離島戦記

 第1章 隔離された島

6th「再出発」01
*前しおり次#

「――結局、どういうことなの?」
 目まぐるしい出来事の端々を振り返っても、全く事情が掴めない。リュナムが腕を組んで、市長が閉めた扉に向かっていく。盗聴を防ぐ魔術を扉に施した後、彼はタトスへと振り返った。
「まあ、こっちも島に上陸してからは色々あったんだ。端的に纏めるぞ」
 既にリュナムの眉間のしわを見て、少女と言われてもおかしくない顔が不良娘の様になっていることで察していた。
「お前がクラーケンを相手にしてくれてた後、オレらは船の損害がひどくて上陸せざるを得なかった。ただ、夜に港町に船をつけるほど不穏な動きをしたくなくて、街の傍の岸壁に船をつけて、応急処置をしてたんだ。お前を探すにも船があれじゃ、全員もろとも死んででも探せって言うようなもんだったからな」
 タトスとしては、みんな海の底に沈むより安心できたことだったから、気にせず頷いた。リュナムの口ぶりからして、タトスが生きていることはわかりきっていたようなのだ。その上で冷静に判断を下してくれたのなら、タトスに咎める気は全くない。
「それで、船をギリギリ航行できる範囲で、この港につけたんだ。船には国旗を掲げて、この街に停泊させてもらえるよう市長に相談しに行ったよ。ところがそこから説得にまるまる三日費やしちまった」
「実質監禁と尋問だったな、あれは」
 オルファの苛立ちを微かに滲ませた口調に、リヴィンが複雑そうに頷いていた。タトスもやっと、どうしてリュナムたちがここに留まっていたのかがようやく掴めた。
「五百年後の世界に、島ごと現れたってことも伝えたんだね」
「市長にはな。さすがにトップが事実を知らないままはまずいし、あの人は切れ者なほうだ。素直に話してなきゃ、こっちの首を遠慮なく飛ばしそうな奴もいたせいで、最初の目論見は全部パアだよ」
「細かいことはリュナ兄とリヴィンが頑張って話してくれたんだけどぉ。すぐには信用できないって言われて、証を見せろー、なんて言うのぉ。だからこっちに宮廷魔術師と『王の目』がいるって話をしたのぉ。昨日の段階では必要物資は受け渡しを行うってことで、なんとか合意とったんだけどぉ」
「今度は拘束がやたら長いときた。多分市長側と反市長側、両方船を家探ししてたんだろーな」
「あの狐野郎」と、宿屋の息子をやっていた頃を思い出す幼馴染の悪態。タトスはそっと相槌を打った。
 三日もの拘束の末、待っていたのはこの状況だ。隔離されて連絡を取れないまま、船員は連れ去られる、タトスは負傷している、船は壊される。心配事が尽きないだろうと手に取るようにわかる。
 早く足を治すためにも、無茶はできない。
「そんなこんなだ。オレたちが捕まってる間に、お前が自力で来てくれて助かったんだ。安心して動ける足掛かりが揃ったってとこだよ」
「なんとなくわかったよ。あの市長って人も、あんまりこっちに協力的じゃないんだね」
「今のところ背も腹もこっちにゃ向いてねえな」
 リュナムは肩を竦めている。タトスは苦い思いで頷いた。
 ルヴァさんの言ってた通り、なのかな……
「奴が使うルートを洗うにも、後で市長にもう一度尋ねないとな。最低限そこだけは協力してもらうか。じゃねえと地の利はあっちに傾きっ放しだ」
 傷口はある程度塞がり、後はリヴィンやティファが交代して精霊術をかけてくれるそうだ。ミティスに礼を言うと、彼女は素っ気なく自身の荷物がある場所へと戻っていった。
 もしかして、人見知りなのだろうか。
「あ、そうだ。さっき言ってた『王の目』って? リュナム、ウォーグさんを止めるのに『肩書きを使う』って言ってたよね?」
「その話な。『王の目』ってのは、まあ要するに、国王陛下が直々に抱えてる市政監視者だ。街の総代たちが圧政を敷いていないかを、陛下自ら動けない時、証拠を押さえて陛下の意向を伝える役目がある。ティファとリヴィンがその『王の目』だったんだよ」
 ヴァリエス国王が動けない時に、街でひどいことが起きてないか見る人なのか。
 タトスは、今治癒術を交代するべく一度立ち上がったリヴィンを見上げた。
「……え? じゃあ城の召喚師で……」
「あ、そ、それは、一応所属はしているのですが……基本優先は『王の目』の任なんです」
 口がぽっかり空いた。ティファもおかしそうにくすくすと笑って、リヴィンの後ろからタトスへと見下ろしている。
「……ティファこんなに小さいのに!?」
「うんうん、か弱いのに危険なところにも行かされるのぉー。楽じゃないんだよぉ、『王の目』ってぇ」
「ええええええええええええ!? そんな凄い人だったの!?」
「あーうん、驚くと思った。オレも陛下から聞いてなくて再三聞いたけど本当だったぜ」
 宮廷魔術師の一人であるリュナムでも聞かされないことなのかと知って、タトスは顔を真っ青にする。オルファに至っては水を飲んで肩を竦めていた。
「まともな一般市民は前線に出る俺たちぐらいのものってことだ。ああ、そう言えばエイダン嬢、あんたも一般でいいのか?」
 ミティスはちらりとオルファに目を向けると、すぐにタトスの足へと目を向けた。
「一般枠よ。王政に本来神事は関わらない。今回は一般の船乗りが多くいたでしょう。わたしはあなたたちが上陸した後、船員のケアと防衛の指揮を主にする予定だったの」
「見事にオレらと一緒に、事情を知ってる側と勘違いされて連行されたけどな」
 リュナムが笑っていうものだから、タトスはミティスへと同情する。思っていた内容と違う形でこの建物に連れてこられたのは自分だけではなかったようだ。
「大変だったんだね……じゃあ、その『王の目』だって二人の肩書きで動くってこと?」
「ああ。この都市じゃ、当時の宮廷魔術師は違う奴だって顔が割れてんだ。ウォーグって奴が、簡単にその肩書きだけで止まってくれる奴なら、こんなことになってねえだろ。実際『王の目』が動ける状況だからな」
 リヴィンが真剣な眼差しで頷いた。リュナムは彼女へとにっと笑み、タトスの肩を叩いた。
「ってわけだ。その足で酷だろうけど、お前の恩人を明日から追いかけるぞ。馬車も借りられねーから徒歩だ、無理はするなよ」
 それで間に合うか、不安が過ぎる。この不安が的中しなければいいけれど。
 タトスはリュナムへと頷いて、リヴィンたちが放つ治癒の光を見つめ続けた。


 そっと足に体重をかける。一日ゆっくりと休んで、大怪我を負った足に最初の大仕事だ。
 体重は受け入れてくれた。リュナムが提案してくれ、昨日市長が呼んだ革鎧職人から今日革鎧をもらう。後は、この足がまともに動けるだろうか。
 ――うん、大丈夫。四日前ならともかく、今のこの足なら痛くない。
 リヴィンが手馴れた動きで足をテーピングしてくれたから、ちょっとやそっとでは痛みは出ないだろう。用心して、戦闘の参加は見送ることにしている。これ以上怪我を増やすより、通常通り動けることを重視しないといけない。
 槍もまだ手に馴染まないだろうけれど、振るえる日は近い。
 オルファが起きだして、リュナムを見やると苦笑いを浮かべていた。タトスも見やると、幼馴染は相変わらずの寝相で布団を蹴飛ばした直後だ。布団をかけに行くオルファはまるで兄のようだ。
 これは、起きるのはしばらく先だろうか――
「おっはよー! みんなー起きてるー? 出るよ、ご飯だよ、早く行こうよぉーっ」
「あ、おはよう。リュナム起こすから待ってて」
「えー、リュナ兄まだ寝てるのぉー? オッケー。リュナ兄が誑した女の子の人数はーっ!」
「うっせえ……ゼロだゼロ、完敗してるっての……」
 すこぶる不機嫌な声がベッドから上がっていた。オルファが呆れきって口を半開きにしている。
「宮廷魔術師がそれでいいのか……」
「……げ、任務中だった」
 タトスにとっては、苦笑いを浮かべたくなる朝だった。
 リヴィンがリュナムととった距離もここ数日間の付き合いで最長となった。ミティスに至っては我関せずで、朝食が終わり次第タトスの足の具合を確かめてくれた。小さな杖のようなもので軽く足を叩かれて、痛みを確かめられる。全くない昨日までの傷みに、タトスはほっとした。
「全然ないよ。さっきも歩いてみたり、屈伸して足に少し負荷かけたけど、平気だったんだ」
「そう。ある程度の修復は叶ったのね。戦闘への参加はまだ避けて。わたしも多少覚えがあって、前線には立てるから」
「ミティスさんが、ですか!?」
「あ、リヴィン。ミティスさんって武術の経験ある人だよ」
「端くれとはいえ、武神の神官よ。人に戦わせるだけは好きじゃないの」
 リヴィンが驚いた顔をしている。リュナムが感心したような声を上げていた。オルファもへえと驚いていて、ティファだけが平然としていた。
「動きが違うもんねぇ。戦士の足取りだったしぃ。中堅で守ってくれれば大きいよぉ」
「そう――ですね。術師は後ろを固めますし、ティファちゃんが弓で狙える動線さえ開けて頂けたら十分助かります。タトスさんはまず、治癒に専念してくださいね」
「うん、わかった。焦って戦いに出ても怪我したら意味ないもんね。着実に治すよ」
 リヴィンの安心した顔を見て、タトスもなんとか笑む。
 焦らない、とはいっても、過ぎらないわけがない。自分の役割は|戦闘《これ》だ。
 それでも今できることをやらなければ。みんなが整えてくれた治癒の時間を、無為にしたくない。
 足に少し負荷をかけて、痛みがない範囲で、添え木や松葉杖なしに動けるように練習することにした。その間にも、彼らの間で戦闘時の作戦は固まったようだ。
 まず移動の際は必ず陸路となる。隊列は、怪我人であるタトスを最後尾にしない。後ろから獣に襲われたり、敵対する気配のある人族に狙われでもしたら後の祭りだ。オルファがタトスを置いていくことも提案していたが、それはリュナムが首を縦に振らなかった。
 昨日言っていた通り、彼としてはあの市長も信用できる相手ではないのだろう。
「で、だ。昨日のうちに市長から聞いておいた内容だ。簡単に纏めるぞ」
 リュナムの難しそうな顔に、オルファが眉をひそめている。
「厄介千万、と言ったところか?」
「ああ。まずウォーグの姿はなかったんだと。タトスが盗られたって言ってた恩人の荷物も丸ごと持ち去られてる。続いて、門番に問い合わせてもらったが、昨日までに大人数が出た形跡はなかったらしい」
「えっ?」
 ぎょっとしたのはタトスだ。オルファも眉をひそめているが、リュナムが続きを言おうと口を開いたので何も言わなかったようだ。
「確認は一応取ってくるが、状況は変わってねえと見てる。隠ぺい工作も含めて探ってもらうのは、人手と時間がかかっちまって無理。相手は魔法戦士で隊長だ。あれだけ派手にやっといて、市長に黙って奴隷化なんてやらかす奴だ。恐らく街にはもういねえだろうな」
「もうなぞなぞぉ……サクッと出てきてサクッと殺せるならいいのにぃ」
「ティ、ティファってちょっとおっかないとこあるよね……ごめんなさいなんでもないです!」
 それはそれはかわいらしい笑みで微笑まれたが、悪魔の笑みにしか見えないのだから不思議だ。背骨で返事するかのごとく謝罪したタトスを、リュナムが憐れんだ目で見ていたも、すぐに思案に戻している。


ルビ対応・加筆修正 2020/05/10


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