「さあ!行きましょう紫陽花畑へ!」
「‥‥‥は?」
傘を持って雨合羽を着た準備万端の星原が、意気揚々とそう言った。購買で買った焼きそばパンを頬張っていた俺は、事態を飲み込めず困惑していた。
「あ、まあ確かに畑ってわけじゃなかったかもしれませんね‥‥」
「いや、そこじゃなくてさ!」
説明を求めたらさっき話したじゃないですかと言われる。もしかしなくても、一緒にご飯食べるのかなーとか思ってたやつのことか。梅雨の話してたの、あの後ずっと続けてたってこと?
「いいよとは言ったけど、わざわざそれだけのために外出んの?この雨の中?」
「合羽貸しましょうか?」
「いや、いいよ別に‥」
星原それ似合ってるし、と嫌味で言ってやれば、通じなかったのか嬉しそうに頭を掻かれた。素直か。はあ、と盛大にゆっくりとため息をつく。仕方ない、優しいオイラがついて行ってあげようじゃないの。今日だけね。今日だけ。
「成宮くんはかたつむりとカエル、どっち派ですか?わたしは割とかたつむり派です!」
「朝もかたつむりの話してなかった?」
「‥そうなんです!でも今向かってるのは、さっき先生に聞いた別の紫陽花ポイントで‥‥」
▽
「すごいよ成宮くん!紫陽花がこんなに!」
子供みたいにはしゃいであっという間に紫陽花に囲まれた星原は、腹が立つほど絵になっていた。そのまま星原がどんどんと奥へ進んでいくのも気にしないで視線をそらす。ぱしゃぱしゃと水たまりの上を歩くあどけない音が聞こえて、ため息をついた。
顔を上げると、数メートル先まで進んで小さくなった星原が、辺りを見渡して微笑んでいた。その様子がひどく消えそうで、頼りなくて。星原のくせに、なんて考えていると頭が痛くなった。じいっとそんな星原を見つめていると、彼女はぱくぱくと口を動かして、俺に何か訴えている。
雨音がうるさくて、星原が何を言っているのか分からない。発する言葉も、衣摺れの音も、歩く音すら聴こえない。これだから雨は嫌いなんだ。泥と化した土の上を眉を寄せながら歩いて、彼女に近付く。星原は、紫陽花と同じ色をした傘をくるりと回して、此方を向いた。
「どうですか成宮くん?綺麗でしょう?」
「‥‥そうだね」
綺麗だ、と口から言葉をこぼすと、星原は目を細めて笑った。何に対して言ったかなんて、気付かないくらい幸せそうに。