Got it!

「おい名無し、部活の日程表、」
「す、角名!!ちょっといいかな!」

「名無し、お前、」
「角名ー!部活一緒に行こ!」

「名無し、」
「角名!」

「……………」
「角名!!」









「なんっっっやねんアレ!!!」

バン、と勢いよく部室のロッカーを閉めた侑が、苛立ちを隠さぬままそう捲し立てた。朝練終わりに制服に着替える彼が指差す先には、角名にべったりと引っ付く名無しの姿。数日前から不自然な程に一緒にいるその二人に、侑はなす術なく、鬼ごっこと称したアプローチも出来ずにいた。

「お前に追いかけられるのが嫌で、ああやって角名使ってガードしとんのやろ」
「あぁ!?俺に追いかけられて嫌がる女がおるんか!」
「だからその自信なんなん」

治も名無しに対する気持ちは同じ筈なのに、侑とは違って余裕の表情。それが益々気に食わない侑が、「かっこつけてんなや!」と吐き捨てると、いよいよ治も眉間に皺を寄せて鋭く睨みつけていた。

少し前から始まった、この追いかけっこは思っていたよりも難航していた。名無しを追い詰めて追い詰めて自分のものにしようという算段だったが、計画に反して、治が便乗してくるという展開。二人に振り回される名無しが取った行動が、角名を使ったガードという訳だ。角名も角名で、特に名無しに対して抵抗するでもなくされるがままになっている。…というか、若干楽しんでいるように見えなくもない。上手くいかなくてヤキモキしている侑たちを見て面白がっているのだ。

(あの女……絶対に取っ捕まえてやるからな…)

益々闘志を燃やす侑に、ぞくりと背筋を震わせる名無しだった。




ーーーー・・・・




狙うとするならば、『必ず名無しが一人になる時間』。最近どんな時も角名と行動を共にしている彼女だが、そんな彼女が隙だらけになる時間が、1つだけあった。……それこそが、ここ。トイレである。

まあ我ながら、流石にトイレはどうなんだとも思ったが、もうここしか彼女を捕まえるチャンスは無い。女子トイレには角名も付いてこれないし、名無しは必ず一人でやって来る筈。入口の近くの物陰に潜んで動向を窺っていると、そのチャンスは思ったよりも早くに訪れた。

(……きた……!)

遠くから、こちらに向かって歩いてくる名無し。近くに角名の姿は無い。間違いない、アイツはこのトイレにやってきたんだ。息を飲んで、その瞬間を待つ。名無しがトイレの入り口に差し掛かった瞬間こそ、俺が動き出す時。何も知らず、徐々に迫ってくる名無し。さあ、あと少し…。

「……んぐっ!?」

やがて、目の前を通り過ぎた名無しの口元を、侑は背後から押さえ、そのまま男子トイレへと引きずり込んだ。一番奥の個室に入ると、扉を閉めて鍵をかける。狭い密室の中で、ようやく二人きりになれた侑は、そこでやっと名無しの口から手を離したのだった。

「ぷはっ……、侑……!?」
「やーっと捕まえたで名無し。観念しいや」
「ちょ…、離してよ!」

腕の中から逃れようとする彼女を、きつく抱きしめる。ここまで来れば、もうこっちのものだ。もがく名無しを簡単に捩じ伏せて、首元に下げられているリボンを解いてやった。

「ひゃっ…!?な、なにを、」
「自分、ほんまは俺のこと好きなんやろ?」
「だから……、違うって何度も…!」
「好きって認めるのが怖くて、俺から逃げてるんやろ」

その言葉を聞いた時、名無しの表情が動揺に染まったのを、侑は見逃さなかった。ぷつん、ぷつんとワイシャツのボタンを外していくと、見える白い鎖骨と、膨らんだ胸元。美味しそうなそこに堪らず顔を埋めて、ちゅう、と吸い上げた。

「あっ……、や…め……っ」
「はよ認めて楽になったらどうや」
「誰が……アンタの事なんか…!」
「そうか。ならこのまま続行やな」

白い肌に刻まれていく、赤い印。柔らかいそこに口付けていると、段々と湧き上がってくる邪な気持ち。もっと、もっと俺を感じて、俺だけで頭をいっぱいにして、何も考えられなくなって欲しい。そして早く、素直にさせたい。俺のことが好きなのだと、そう言わせたい。コイツが俺を好きなのは、もう見て明らかなのだから。

「あ……つむ……っ」
「んー?」
「わたし……、あつむの、こと…」
「えっ」
「は……ぁ…、あつむのこと、」
「お、俺が何や!早よ言え!」

惚けた表情で、必死に何かを訴えようとしている彼女。侑のこと、まで来たら、もうその先なんて決まってる。早く、早くその言葉を聞かせてくれ。そう期待を込めた目を名無しに注ぎ、がしっと食い気味に両肩を掴む侑。逸る心臓を抑えて、ごくりと生唾を飲み込んだ。注視していたその唇が、ゆっくり開きかけて、



「なあ角名、名無し知らんか」
「知らない」
「ほーん…。最近べったりやのに、珍しいな。一人で行動するなんて」



聞こえてきたのは、侑が待ち望んだ言葉でもなければ、耳を澄ませていた相手でも無かった。トイレに誰かが入ってきて、会話を交わしている。その瞬間、この個室には言い様のない緊張感が走った。ハッとして慌てて自らの口を塞ぐ名無しを尻目に、侑は扉の向こうにいるであろう人物を睨む。この声、考えなくても分かる。毎日飽きる程聞いている声だ。ということはつまり、今ここにいるのは、

(サムと角名か……!仲良く連れションかい)

治と角名が、タイミングよろしく二人揃ってトイレにやってきたのだ。会話を聞く限りでは、どうやら名無しの姿が見当たらなくて心配しているといったところか。済ませたらさっさと出てけや、と良いところを邪魔してきた二人に悪態を吐く。小さく溜息をついて、視線を名無しに戻すと、彼女は真っ赤な顔のまま必死に口を塞いで息を潜めていた。

その姿を見て、何故だか侑の中の加虐心が燻られる。可愛い。バレたらどうしよう、なんて考えながら震えているのだ。扉の向こうにいる相手は、同じ部活の仲間。こんなところを見られたら、どう顔を合わせて過ごせばいいのか、分からなくなってしまうだろう。自分でも、徐々に口の端が釣りあがっていくのを感じていた。良いことを思い付いてしまった。

「!?!?」

するり、とスカートの中に忍び込んで太腿を撫でる手つきに、名無しの体は強張った。驚いている内に、侑によって、扉に手をついて彼にお尻を向ける格好を強いられる。侑はそんな私を後ろから抱きしめると、再びスカートの中へ手を伸ばして、太腿の付け根辺りを指でなぞるのだった。

「……どこまで我慢できるか…勝負しよや、名無しちゃん」
「あ、侑、待っ……!」

ヒソヒソと交わされる会話の後、侑の指は、名無しの恥部を下着越しにふにふにと弄った。びくんと大袈裟な程に大きく跳ねる体。焦りのせいで一瞬大きな声を出しそうになったが、それを悟った侑に咄嗟に口を塞がれ、指を突っ込まれた。

「は………、ふ………」
「濡れてきてるで、名無し」

耳元で囁かれる度に、ぞくぞくと背筋が震える。くにくにと指がそこを弄る度に、嫌な筈なのに体は反応してしまっていて。震える足で立つために懸命に扉にしがみ付く。治と角名がすぐそこにいるのに、こんな事をするなんて…。そう思いながらも、その緊張感がより体を昂ぶらせているのも事実だった。

「は、あ……、あつむ……」
「んー?」
「ぱ、ぱんつ汚れちゃう……」
「…なんや。それは、パンツ越しやのうて直接触れって言っとるんか」
「は……!?ち、ちが……、」
「そうかそうか。そりゃすまんかったな。気が利かんで」
「あっ……、うそ……!ほんとに…!?」

下を見下ろすと、ごそごそとパンツの中へ入ってくる侑の手。慌てて腕を掴んでも、その筋肉質な逞しい腕は、普段からバレーで鍛えている事もあってビクともしない。ぴたりとその指が直に割れ目に触れた瞬間、私は背を晒して震えた。

「ひっ………!?」


「ん…、なんか言ったか角名」
「いや、俺は何も」
「………?」

聞こえてくる治と角名の声に冷や汗が出る。振り向いてやめてと侑に訴えようとすると、そのまま唇を奪われた。呆気なく奪い去られたファーストキスに、思考が止まる。ぬるぬると何度も上下に動く指は、その間も休む事なく私を責め立て、遂にはその中指が入り口へと充てがわれた。

「そろそろ行くで、角名」
「うん」

聞こえてきた、そんな会話と、開く扉の音、遠ざかっていく足音。去って行ったのを確認すると、ほっと胸を撫で下ろした。良かった、バレずに済んだ。そう安堵していたのも束の間。ずぷりと中に入ってきた侑の指に、私は声を上げた。

「ああぁっ!?」
「良かったなぁ、名無し。これで心置きなく声出せるで」

安心やな、なんて意地悪く笑う侑。ずぷずぷと出し入れされる指に、私は段々何も考えられなくなっていった。太腿に当たる、硬い異物。侑も興奮してる。耳元を掠める彼の荒い呼吸が擽ったい。

「あっ……、だめっ、イく……!あっ、ああぁっ…!」
「かわい……、名無し……」
「あ……つむ……っ、んんっ、あっ…!」
「ほんまに好きや、名無し」

俺んのになって。

切なげな吐息と共に漏らされた台詞に、私の胸はどくんと高鳴って。そのまま私は、絶頂を迎え、ぴゅっ、と蜜を吐き出した。ひくひくと震える中から指を引き抜いた侑は、己の手に掛かったその蜜を光悦とした表情で眺めている。脱力して彼に凭れかかる私を抱きしめて、侑はその後もしばらく私の温もりを堪能していた。

「もう俺の勝ちでええやろ」
「は……ぁ……、や…だ……」
「強情やな。まあその方がおもろいけど」
「侑、私は……っ、」
「俺はお前が俺んのになるまで、絶対諦めへんで」
「……!」
「降参ですって言うまで、追いかけて捕まえて、何遍も同じことやったるわ」

熱いくらいの情熱的な告白。ドラマのあの俳優も顔負けな、甘い台詞。侑、それ以上言われたら私、本気にしちゃうよ。女の子に人気のある侑が、私なんかを選ぶ筈ない。そうずっと思い続けて、好きじゃないフリをして蓋をしていたこの気持ちを、我慢できなくなっちゃうよ。


信じていいの?侑……。