離島戦記

 第1章 隔離された島

5th 02
*前しおり次#

 市長が静かに、端的に返して頷いていた。
「ですので、船員と市民の交流は避けました。私の指示以外で物資の積み込みも禁じておりましたし、船に近づくことも許しておりません。恐らくあなたという外部からの第三者が来たことを利用して、ウォーグがこじつけに船を破壊し、強制的に労働力を得た、といったところでしょう」
「そんな……!? じゃ、じゃあ僕が行ったから……っ」
「いや、お前はただのこじつけだ。市長が言った通りな」
 リュナムが宥めるように、腕を叩いてきた。
「一枚岩じゃない、という話から窺うに、その男は元々反乱分子たりえる存在だったってことでしょう」
「お恥ずかしながら」
 市長が苦々しく頷いている。
「元々魔術にも武術にも秀でた者です。魔法を使える者が特権階級であり、魔法を使えない者は道具として見ることを是としていた。あなた方の時代にはない|魔法国家《ルインズ》の考え方です。だが現国王は――いえ、私たちの時代の国王は、それをよしとしていなかった。丁度奴隷制を廃止なさり、乱れた舵を取り持とうとしていた時期が、私たちの時代です」
「けど、都合のいいことに、この時代に疎い人間が多く乗った船がやってきた。市民はオレらの正体を知らないし知らされもしない。いいように言えば市民側には不安を煽れるわけだ。船員たちをその、魔法国家からのスパイか何かだって言えば、戦時中でもあったっていうレドゥ島の人々には効果覿面だろうな」
 舌打ちが混じりそうなほどに、リュナムの声が苛立っている。ついでにタトスの体が重いのか、呻き声が混じっているように聞こえた。
「逆に船員たち側には、身の振り先が奴隷になったとうそぶいて労働力化。市民側もそれを聞けば一安心、奴隷制は必要なものだと肯定される、ってとこか。晴れてウォーグだけ正義の名の下の英雄って魂胆か……?」
「なおさら助けないと!」
「そうするにも、オレたちが派手に動けないんだっての。下手に取り返しに行けば、ウォーグは不安分子のオレたちを、表に引き出して市民を煽れる。市民をさらに味方につけられるし、そうなりゃ市長だってオレらを庇えない」
「だけど本当に悪いのは、奴隷にしようとしてるウォーグって人でしょ!?」
「いいか、タトス。冷静になれ。この島はオレらの時代と違う」
 青い目が鋭くタトスを射抜いた。
「言いたくないけどな。この島では奴隷制は《《当たり前》》だったんだ。元々の思想のずれがある。それを回避して助け出す知恵を練るなら、オレとお前と市長だけじゃ頭の数が足りない。わかるか?」
「……じゃ、じゃあどうするの?」
「そのための《《肩書き》》だよ」
 にやりと笑うリュナム。市長も苦笑している。
「本当に、あなた方は我々と違う時代の人々なのですね。宮廷魔術師がこんなに親しみやすい方に代替わりしているとは」
「包み隠さず、無礼で砕けた若造と思ってくださって構いませんよ。こいつはオレがセンディアムで一番信頼してる幼馴染なんですよ」
「ですが、彼は魔法素を操れない上、感知もほぼできないようですね」
「さすが学術都市長。相手の見えざる皿の深さを測るのはお得意なようで」
 リュナムがおどけたように言うものだから、市長も微かに気分を害したようだ。リュナムはタトスに貸した肩を、タトスを背負い直すように位置を調整し直した。
「こいつはそのハンデを持ってても、ハンデをハンデのままにしなかった。そのくせ見ての通り、誰よりも真っ正直なんです。自分が正しいと思ったものと、周りの正しいと思ってるものを等身大で叩きつけてくる。鏡の自分を相手にする以上に厄介な奴ですよ」
「ドッペルゲンガーより厄介と来ましたか。随分と大船に乗るように語られる」
「そこの意見に関しては、どうやらあなたはウォーグって奴と大差ないらしいですね」
 リュナムのからかうような言葉に、露骨に市長が顔をしかめた。タトスはまたリュナムの悪癖が出たなと申し訳なさが顔に出る。
「リュナム、人をからかったらダメだよ」
「からかってねえよ。市長の生き様も尊敬してる。それ踏まえてだ」
 まっすぐ市長を見るリュナムの目が笑っていない。
「伊達に宮廷魔術師の調査兵として加わってねえんだ。オレの|相棒《ダチ》を下手に下に見ないほうがいい、っていう忠告だよ」
「――なるほど。心に留めておきましょう」
 市長の目も笑っていない。言葉と口元だけは笑んでいるのに。
「それで、ウォーグって奴の素性は? 奴隷制復活を目論みそうな輩ですか?」
「ええ。可能性は考えられます。事実奴隷とすることを話したのでしょう? ――少々、引っかかりますが……」
「そうでしょうね。あなたははっきりと奴隷制は終わっていると明言されていた。島の人々に認識の齟齬がないのは、混乱が起きていないことではっきりしている。どうにも、奴の意図は我々とは違う場所にあるかもしれませんね」
 市長が頷いている。なんだか底知れない寒気すら感じて、タトスは肩が持ち上がるほどに震えそうになった。
 まずはタトスの足の怪我を見たほうがいいと、市長に提案されて遠慮なくそれに従う。案内された部屋に入ってすぐ、駆け寄ってくる足音を聞いて、タトスはほっと笑った。
 黒髪の少女が泣きそうな顔で駆け寄ってくる。青い髪の少女も安堵を顔に浮かべて笑っている。
「タトスさん! よかった……!」
「ごめんね、心配かけたよね。助けてくれた人がいて、このぐらいの怪我で済んだんだ」
「そんな、むしろ謝らなければならないのは私なんです」
 リヴィンの泣きそうな表情に、タトスはぽかんとする。驚き以外が顔に出ないのに、彼女はこちらを見ていない。
 なんだかんだ、タトスは無事に帰ってこれたのだ。そんなに思い詰めなくていいのに。
「私が|風の精霊《シルフ》に頼むのがもう少し早ければ……せめてタトスさんが落とされる前に、詠唱を止めていれば、あんなことには……」
「だ、大丈夫だよ! ケガもこのぐらいで済んだんだし、助けてくれた人のおかげでなんとかなったから。その人のこと助けに行かないとまずいんだ、怪我だけでも治さないと」
「え……? わかりました、怪我は私が」
「わたしが見るわ」
 さらさらと揺れる金髪を、修道服の上で波のように流している。鮮やかな緑の目は宝石みたいなのに、その目は表情が薄い。恐らく人間だろう背と体格で、タトスは目を瞬く。重心がしっかり安定した動きで、戦闘を意識した鍛え方をしている人だ。
 その目が、冷静さそのものでリヴィンを見やった。
「少し冷静さを欠いてる。落ち着いたほうがいいと思うけれど。その間ぐらいはわたしでも看ることはできるから」
「で、でも――」
「うん、ミティスの言う通りと思うよぉ、リヴィン」
 苦笑いを浮かべて声をかけるティファへと、リヴィンが狼狽えて振り返っている。
「気持ちはわかるよ。ただ、それってリヴィンだけが抱えてる申し訳なさでしょ。看護に必要なのは申し訳なさ? それとも冷静さ?」
「……冷静さ、ですね……すみません、独りでやろうとしすぎていました。ミティスさん、お願いします」
 リヴィンへと小さく頷いた女性は、タトスの足へと目に留めた。全く合わない視線にまさかとタトスは振り向く。
 リュナムがこちらに気づいた。笑顔を見せられた。
 誤解解いてないの!?
「あ、あの、僕部屋に押し入ろうなんてしてないからね!?」
「……なんの話。騒ぐより患部を見せて」
「ハ、ハイ」
 後ろでリュナムが笑い転げた。二重に騙されたと知って心が折れそうになるも、包帯を取るうちにリュナムも、ティファも顔をしかめていく。
 ミティスだけだ、まともにこの紫色に腫れ上がった足を見れているのは。
「お前無茶重ねすぎだ……武神に奇跡願っても、ここまでひどいのは厳しいんじゃねーか?」
「その時はわたしの実力と信心が至らなかったということ。でも、そうね――精霊術の助けも借りないと、痛みなく歩くまで時間がかかるわ」
「うっ……うん、クラーケンだっけ、あのでかいタコに一回食べられたって聞いたから……そうなるよね」
 リュナムが呻いた。オルファも一度覗き込むと顔をしかめ、荷物を漁りに行っている。
「それ、確実に折れているだろうな」
「うん。ヒビは絶対入ってると思う……オルファさんはタコに怪我させられなかった?」
「ああ。あの手のクラーケンには何度かやられていてな。上手く引き剥がしてくれたことに驚いていたよ」
 あんな大物が、まだ海に沢山いるなんて嫌な話を聞いた。タトスが呻いていると、リュナムは――微かに眉をしかめていた。
「……助けてくれたって人に感謝してもしたりねえな、こりゃ。それで、そいつが危ないとかどうとかって話だけど。特徴は?」
「あ、うん。――えっと」
 歯切れ悪く言葉を濁す。どう言えばいいのか、タトスにとっては厳しいものだった。
「なんだ? 言いづらいのか?」
「その……なんて言ったらいいのかなあ……自分と会ったことは言うな、って言われたから」
「今さらすぎるな……それで、ここまできて出し惜しみはしないんだろう?」
 オルファの失笑する声が聞こえて、タトスは頷いた。治癒を祈る神官の手から、柔らかな光が足に向けて放たれる。じんじんと響いていた痛みが落ち着いていき、タトスは安堵を浮かべて頷いた。
「うん。剣士で、灰色の髪に藍色の目。ちょっと言葉が堅かったかな。僕が旅装何も持ってないって知って、荷物の大半を僕にくれたんだ。それを返そうって思ってたんだけど、その荷物もあの兵士にとられちゃったし……その人の大切なものも貸してもらってたのに」
「荷物を? それなら詰所に残っているかもしれませんが……」
 市長に声をかけられる。リュナムはしばし考えて、タトスが苦い顔をしているのを見たのか、市長に向ける目を鋭くさせている。
「残ってない可能性も考えたほうがいいでしょうね。その旅装に、その人の手がかりになるものが残ってたとしたら。持って行くでしょう」
「――それだけ特徴的なものでしたら、そうなるでしょうね。この度私たちとしては、あなた方に力添えはできない。先ほどもお話しした通りです」
 どうしてと上げそうになる声を、リュナムに手だけで制止されて黙る。
「なら、市民への混乱を避けるためにも、我々はここを去りましょう。――ただし、破壊された船に関して、船員がこの島を全員出て本土に帰還できるよう、必ず手配をお願い致します」
「――心得ました。どうか街中では厳重に、極秘として行動なさってください」
「承知いたしました。ご協力感謝します」
 市長が頭を下げ、出ていく。
 タトスはただ、何がなんだかわからないまま、成り行きを見守った。


ルビ対応・加筆修正 2020/05/10


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