| ([魂の音色]の後の話) これは 「よォ、生きてるかよ」 「あ、一方通行いらっしゃい」 例の実験から解放されたといっても私の容態はすぐには回復しなかった。実験で能力を酷使され続けたことによる体の衰弱もあるが、医者が言うには精神面にも結構なダメージがあるとのこと。私はそこまでだとは思っていなかったのだけれど、夜な夜な見る夢はまだ――…あの実験の中にいた。そのこともあるのか食欲もなかなか戻らず、以前の体重と比べれば歴然の差だった。痩せれてラッキー、なんて……とてもじゃないけど言えない。 一方通行は結構な怪我を負っていたけど数日ずっと入院するほどでもなく、私が目覚めた頃にはもう彼は退院していた。けれどこうしてほぼ毎日のように、私の病室へ訪れては特に何をするでもなく一緒にいてくれる。 「………」 「………」 「………」 「………」 ただ、私は少し……気がかりなことがあった。正直この状況でこんな考えをしてしまう私自身にかなり恥ずかしい気持ちではあるのだけど、この胸のざわめきはどうも制御できない。ベッドの横にある小さめのソファに腰掛けて本を読む彼をチラリ、チラリと……私は何度も盗み見た。 「その本面白い?」 「フツー」 「そっか……」 彼との会話は相変わらずだ。いつものように私ばかりが喋ってそれなりに賑やかな空間にいつもなったりするのだけど、生憎今はそれができない。なぜかって、……私には話すネタがないのだ。毎日何もない病院の中で退屈に過ごすばかりで、前みたいに学校であった出来事なんかを彼に話すことができない。ただただ私たちの小さな呼吸音が、部屋に響いた。 「さっきから何ソワソワしてンだよ、なンかあンのかァ?」 「えっ……」 「バレバレなンだよ」 ハァーーーと息が吐かれたと思えば、一方通行はパタンと本を閉じてそう言った。やっぱ流石にバレるよね、そうだよね。 白状すると、私たちはあれから一度も……触れていない。これだけだと意味が曖昧なのでまあハッキリ言うと、手が触れるどころかキスもしていないのだ。別に私たちはあの事件があったからってお互いが恋人同士になったわけでもなんでもなく、関係的には以前と変わらぬよく分からない関係だろう。けれど少なくとも、私は一方通行にとってそこら辺の通行人Aではないと――そう思っている。そして私自身、彼を“好き”だということをようやく理解した。 たったそれだけの感情の変化で――私は今、前みたいな反応ができなくなっているのだ。 「確かに、言いたいことっていうか…落ち着かないことは少しある。でも、それを一方通行に言うには少し……変っていうか」 「あァ?」 「もしかしたら私の体を気遣ってくれてるのかなぁーとか思うけど……でも、えっと、その…」 「意味分かンねェ、出てけってかァ?」 「ちっちがう!むしろその逆で…!」 勘付かれてしまっているならもう誤魔化す内容も思いつかないので言ってしまうかと口を開くも、私の言葉は本当に脳みそ足りているのかと思わせるような言葉にすらなっていないものだった。 「逆だァ?一体何なンですかァ?」 「だからっ……そのっ……ちょっとこっち来て!」 「はァ?」 「いいから来てよ!そんな離れたとこいないで!」 立ち上がって帰りそうになる彼を引き留めてこちらへ来るように言った。少しだけ眉を顰めてから、一方通行は渋々こちらへと歩み寄ってくる。そして私のベッドのすぐ隣に、彼は立った。 「手……貸して」 「あァ?ンだよさっきから…」 「いいから手………触れさせてよ」 「っ………」 私の言葉に、一方通行が少し動揺するかのようにピクリと跳ねた。そしてゆっくりと、彼はその白い手を持ち上げ……私の前に差し出す。 「相変わらず、冷たい手」 「…………」 「でも………安心する」 「ッ……」 彼の手を取った瞬間、彼の心臓が少し大きく揺らいだ音がした。けれど乱れることはなく、ただただ静かに手を握る私にされるがままにしている。細くて繊細に見えるけれど、彼の手は案外ゴツゴツと男性の手をしていた。それが実は結構好きで、私は彼の手に触れるのが好きだった。 「オマエ………俺が、怖くねェのかよ」 「え?」 呟くような彼のその問いは、どうして今更という意外なものだった。怖い――確かに、そんなことを思っていた時期もあったっけ。でもそれは恐怖と言うにはあまりに優しすぎる、温かいものだった。 「あの実験ン時、オマエには見えてたンだろ……俺が、アイツ等を殺すところ」 「っ……!」 彼のその台詞で、彼が何を言いたいのか分かった。ああそうか、彼はずっと……不安だったのだ。 私は確かに実験中、 「あンなのを見て、オマエはまだ……俺を、」 「好きだよ一方通行」 「ッ……」 握った手は、少しだが震えていた。 「好き……大好き、私はあなたが思ってる以上に……あなたが好きだよ」 あの映像を見た時、私は彼を“怖い”だなんて思わなかった。それはあの子たちが彼に怖がるという感情を持ってなかったからなのかもしれない。それにむしろ、私には殺す時の彼の方が――泣いているように見えたのだ。 人の感情なんて1つで表すことはできない。けれど今だけは、私は彼にこの気持ちを伝えたいと思った。どんなことがあったとしても、私はあなたを好きなことだけは……変わらないって。 「ねえ一方通行、私はあなたに触れたい、触れてほしい……恐怖なんて何もないから、ねえお願い…」 「ッ……テメェは、病人のクセに煽ってンじゃねェ…」 「だって、私は一方通行に触れられると……とても安心するから」 「クソッ…いい加減その口塞ぐぞ」 「いいよ、塞いで」 そう口にした瞬間、彼の手が私の顎を掬い――文字通り唇を塞いだ。忘れかけていたその柔らかな唇は、ひどく優しく私を包み込む。 「んっ……ぅ、」 「っ……ハァ、…」 合わさった唇が一度離れ、そしてまた合わさる。それを何度も繰り返し、甘い吐息が病室に轟いた。こうしてまた彼と触れられていると言うことに私は思わず涙してしまい、瞳からそれが頬へとツーっと流れていく。 「オイ…」 「ちがうの、これは…ちがうの、そうじゃなくて……っ…嬉しくて、だから…んっ…」 また、唇を合わせた。それが彼の最大限の返事だというように、冷たく温かな手が優しく私の頭を撫で、そして引き寄せる。 一方通行は感情を表に出さない。感情だけじゃない、言葉さえも何も出そうとしなかった。彼をよく知らない人はそんな彼を“酷い人間”だと思うだろう。でもそうじゃないってことは、私がよく分かっている。今だって彼はずっと私のことを想って――触れるのを恐れていたんだ。分かりにくくて、分かりやすい人。 そしてまた、私は彼をより一層好きになった。 「好き、一方通行」 「(ああ、俺もだ)」 その返事が聞けるのは、また先の話。 |