら無事を願っていた


「・・・名前」
「・・杏寿郎さん?こんなお時間に帰ってきたのですか、鎹鴉を飛ばしてくだされば、お出迎えしましたのに」
「すぐに帰った方が早いと思ってな。それに鴉を飛ばすと皆を起こしてしまうだろう。」
「お気遣いありがとうございます、お夜食はお召し上がりになりますか?」
「いや、済ませてきたので大丈夫だ。それよりもその格好では風邪を引くぞ布団に入ろう」

聞く所によると鬼狩りは早々に終わり藤の花の家で湯浴みも夜食も済ませてきたという、普段はそのまま泊まってきて朝か昼頃帰ることが多いので夜中に帰ってきたのは初めてだ
一緒に布団に入ると腕枕をされ後ろから抱きしめられる、このようにして寝るのが杏寿郎さんは好きなようでいつもこうして眠りにつく。だけど今日は1人だと思い肌触りよりも機能性の高い薄い寝巻きで感覚が直で伝わり恥ずかしい。
たまたま動いた手先が寝間着の着合わせに当たってしまい恥ずかしさから栗立っていた先端が擦れて「んっ・・」と声が漏れてしまった、自分の声では無いみたいな甘い音に吃驚して途端に身体中が真っ赤になるのがわかった。

「す、すみません杏寿郎さんっ」
「うむ、こちらこそすまな・・・・」

杏寿郎さんは頭を上げて私を横から覗き込むような体制になると視線が一点で止まった
その視線を辿るとあるのは私の胸元、先程着合わせに手が当たってしまったことで元々緩く着ていた寝間着が肌蹴て胸元が丸見えになっていた。慌てて胸元を隠すがもう見られてしまったので手遅れで、どうする事も出来ずただ固まってしまう。
幼いときから寝食を共にしているからとて、もう十五を過ぎた男女。ましてや恋情を抱いている相手に見られたのだ冷静で居られるはずが無い

「乳房を見てしまった!」
「い、いえ、こちらこそお見苦しい姿を見せてしまい、その・・!」

杏寿郎の口からでた’’乳房’’という単語に居た堪れずにいると、名前に上から覆いかぶさるような体制になった杏寿郎は意地の悪そうな顔をしてまるで名前の反応を楽しんでいるようだ

「そんな無防備でいると、すぐ男に組み敷かれてしまうぞ」
「あっ・・・杏寿郎さん!」

太もも辺りを撫で首筋に顔埋める
名前の思考は完全に停止してしまって、真っ赤なまま固まっている。

「心配だな、他でそのような顔を絶対してはならないぞ」

急に動きが止まったかと思えば私の寝間着をそっと直し布団をかけてくれた。
さ、さっきのは何だったのだろう。色恋事の知識が無さ過ぎてついていけない。

「これから以前のように隊士が出入りするようになるが君の部屋に入れてはいけない!最善の注意を払ってほしい。あと寝間着のまま屋敷を歩き回るのも駄目だ」
「は・・・・はい、わかりました。あの、杏寿郎さんごめんなさい」
「何に対する謝罪だ?」

私がはしたなかったせいか、なんと無く杏寿郎さんは機嫌が悪い気がする。
普段あまりこういった態度をとられることのなかった名前は真っ赤な顔が今度は真っ青な顔に変わっていく

「私のはしたない姿を見て、隊士の方達からの尊厳関わらないか心配なさっているのですよね、大丈夫です!絶対守りますので・・!」
「うむ、何も解って無いな」
「えぇ・・?では、何で」
「名前があまりににも愛らしいから心配している、こんなあられもない姿を他の者にみせないで欲しいという意味だ!」
「ああああ、あ、はいぃぃ!」
「では、おやすみ!」

真っ青な顔がまた真っ赤になりどくどく言う心臓を押さえながら目を瞑った
今夜は寝られそうにない





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痺莫