※外伝ネタバレ含みます。







杏寿郎さんが甲になる頃に甘露寺蜜璃さんという女性の方がお弟子さんとして屋敷に出入りするようになった、類稀なる才能を持った方で半年で鬼殺隊に入隊してしまう程の実力の持ち主だ。彼女の事は私も千寿郎くんも大好きで暇をみつけては菓子を作り食べてもらうのが最近の楽しみにもなっていた。同じ頃に私の母も病を患い始め床に伏せる事が多くなってしまい、どうしても心が俯きがちになってしまっていたが蜜璃さんが居てくれるお陰で明るく過ごせていた。

「千寿郎さん、何を作っているのですか?」
「”すいーとぽていと”という薩摩芋の菓子です、蜜璃さんに教えて頂いたの作ってみました!」
「とても良い匂いですね、今朝拵えた桜餅と一緒に稽古場に持って行きましょう!」
「はい、名前さんも休憩の折に召し上がってくださいね」

千寿郎さんは炊事だけではなく家事業全般の才を多いに発揮をしていて
近頃では刀を振るよりこうして母の替わりにお手伝いをしてくれる事の方が多くなった。杏寿郎さんも千寿郎には自分の信じる道をと常日頃から仰っていたのでこうして遠慮なく炊事場に立って頂いている

稽古場に行くと丁度蜜璃さんがお腹を空かしていたのと、薩摩芋菓子のおかげで休憩をとることになった、杏寿郎さんが蜜璃さんへお祝いの羽織を差し上げているのを見て私も胸が熱くなる。鬼狩りは危険なお仕事で心配ではあるが名門煉獄家で育ってきた私は鬼殺隊に入隊するという事はとても名誉なことだと知っていた。

「蜜璃さん、御目出度う御座います!」
「えへへ、名前さんもありがとう!私、頑張るね!あっ・・そうだ!ちょっと待ってて下さいね」
そう言うと蜜璃さんはどこかへ消えていった、何かあるのだろうか?
「うまい!わっしょい!」
「兄上、ゆ、ゆっくり食べて下さい!あ、名前さんも良かったらいまのうち召し上がって下さい」
「そうだぞ!名前、共に食べよう!」
「いいんですか?じゃあお言葉に甘えて・・・」

予備で持ってきたお皿の上にあるのを頂こうとしたら、ひょいと目の前に串に刺さった”すいーとぽていと”を差し出された

「うまいぞ!ほら、あーんだ!」

杏寿郎さんが差し出してくれていたのだ、恋人同士がするような行動にとても恥ずかしくなってしまうがここで断るのは申し訳ないのでそのまま一口頂いた。
口の中に薩摩芋の甘みが広がる、お・・・おいしい!

「おいひぃです!」
「そうだろう!もっと食べるんだ!」

何故か私は杏寿郎さんから食べさせてもらっている、隣に千寿郎さんがいるので凄く恥ずかしかったがこの時の私はこの幸せなときが永遠に続けばいいのにと思っていた。

「(兄上と名前さんは仲が良いなぁ)」

その後、蜜璃さんは隊服と羽織を披露してくれてその姿に最初こそ驚愕してしまうが蜜璃さんにとても似合っていてとても素敵だった。



「カァァ!伝令伝令ィ!炎柱ァ!柱合会議に至急向カエェ!!」








・・・







「お見合い、ですか?」

杏寿郎さんが槇寿郎さんの代わりに柱合会議に向かってる間に、床に伏せっている母に呼び出され出向くと写真を差し出された。

「貴女も良い頃の歳でしょう?母さんも、もう長くは生きられないと思うし。生きているうちに娘の晴れ姿を見たいという母の我儘よ」
「そんな、長く生きられないなんて言わないで!それにお見合いなんていいよ、まだ早い」
「・・・名前、よく聞いて。貴女と杏寿郎様が大変仲がいいのはわかっているし、娘の気持ちに気付かない母親などいないわ。でもね杏寿郎様は煉獄家の長男で炎柱になる御方よ。名前とは身分も境遇も違う、哀しい思いをするのは目に見えているわ・・・お願いだから母の我儘を聞いてくれないかしら」

母様からは悲しい表情が見て取れた、どんどん杏寿郎さんに惹かれていっている私を心配しているんだろう。母の体調も芳しく無い、そう思うともう断れるはずが無かった。
いつかこういう日が来ることはわかってはいた、今の幸せが永くは続かないことも


程なくして柱合会議から帰ってきた杏寿郎さんは直ぐに十二鬼月という鬼の中でも特に強く恐ろしい鬼の討伐に向かうことになった、炎柱の担当地区ということと柱候補である彼に白羽の矢が立ったという話だ

「杏寿郎さん、蜜璃さん、行ってらっしゃいませ。ご武運お祈りしております。」
「兄上、蜜璃さん、どうかご無事で・・・!」
「ああ!行ってくる!留守を頼むぞ名前、千寿郎!」
「精一杯頑張るね!行ってきます!」

お揃いの羽織を羽織った二人は元気よく屋敷を後にしていった
この討伐に成功すれば杏寿郎さんは柱となる。喜ばしいことだが十二鬼月といえば柱でさえも生死を分かつ戦いになるだろう、どうか生きて帰ってきてほしい

「名前さん、兄上にお見合いのこと話さなくてよかったんですか?」
「・・・まだいいんです、これは私の問題ですから。今は二人の無事を祈りましょう」

困ったように笑ってみせると千寿郎さんも困った顔をする
そのまま千寿郎くんと煉獄家の墓前に向かいご報告をした後に神棚にお祈りをし床についた、この日ばかりは眠れるはずもなく翌朝千寿郎さんとお互い隈の出来た顔を見合わせて苦笑いした。



数日後に受けた連絡は杏寿郎さんは重症だけど生きている、十二鬼月の下弦ノ弐を討伐したという朗報。蜜璃さんは軽症らしいが杏寿郎さんと一緒に蝶屋敷で療養しているということだった。

そして今日、傷は全て癒えていないが杏寿郎さんが帰ってきて4人みんなで抱き合い歓喜しその日はささやかなお祝いをした。杏寿郎さんが生きている、これ以上の何を望めというのだ朗報を受けたときからもう心は決まっていた。今日はきっと最後の幸せの日だ。

「杏寿郎さん、改めましてお帰りなさいませ」
「ああ、無事ではなかったが戻ったぞ!」

まだ松葉杖の取れない杏寿郎さんをそっと布団に寝かせて掛け布団をかける
怪我もあるので今日は布団を二枚敷いている

「杏寿郎さんにお話しておきたい事があります」
「なんだ!」
「お見合いをしました・・多分その方と婚姻します。
なのでもう床を共にすることが出来ません」
「なっ・・・!」

大きな目がこれでもかと開かれる、と同時に体を起こした杏寿郎さんは自由の利くほうの手で肩を掴まれた。

「どこの誰だ!」
「親戚の三男坊です、見合い後是非にと言って頂けたので・・・」

黙っていたことを怒っているのだろうか、杏寿郎さんの周りに覇気のようなものを感じる、ぎゅっと眉間に皺を寄せまっすぐこちらを見据えている彼は少し考えるようなそぶりをして口を開いた

「うむ、どこの誰というのが問題なわけじゃないな。名前はその男を好いているのか?」
「いいえ、見合いですので・・・好き嫌いではなく嫁に迎えてくれるかどうかなので」
「そうか!なら俺と夫婦になればいいだろう!」
「え!?む、無理です!」

掴まれていた肩をぐっと引き寄せられ抱き締められるような体勢になり
杏寿郎さんはいつも暖かいが今は燃えるよう熱い、

「俺は名前を好いている、他の男の妻になる君を想像もしたくない!」
「そんな・・・ですがっ!杏寿郎さんと私では身分が天地程の差があります!」
「問題無い。ただ父は今ああだし、俺は鬼殺隊だ。明日をも知れぬ身、その最期の時まで君と一緒に居たいと想うのは迷惑か?」

杏寿郎さんが私を好き・・?確かに嫌われてはいないと思うが恋情を抱いていてくれているなど思いもしなかった、私と同じ気持ちだったのだ

「迷惑だなんてそんな、私は下女ですよ!」
「問題ない」
「それにこの煉獄家にお嫁に入れるようなお金もありません!」
「問題ないな!」
「杏寿郎さんになんの利点もありません!」
「ある!俺が君と共に居ることでもっと強くなれる!俺と夫婦になろう名前」

覚悟を決めていたのには理由があった、ひとつに私は杏寿郎さんに相応しい器ではないということだ・・・あとは杏寿郎さんに相応しいであろう女性は沢山居る。そんな女性と杏寿郎さんが祝言を挙げるところなど見たく無かった、ようはこの想いから逃げたかったのだ。それをこうも簡単に壁を破ってくる杏寿郎さんはやはり凄い御方なのか、私の意思が貝より弱いのか、

「本当に、私でいいのですか・・?」
「名前がいい」
「ず、ずっとお慕いしておりました・・・私を杏寿郎さんの妻にして下さい」

杏寿郎さんの抱き締めていた腕が緩む、お顔を見上げると安心したようなお顔で微笑んでいた

「では話は早いな、明日にでも名前の母上と俺の父に報告しにいこう」





 - 




BACK

痺莫