離島戦記

 第1章 隔離された島

7th 02
*前しおり次#

 リュナムの口がぴったりと閉じられた。緑の向こう側から聞こえた張り詰める音は、まっすぐタトスやリュナムを狙っているように聞こえたのだ。
「やっぱ守ってくれな。特にリヴィンのほう頼んだ」
「リュナムー……」
「大丈夫うー。か弱い女の子じゃ戦場は勝てないもんねーっ」
「です! 光の精霊ウィル・オー・ウィスプ。力を貸してください。その輝きで私たちの道を遮る影を打ち払ってください=v
 光の塊がリヴィンの周囲に現れる。ぽうっと、柔らかなシェードランプのような青い灯りが、彼女の手の中で形を変えた。
 鋭い形状。鋭く飛んでいく光が強く輝いた。一瞬にして砕け散り、リヴィンが顔色を変えた。
「精霊使い……!?」
 矢が飛んでくる。タトスが前に出、矢を叩き落とした。派手に振り回さずとも飛んでくるそれが見えれば、撃ち落とすなんて簡単だ。焦げ茶色の目を鋭くして、タトスは微かに後退する。
 弦を引き絞る音がいくつも。オルファが長剣を、ティファが短剣を取り出した。彼女の周囲に溢れた水が地面に染み込む。
 森の中に隠れていた兵士たちの包囲網が縮まっていく。あからさまな舌打ちさえ聞こえてきて、街道の中央で構えるタトスたちに敵意が集中する。
「神子族か……やはりな。捕えろ、こいつらは《《ゲイル国に謀反を働く気》》だ!」
 鬨の声が鋭く上がる。飛び込んでくる人々に、タトスはリュナムたちより前に出た。
「タトスさん!? |光の精霊《ウィル・オー・ウィスプ》、お願いします!=v
「おおっ!!」
 剣の間合いにはさせない。鋭く槍を突き出して相手の利き腕を切り裂いた。悲鳴と血飛沫が上がる。相手の腕を斬り落とさずに済んだようだ。
 光に目を見開く。
 矢が飛ぶ。なんとか弾くも、兵士たちが飛び込んでくる様に顔を引きつらせる。
「戦いたいわけじゃない! お願いだよ、盗った荷物を返してほしいんだ!」
「知るか、反逆者め!」
「そう言うだろうと思ったさ!」
 オルファが容赦なく切り伏せる。大立ち回りをするかのごとく、派手に敵を斬り伏せていく。
 敵の注意が完全に逸れた。リュナムの詠唱が静かに紡がれていくも、言葉を聞いた兵士が鼻で嗤う。
「万物万象、事変の根源、汝に方位を与える=v
「初級魔術だと!? 笑わせる!」
「力なき者を剪定せよ、汝らが姿は突き進む光陰の矢となりて!=b純力の矢弾《エナジーアロー》――あ、言い忘れてたわ」
 リュナムへと突撃する兵士たちが魔術で応戦しようとしたその時だった。
 本来一本しか出ないはずの魔力だけの矢が、空中で大量に作られていく。何人かの兵が詠唱を途中で忘れていた。ある者は弓を引き絞り忘れていた。接近を忘れた剣士すらいた。
 リュナムのこれ以上ない優越の笑みがもはや悪役だ。
「オレさあ、これでも|御宅《おたく》らの上司レベルには力上がってんだよ――な!」
 地上に着弾した瞬間爆発する矢に、兵士たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。タトスも寸でのところで急停止したからよかったものの、また足を怪我させられそうになって背中がぞっと持ち上がる。
「リュナム僕のこと考えてよ!?」
「お前も前出すぎだろ、防御って言っといて!?」
「あなたたち静かに戦えないの」
 ミティスの冷静な言葉と共に繰り出されたメイスが、兵士の腹を突いて転がしていた。か弱い少女と思っていたわけでもないはずなのに、凄まじい一撃を頂いたようだ。
「無力化すればいいのでしょう。指揮して」
「大丈夫だ、策ならとっくに打ってるぜ」
 詠唱を省略して創り上げられる光の矢のサークル。同心円上に浮かび上がったそれが、タトスたちを囲んで地面に鋭く先端を向けている。
 森の中から弓に矢を番える音が響いても、魔術の詠唱が始まっても、リュナムはにいっと笑っていた。
「いい兵士だ。地の利を活かす教訓を、土地勘のない者に向ける効率のいい手法だな。貴公らの働き、ゲイル国に改めて力を貸してもらいたいところだが――事情が事情だ。一時無力化させてもらう。撤退時、獣にくれぐれも気をつけてくれ」
「貴様何様のつもりだ!」
「宮廷魔術師様だよ」
 霧だ。
 森の中に充満し始める白とも白水とも言える色が、土埃の間隙を縫いながら、柔らかく兵士たちの視界を遮っていく。困惑する兵士たちの何名かが矢を放ってきて、タトスは慌ててそれを弾いた。踏み込んだ足に痛みが走るも、自分の背後にいた敵兵を振り返る。
「大丈夫!?」
「……は……? な、何故庇った……!?」
「言ったよね、僕らは戦いたいわけじゃないよ」
 他の矢は誰にも当たっていないようだ。いくつかはオルファが弾いてくれている。森の中から出て戦おうとする足音を、敵兵の中で止める声も上がっていた。
「僕は、僕を助けてくれた人が託してくれた荷物を、その人に返したいだけなんだ」
「……な、なんなんだお前は……」
 問われても、タトスはぽかんとしただけだった。戦意が欠片も見えない相手に、首を捻って、空を見上げて、リュナムからこの戦局を離れるよう声をかけられても少しだけ考える。
 腕を負傷したままの兵士に、へらっと屈託なく笑った。
「どこにでもいる、普通の槍使いだよ」
「タトス!」
「うん!」
 兵士は兜の向こうで沈黙したまま。すぐに仲間を追って走るタトスは、追手が来ないか目を向けて、苦笑いを浮かべた。
 ちらりとでも前進しようとした者へ、足元へと容赦なく純力の矢弾が撃ち込まれていた。命令式を簡略したら単純な術しか作れないと言っていた昔のリュナムはどこにもいない。
「霧を払え! 攻撃魔術を撃て!」
「チッ、面倒な野郎どもぉ」
 今の音、誰。
 聞き間違い……の、はずだ。まさか青い髪の少女から鋭い音が聞こえたような気がするなんて、そんなはずはない。
 一瞬寒気すら覚えたも、兵士たちの悲鳴が後ろから上がって、タトスは振り返った。
 後悔した。
 水が鉄を叩く音がする。兵士たちが呻いたり悲鳴を上げる声だって。逃げ惑えばリュナムが残した純力の矢弾による空中からの狙撃が来るし、魔術を放とうとこちらに目を向けても、既に移動を始めたタトスたちの位置は霧で見えないようだ。
 霧を払う術なんて、風の精霊にでもお願いしないと無理なことぐらいタトスにでもわかる。
 そこまで考えて、タトスは首を捻った。
「あれ……さっき精霊使いがいたんじゃないのかな……」
「一度しか仕掛けてこなかったな。――ってことは、あの精霊使いが連れてた精霊ってのは|闇の精霊《シェイド》ってことか。しかも神子族じゃない。だろ、ティファ、リヴィン」
 ティファがすぐに頷いている。リヴィンも微かに肩を持ち上げて、ゆっくりと頷いていた。
「うん、そうだよお。神子族なら自分に親しい精霊たちが決まってるから、その精霊たちにばっかり頼るけどぉ。人間やハーフエルフたちが精霊にお願いするなら、その場所にいる精霊か、一緒に連れてきてる精霊にお願いするもん」
「今は無風でしたから、木々の精霊力が強まっている森の周辺では、風の精霊も少なくて、手助けができなかったはずです」
「そうだったんだ……」
「学術都市って言っても、あそこは多分召喚術と魔術がメインで、精霊術に関して特化した研究はされちゃいねーだろうな。複数人警戒してたが、あれならこっちが撒けばまだいい。追手に追いつかれるより先に都市に入り込むぞ」
「丘がネックだな。丘を越えない限り時間を短縮できない。だがそこを通ればおれたちはあいつらに後ろから刺されたい放題だぞ」
「最短ルートを抑えるのも、標的の囲い込みや挟み撃ちも軍隊の常套句ってんだろ? そっちも考えがある。霧だけに頼るってのも面白味がねーからな」
 リュナムの意地悪い笑みは、すぐに実行する合図となった。
 一気に丘を登る。三十分もすぎてはいないだろう。その間にも後ろから人の声が聞こえてくる。タトスははっと振り返って、矢が飛んでくる姿に身を翻した。
「来たよ!」
「頼んだ!」
 この――間合い!
 第一陣を槍で振り払う。手の平の中で長槍を回転させて後ろを護る。その間にもリュナムの詠唱が完成した。
「万物根源、汝は無形、我は形を定めし者。汝に強固なる姿を授ける。陽に映らぬは虚ろに非ず。汝が誇りは他者を進ませぬミスリルの盾の如く!=v


ルビ対応・加筆修正 2020/05/10


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