離島戦記

 第1章 隔離された島

6th 02
*前しおり次#

「素性だが、ウォーグ自身はこの街の生まれじゃない。ついでに言うなら、魔法使える奴万歳、使えない奴は道具にすればいい、って思考に偏ってるらしい」
「それで奴隷化、って言ったんだ……」
 ふーんと、ティファが非常に面白くなさそうな声を出している。青い目が据わっていて、殺気すら|孕《はら》んでいるようだ。
 そういうことだと、リュナムは頷く。
「あと、タトスの荷物を盗られて持ってかれた理由だが。タトスは憶えがあるんだな?」
「うん。その人のものだってわかるものを借りてたんだ。いざって時使えって」
「なるほどな。それが誰のかわかってるから、持ち去ったか。恩人がお前に口止めしたってのも、多分お前が関係者だと勘違いされたら危険だと思われたんだろ」
 悔しくて悔しくて仕方がなく、タトスは頷いて肯定を示した。オルファが眉をひそめている。
「それだけ身分が高い人だったのか……?」
「可能性はあるな。後はルートだが、オレたちは手段を選べねえ。陸路一択だ。相手が船使ったり、他の目的がある可能性も考慮して、まずは軍事都市の様子を見る。その後上とどうとりなすかを考えるぞ。先に市長に行動内容を伝えてくる」
「市長にぃ? 協力する気ない、って言ってたよぉ?」
「向こうに義理は立てないとな。いざって時、相手の腰がこっちに軽くなってくれりゃ、御の字だろ?」
 オルファがあくどいなと苦笑いを漏らした。盗聴防止の術を解いたリュナムが、市長に伝えに行く。
 ほどなく戻ってきた彼と、タトスはしっかり頷きあう。
「了承は得たぜ。後手に回っちまうが、船員を安全に救出すること、暴動の危険性を抑えること、両方優先事項だ。タトスの恩人はウォーグ追ってりゃ嫌でも巡り合える。あいつより先に途中で手がかり拾えるなら合流、もしくは危険を知らせるぞ」
 ティファが楽しそうに椅子から立ち上がった。オルファは落ち着いた面持ちで。ミティスは相変わらず静かに、伏し目がちに。
 リヴィンは真摯な眼差しで、胸元に右手をあててリュナムへと姿勢を正していて、タトスははっとする。
 そうだった。リュナムが今一番偉いんだ。
「それじゃ動くぞ。あとタトス、昨日来てた武器職人と革の職人から槍と革鎧、調整してもらったもの届いてるぜ。オレ持てなかったから外な」
「本当!? 凄いなあ、半日しかなかったのに仕上げてくれたんだ……! お礼言わなきゃ。もらいに行ってくいだあっ!?」
 足に勢いよく力を入れて床を蹴ろうとした。途端に痛みが足を襲った。
 蹲って震えていると、オルファが失笑して歩いていく。リュナムの呆れを全く隠さない一本調子の笑い声が降ってきて涙が浮かぶ中、ミティスの溜息が聞こえて背筋が凍った。
「た、タトスさん走っちゃだめですよ!?」
 忘れてました……っ!
「俺が受け取ってこよう。タトス、しばらく槍は振るうなよ?」
「う……うん、振るわない……多分」
「こりゃ明日には振り回してそうだな」
「看護の仕事増やさないで」
 リュナムが予言者にならないように、ミティスの仕事が増えないように、タトスは槍に穂鞘をしっかりつけるよう心に決めたのだった。


 銀色、新品、太刀打ち部分の輝き最高。木製ばっかりだったのに手にかかる重さがいい。足の痛みなんて十の次……
 ……なんて言えなかった。
 前を歩く少女の金髪が揺れる度に、「仕事増やさないで」の一言がハンマーの如く、タトスの頭に殴りかかってくる。現実に戻るには十分ご馳走様と言える痛みだ。
 なんとか学術都市ゴウトの外に出られたのも数刻前。街道沿いの道は下草こそあれど、轍の跡もしっかりと残っていて、森に迷い込むことはない。天招の階梯と呼ばれていた山は一昨日見上げた時と同じく、山頂なんてないのではないかと思わせるほど高い。雲は途中でいくつも貫かれていて、あの白い棚にどれだけの竜が住んでいるのか、なんて考えてしまいそうだ。
「あの山に……」
 ルヴァさんが言っていた、島を出る方法を知ってる人がいる……
「あれぇ、タトスあれが山って知ってるのぉ?」
「あ、ああ、うん。僕を助けてくれた人が教えてくれたよ」
 ティファに前のほうから声をかけられて、タトスは驚いた。最先頭を歩いていて、今の呟きが聞こえるなんて、相当耳がいいのだなと感心する。
 リヴィンが懐かしそうに山を見上げていて、タトスへと振り返っている。
「きっと、その方はとてもお優しい方なんですね。タトスさんみたいに」
「うん。持ってた食料はほとんど譲ってもらってたみたいだから……足を休ませて、体力を回復できたのもその人のおかげだよ」
「食料をほとんど譲る? 燃費がいいんだな、その恩人とやらは。それか狩りの腕に覚えがあるのか」
 そう言われてみれば、ルヴァと名乗った男は「二、三日ぐらいなんとでもなる」と言っていた。土地勘もあるからとは言っていたが、狩りに関しては何も言っていなかった。
「どう、だろ……二、三日ぐらい平気、って言ってたけど……強い剣士だよ。戦ったところは見てないけど、殺気が鋭かったんだ。猪や熊なんて簡単に倒せそうだった」
「剣士なあ……」
 リュナムがぼやく隣、リヴィンの足が少し遅れたように見える。タトスは首を傾げたも、幼馴染から「魔法使ってるところは見てないか?」と声をかけられ、頷いた。
「全然見てない。だから剣士ってことしかわからないよ……」
「人間かどうかもぉ?」
「あ、それは人間だと思う。ティファみたいに神子族だったら、僕じゃわからないけど」
「それと少し口調が堅く、灰色の髪で藍色の目、か……まあ、情報としてはぼちぼち、だろうな。他の特徴は言えないのか?」
 オルファに尋ねられたも、タトスは困り顔で唸るばかりだ。足の痛みも相まって、ルヴァの言いつけが頭に重くのしかかる。
 街からは随分離れたし、踏み固められた土の道の上には、タトスたち以外の人の気配はない。けれど、人目を避けていたかもしれない相手の特徴をどこまで言っていいものやら。
「すっごく眉を眉を近くして怒られそう……」
「つまりお前にとっちゃあ、そんだけ怖い奴ってことな……」
「優しい人だけど、うん。怖いね……父さんが言ってた鬼教官みたいだった」
「体格は?」
「僕より背が高いよ。でもオルファさんほどじゃないかな……あ、マントは着てってた」
「もうタトスがあちこち人を見たほうが速いかもねぇ。灰色の髪なんて、ほとんど銀髪でしょ? だったらハーフエルフにも多いしい……」
 そっか。ハーフエルフかもしれないんだ、あの人。
 ほとんど人間に近い耳の形のハーフエルフだっているとは聞いた。事実リュナムだってほとんど人間のそれに近い。かすかに尖った耳で辛うじてわかる程度なのだから、人間と決めるのは早かったかもしれない。
 リヴィンがタトスへと振り返ったも、すぐに表情を暗くして俯き、前を歩いていく。タトスは首を傾げて、口の中でそっと舌を噛んだ。
 もしかして、何か不安にさせたかな……。
「話は戻すが、その恩人はあの山の方面には行っていないんだな?」
「うん、山じゃなくて、南に下っていったよ。軍事都市のほうだと思う。リュナムたちは船の人たちを助けたら、その後はどうするの?」
「お前の恩人探し、って行きたいけど、実言うと無理あるな。島の調査が優先だ」
 リュナムが苦い思いを顔に浮かべている。ミティスは静かに頷いて同意を見せていた。
「そうね。その人のことは、任務遂行に問題がないなら、後回しになるはずと思っていたから。わたしは予定通り船員たちのケアを中心に行えばいいのでしょう」
「ああ、それで頼むな」
「そっか……それなら、その時は僕一度抜けてもいい? もしウォーグさんが狙っていたとしたら、危ないから……」
「俺たちの雇い主は国だぞ。そう簡単に抜けてもいいのか?」
 うっと、タトスは息を詰まらせる。リュナムがしばらく黙る中、ティファが不思議そうに振り返った。
「なんでぇ? ウォーグって人、レドゥ島にとってはちょっと危ない人だよぉ? 話聞いてても、今の時代に合ってない考えしそうだしぃ――島の調査をしながら、話を聞いたら向かう、ぐらいはいいんじゃない? タトスの恩人さんは、狙ってそうなウォーグを捕まえる時に近くにいそうだしぃ。手間はほとんど一緒だよぉ、きっと」
「お、その手があったか! さっすが年増――」
「りゅーなーにーいー? なあに、言いたいことあるのぉ? 弓で音楽作りながら聞いてあげるよぉ?」
「ないないないない悪かったよ!」
 弓の弦を弾きながら笑顔で言う少女に、リヴィンが苦笑いを浮かべている。
「ティファちゃん……指揮官にそんなことを言っちゃだめですよ?」
「ええー? あたしにとってはちっちゃいリューちゃんだもーんっ。それに上下関係とか威光とか面倒だしぃー」
『王の目』って実感がどうにも湧かない。
 リヴィンが困り顔でいるが、付き合いがどれほどかあっても、ティフィーアの口八丁は諌めきれなかったらしい。リュナムもげんなりとして、リヴィンへと手を振っていた。
「いーい。オレだって仲間内で威光がどうとか指揮官がとか面倒だから。……面倒だけどな」
 ティファのころころと笑う声だけ上機嫌だ。オルファが何かを見つけて走っていく。
 猪だ。接近する人影を捉えた獣はまっすぐこちらに突っ込んでくるも、オルファが剣を力強く振るって、茶色の命を大地に伏していた。早速手に入った食料を解体するべく、彼は長剣からナイフに持ち替えている。
「上下がないなら遠慮もいらない。そのほうがチームとしてやりやすいのは大きいな」
「オルファの旦那、あんたもいつか下に見られるぜ」
「彼女にとってはまだまだ子供だろうからな。仕方ないさ」
「歳の話は禁句うー」
 むっとしたティファに、オルファの肩は軽々竦められる。タトスはぷっと笑って、南の空を睨んだ。
 軍事都市まで二日か、三日か。いずれにしても順調に進めることを祈ろう。


ルビ対応・加筆修正 2020/05/10


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