離島戦記

 第1章 隔離された島

7th「戦線へ」01
*前しおり次#

「ふっ」
 短い呼吸で的確に相手の急所を穿つ。オルファの剣は無駄がなくて、タトスは見ていて尊敬を覚える。魔術師であるリュナムや、精霊使いとして魔法を放つことが主なリヴィンやティファはほとんど活躍の機会がないのだ。
 それだけ戦士としての技量が高いと言うことに他ならないし、オルファは事実上このメンバーの主戦力だろう。
 学術都市ゴウトを出て早二日。タトスの足は、リヴィンが治癒の魔法に専念してくれたおかげで、ほとんど痛みがなくなった。長く歩いても疲労は出ず、ミティスの診察でメイスを足に軽く当てられても響くようなことがない。金髪を揺らして視線が交わることを避けながら、神官が「もう動いてもよさそう」と小さく溢していたのも、昨日の夜の話だ。
 見張りも兼ねて未明の空を見上げていたタトスは、空が白んできたので体を弾ませて立ち上がる。周囲に危険な存在がいる様子はなく、気配だって見当たらなかった。
 リュナムたちは――ぐっすりと寝てくれていた。
 朝陽を浴びながら槍を軽く振るって練習をしていたタトスに、小さな物音でも聞きつけたらしいオルファとティファが生温かい笑みを浮かべてこちらを見てきた。
「三日もたなかったねぇ」
「違いないな……タトス、槍は軽いか?」
「おはよう。うん、すっごく! はあーあ……いつも鉄芯入れてるもので我慢してたけど、いいなあこの槍……! 歩兵槍だからリーチはあるし、森に入らないならもってこいなんだもの! 短槍か剣かで凄く悩んだけどこっちでよかった!」
「そうか。まだ前には立つなよ」
「ええっ!?」
「怪我また増やしたら言われるよぉ、『仕事増やさないで』ってー」
「ええ、言わせてもらうわ」
 ミティスまで起こしてしまったようだ。冷めた声にタトスは肩を落としている間に、リヴィンも欠伸をしながら起きたようだ。
 宮廷魔術師は最後まで快眠だったらしい。
 この島は時刻がとてもわかりやすい。塔のような槍のような山があるものだから、天招の階梯さえ見れば、山のどこに影があるかで、今昼時か、朝か夜手前か、簡単にわかる。空の明るさだけで判断する必要がないのだ。
 陽が昇り始めたことで、今山の真西から少し下った位置まで来たことも把握できた。強行して移動していることを考えると、予定通りの旅程のはずだ。もしルヴァと名乗ったあの男が海岸沿いに森を移動していて、街に滞在していれば、もしかしたら出会えるかもしれない。いくつか丘が見え、道の先は隠れているが、リュナム曰く街道が見える丘が一つや二つ程度で、この島に村が少ないのだろうと推測していた。
「村が多いんなら目撃情報とか聞けたのにな……相手も陸路なら移動した人数考えても、オレらほど速く進めねーはず……そろそろ陰ぐらい見えたっていいはずだってのに」
「森に入られてたらお終いだな」
「その場合はこちらが早く別の都市に着けば、多少の先手が打てると思います」
 リヴィンが冷静にオルファを見上げている。
「森に入るのは一般市民を連れている状態では、脱走の可能性も考えられるはずです。兵士が考慮しないと考えるのは不自然ですから。街道は大勢が新しく移動した足跡もありませんし……最短ルートを選んでいるのか、痕跡を消しているかのどちらでしょうね……」
「あるいは魔術かもしれないな。瞬間移動する大掛かりな魔術ぐらい、あの都市ならありそうだ」
「そうですね……」
「あー、ティファ。歳の話が混じって悪いけど、お前がどこまでこの島のこと知ってるかぐらいは聞いてもいいか?」
「うーん……」
 ティファが非常に困った顔をしている。その間にも、いくつめかの丘の麓から坂を登る傾斜に差し掛かるぐらいには歩いていたらしい。
 ティフィーアは青い髪を揺らしながら、周囲を警戒するように歩いている。
「この島のことは名前だけかなぁ。島があった当時も生きてるけどー……ここねー、あのお堅いお勉強の街と、軍隊強くするばっかりの軍事都市がある場所だから、ぺーぺーな市民は近づけないお偉い人たちの島だったんだぁ」
 へえと、リュナムが考え込んでいる。しばし考えた彼は「オレの覚え違いだったらまずいから聞くぞ」とティファに鋭い目で聞いた。
「その当時奴隷制ってあったのか?」
 ティファの足が止まった。リヴィンが顔色を変えてリュナムへと振り返っていたも、ティファは首を振っている。
「ないよぉー。奴隷制が昔あった話は聞いたけど、今の時代から六百年かぁ、それぐらい前のはずだよぉ?」
「だよな。城の記録でも奴隷制廃止は五百と数十年前だ。市長とも確認は取れてる。つまりこの島がもし五百年前のもので正しいんなら、百年か数十年か、それぐらい前の制度をウォーグって野郎は口にしたってことだな」
「えっ――それって、凄く変だよね? もう奴隷の人がいない時代なのに、奴隷制があるぞって、僕言われたよ?」
 リュナムが頷いている。眉をひそめる彼に、オルファが怪訝そうな顔をしているではないか。
「どういうことだ?」
「辻褄が合わねーんだよ。船員たちの素性がどうばれたかによるかと思ってずっと考えてた。けど今のを聞いて確信したぜ。ウォーグって奴は隊長の肩書き通り兵士だ。市政に口を出せるほどの為政者じゃあない。なのに、この島が全く違う時代に顔を出してるってことを、なんでか把握してやがるな」
「え!? どうして違う時代に島が現れたってわかってるの!?」
「じゃないとタトスや船員に奴隷行きだ、なんて言わねえだろ。この島の連中にとっても時代錯誤なことをやるって言ってるんだぜ。市長の顔見たろ。そんな制度ない、で一蹴されたら、そいつの発言は立場悪いじゃねえか」
 タトスは息を呑んで頷いた。
 本当だ。奴隷という言葉にみんな敏感だったからうっかりしていた。この島の人たちに奴隷制というものが当たり前に感じられていたのは、《《奴隷制が廃止されたのが比較的最近だったから》》だ。
 自分たちが奴隷制を知らないことを、あの連中は知っていたから、あんなことを平気で言って人を連れ出したということになる。あの時もリュナムが市長に確認したのは、それを確認するためだったのか。
 それに――

 ほう――なるほど、報告通りか

 ウォーグは確か、船員たちから聞き出した情報を部下から確認した時、たった一言だけだったけれど知っていたようなことを溢していた。
「取り巻きの兵士たちもそうだ。最初はこの島が六百年前のものとして復元されたかと思って考えてたけど――戦争の単語を聞いた時に確信した」
 リュナムが青い目を周囲に鋭く向けている。リヴィンが周囲の警戒をティファに頼んでいた。
「私たちがレドゥ島に到着する前から、都市のごく一部に、時代を渡った事実を知っている人がいたということですね……」
「そういうこと。ついでにそれを確信する材料も最初から入手してたってことだろ。オレらが来るより前に情報が伝わってねえと、あいつらだって『そんなバカな』って大慌てのはずだからな」
「でも、知ってたらまずいの……?」
「島の人たちを下手に扇動される危険があるわ」
 ミティスの言葉にぎょっとする。オルファが「なるほどな」と苦い汁を飲んだような声を上げていた。
「そうか、市長が黙っておけと釘を刺していたが、市民に近い兵士たちが事実を島内に、都合のいいように垂れ流したら、大混乱が起きるな」
「ついでに、戦争の準備でこの島に集まってたって連中もいるんだろ。軍事都市って呼ばれる都市があるんだからな。そいつらにとっては、自分たちの故郷がまるっきり様子変わって現れたようなもののはずだぜ」
 タトスは背筋が粟立つ思いで、顔を引きつらせた。
「知り合いもいない、自分が生きてた頃と全く違う、そんな未来の世界にこれから生きろときた。混乱なんて優しいもんで終わるわけねえよ。ストレスマッハで全島民、首都に突撃しかねねえわ。ウォーグの狙いも多分それだ」
 そんなのだめだ。きっと傷つく人が増えてしまう。そのために船員を連れ去ったのだとしたら、なおさら許せることじゃない。
「ついでに手段としちゃ、レドゥ島内の支持者集めをやって、島民全員で王都に攻め込むほうが理に適ってる。なら支持者集めをどうやるかだ。学術都市でやらなかった理由は市長の目があったからだろ。あのキツネの目を掻い潜って市民にぶちまけてもいいが、それじゃ矛先は市長に向く。扇動者を減らすのは今じゃねえはずだ」
「そっか、それで軍事都市……!」
 ルヴァを追うために南下している目的もあったのだろうが、ウォーグがもしリュナムの予想通りの意図で動いているなら、街に近いルートをとれる今、とても都合がいいということだ。ルヴァを狙っている振りをして、こちらを出し抜く算段だとしたら、きっとこちらが完全に後手に回っていた。
 リュナムもにやりと笑って、タトスへと振り返るなり正解だと指を向けてきた。
「軍事都市ってぐらいだ。相当ストレス溜まってる連中がいるはずだぜ」
「血の気は多いだろうな。魔術都市を煽るのはどうやると見てる?」
「そこは多分、島民の半数以上、つまり軍事都市を味方につけりゃ、あっちも同じ時代の奴ら同士下手に反発しないと見てる。民意を傾けさえすれば市長も沈黙は貫けねえ。そうなったら事実が公表。民衆の中心で《《サクラ》》が、『国がオレたちを騙したんだ』とでも言えば、後は一直線だろ」
 リヴィンが顔を伏せた。タトスが拳を固めたその時、耳に微かな音が聞こえた気がした。
 ティファも足を止めている。リュナムが素早く両手を動かし、魔術の詠唱を簡略化した。
「うん、やりたいこと気づかれちゃったら、狩るよねー」
「|防護の衣《プロテクト》――タトス、迎撃はするなよ」
「そう言ってられないと思う」
 真後ろだって警戒していたはずなのに、森の中から聞こえてくる音はおかしい。目尻を鋭くして、タトスは後ろを向いた。
 狼なんかの集団で襲う獣だとしても、後ろで守られる生き物が弱っていることぐらい、彼らはお見通しだ。
 そしてそんな獣でないことは、緑の中に微かに跳ね返った、薄翡翠色の鎧の光ですぐにわかった。
 一、二――後方の斥候の数は最低でも四。魔術を使う連中だとしたらこちらが不利だ。
「いやーいい兵士だな、腹が立つぜ」
「同感だな。後ろを守らなくていいなら十分雑魚なんだが」
「おいおい、それもそれでどうだよ……安心しろって、矢が来る以外あんたは自由に動いていい――」
 弦を引き絞る音。


ルビ対応・加筆修正 2020/05/10


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