離島戦記

 第1章 隔離された島

9th 02
*前しおり次#

「手を打とう。あいつが来るかどうかは保証しないがね」
「十分だ。頼んだぜ」
 キシシと、チーグは上機嫌に笑う。リュナムはじっと考えて、一同へと振り返ってきた。
「後はあいつらの船を探すぞ」
「船? どういうことだ?」
「ウォーグたちがあれだけの捕虜連れてて、近くに隠し施設でもない限り、人にバレずに移送するのはどうやるんだ? 学術都市の町中を護送してたら、そもそも市長も気づいたはずだ」
 あっと、タトスは目を丸くする。
 そうだ。たった一日だけの誤差で、姿も見えなくて、二十人以上いた船乗りたちを護送するなんて、どうやったのだろう。
「――ってのと、船を破壊した理由に、オレたちに船を使われると困る理由があるとしたら、ってな」
「だが、そんな人数を乗せる船が、市長にもばれず秘密裏に出航できるか?」
「そこは、情報屋がどこまで掴んでるかだな」
「ふむ。間接的な情報はある。まあ今回は国が絡んでいるんだ、多少はサービスしよう」
 チーグが口角を大げさなほど持ち上げて笑う。皺がないはずのつるりとした顔が一転、しわくちゃの老人らしさが覗いた。
「ウォーグは市政者じゃないが、警備隊として船を動かす権利もある。私兵を持って動かせるほど権力と顔が効く。《《個人的》》な財力もある程度あるのさ」
「なるほどな。繋がったぜ。つまり大きな荷物を隠しながら移動する手段は、人目につかないルートも含めていくつか押さえがあるんだな。兵卒がそんな権力を持ってるのも珍しいな。貴族上がりか?」
「いいや、その一兵卒上がりだ。未来じゃどうか知らないが、学術都市と軍事都市は、他の街と色が違うんでね。学術都市じゃ魔力と魔法を扱う素養が高ければ、軍事都市は兵士を操る知力や個々人の戦闘力が高ければ昇進できるのさ」
「――へえ。随分実力主義だな」
「そう、実力主義だ。流れ者だろうが元犯罪者だろうが、出世したい奴にはいい街だよ。相応の働きと能力があれば、簡単にうなぎ上りってわけさ」
「ちょっと待って。一兵卒から上がってきたウォーグは、その流れ者じゃないのかしら」
 ミティスの指摘に、チーグがさらに口角を上げた。
「御嬢さん、キツツキの親戚かい?」
「へえ。素性がそこまで割れてるなら話は早いな。追加、何を払えばいい?」
「おっと、宮廷魔術師様は貪欲だな。さすが青い目のカラスだ。ウォーグの生まれは掴めなかったがな、この国の住民じゃあない。そして信仰も知ってるぜ」
「国はある程度予想はしてたが、信仰ってあんたが言うってことは、察したわ」
 チーグがほうと言うも、ティファも顔色を険しくしている様にキシシと笑い声を上げた。タトスも苦い顔で、結局拾ったままの邪教印を取り出す。
「これ、この街と学術都市の間の道に落ちてたんだ」
「――いい鷹の目だ。まさしくそいつの話をしようとしてたとこだ」
「ウォーグが生贄集めをしている、なんて情報はさすがに出回ってないよな」
 そこには、チーグも肩を竦めている。ティファの顔が険しくなる中、オルファも困惑した様子を見せた。
「生贄集めはさすがにないだろう……船員を使うとでも考えているのか? ウォーグにとっては俺たちへのカードだぞ?」
「《《真っ当な奴》》ならな。だがあんたもさっき言ってたろ。一人でも残ってれば、結局カードとしては働くぜ。腹立つけどな」
「だからって、生贄になんてしたら、それこそ他の兵たちも黙ってないはずよ。事実が街の中に広まれば風色が悪いのはウォーグだわ――あなたまさか、私兵たちも同族とみなしてるの?」
「そこまでわかりやすく連中が纏まってるなら苦労はしねーよ。なああんた、この辺りで安全に話せる場所は?」
「仕方ない、案内しよう。会議は手短に終わらせるのをお勧めするがね。《《時》》というのは妙に真面目に仕事をしている奴らだ」
「助かる」
 まだ、オルファは疑念を持った目。
 タトスは彼を見上げて少し不安を持ち上げていた気持ちを、そっと振り払った。
 案内された場所は、先ほどの通路を進んだ先にあった。
 元々は避難用の通路だった場所に、先ほどの覗き鏡が設けられたらしい。外に出るにも危険な場合、ここで難を逃れて脱出する算段を取れるよう、地下通路の先の空間は広く作られていた。全体的に少し埃っぽく、簡素なテーブルと、布張りもされていない木の堅い椅子、かびたベッドとサイドチェストしかない。サイドチェストの上に置かれた水差しは、薄く埃を被っている。中を覗いても無意味だろう。
 採光部もおおっぴらに作られているのには驚いたが、リュナムが納得した顔をしている。
「あんだけ蜘蛛の巣みたく、空中にも通路がある街だもんな。一つぐらい換気用の穴があってもばれねえってわけか」
「非常時は蓋されるがね。火矢を入れられたらいい焼き鳥さ」
「うわ……」
 想像するだけで呻き声が出る。オルファは周囲に目を配り、扉の近くの壁に背を預けると、チーグを油断なく見据えている。タトスはうっと息が詰まりながらも、女性陣に椅子を進めるだけ勧めて、自分は部屋の中央で立っているリュナムに首を捻った。
「リュナムは座らないの? ベッド使ったら?」
「あー、いや、あんだけオルファの旦那が警戒してるのにベッドなんて使ったらな……」
 言いたいことが少し見えて、タトスは生暖かく笑んだ。万が一が本当に起こった暁には、オルファは契約解除とまで言いそうだ。
 一般兵で、かつ傭兵出身の彼は、そういうことだって本当はできるのだ。信頼関係は大事だと考えるリュナムには、今座れない位置なのだろう。女性陣を休ませたのは体力的な心配からのようだし、タトスはリュナムに倣うことにした。
 チーグは全く意に介していないのか、少し独特な笑いを響かせた。リュナムはすっと肩を竦める。
「で、だ。さっきのミティスの質問だけどな。心酔してる連中がいるとして、極少数と見てる。あくまで私兵に数えられた連中を抑止するための力だ。恐怖で統制しときゃ、部下の思考が麻痺してトップの言いなりになりやすいからな。ただ――私兵も結局五百年前の人物だ。真実を吹聴されて、恐怖じゃなく自分たちから従うようになってる可能性はあるぜ」
「え、どういうこと?」
「そういうことぉ。未来の人に理不尽を感じて、復讐神官の煽りを本気で捉えたら、簡単に従うと思うよぉ」
 ティファの冷えた言葉に、タトスは目を見開いた。誰も反論しないことに、ただただ絶句する。
「そん……っ、だ、だって……っ! 自分たちの子孫かもしれない人たちでも!?」
「関係ねえだろな。五百年も経ってりゃ多くの人には赤の他人だ。他人の心配より、理不尽な現実に怒りの矛先は向くもんだよ」
 眉間に皺を刻んだリュナムは、唾棄したそうに、埃がうっすら見える床を睨んでいる。
「ウォーグに利用されてる自覚もねーなら、私兵は喜んでこの時代の奴を殺す考えに染まる可能性はある。それぐらい他国の連中と変わらねえんだよ、オレらはな」
「――そう。それで可能性を示唆したのね」
 リュナムが黙って頷いた。タトスはただ、槍を握った手が震える。目敏く見抜いたのだろう幼馴染は、肩を短く竦めた。
「言っとくが、多分私兵の大半はまだ未来に来てること知らねーぞ。知ってたら夜になるからって進軍を止めたりしないはずだぜ」
「そ、そっか……」
「はい。あくまで最悪の可能性の一つです。全員が賛同するとは限りません。信心深い五大宗教の人々であれば話は変わってくるでしょうから。――ただ、今は数の面で勝てるかどうか、ですね」
「数をひっくり返すのが大前提だな。少数精鋭で勝てるなんて、基本戦術としちゃ限られた局面だ」
 それはタトスにもわかる。個々人の戦闘でも数の有利が働くのは当然だ。
 一人で三人同時に相手をして足止め、なんて、歴戦の剣士であっても簡単にはできないのだから。
「人質を取られてる上に、奪還後も抱えた状態。地の利がないときた。ろくな結果にならねーし……だからタトスの恩人とは早めに合流したいんだけどな。現状先に船を探すほうがよさそうだ」
「船が見つからない時は?」
「あいつらの根城になってる場所を手当たり次第探す、ってとこだな。時間がかかる上に、下手したら先に街に真実を知られる。余計旗色が悪くなって、下手すりゃオレらも捕まる。船員が見つかって無事で、船の手配も掴めてたら、脱出ができれば行幸ってとこか」
「――教会にかけあってはどうかしら」
「教会、ですか? 確かに暴動を抑える手助けはしていただけるかもしれませんが、どう説明するかが……それに、ミティスさんの信仰する神は武神ティルダーンでしょう? ――もし私たちが島民に対する試練と認められた場合、私たちは教会の敵となってしまいます……」
「そうね。その可能性はあるわ。だったら敵に回らない教会の門扉を叩くのが正しいんじゃないかしら」
「おいおい……」
 さすがにリュナムも驚いたようだ。オルファに至っては眉をひそめている。
「いいのか? 違う信仰の神官が行くってだけでも騒ぎになるほどだ。信仰を歪めて捉えたと神に思われたら、あんたは神官の力まで剥奪されかねないんじゃないか?」
「私が戦うべきは島の人々ではないもの。相手すべきは秩序を乱すことに愉悦を覚える邪神の使徒。誇りと妄信と教えの歪曲を混同してはならないわ」
 凛と、静かに言葉を紡ぐ緑の目の少女に、タトスはぽかんと口を開けた。
「混乱を正しく導けない可能性があるのなら、互いに不和を招くことは避けるべきよ。武神は同じ志の者たちのみで戦えとは仰せにならないわ。無益な争いだって是としないのだから」
「――なるほどな。そりゃ悪かった。ならミティス、あんたの提案に乗らせてもらうぜ」
「じゃあ、あたし別の方向から探ってくるよぉ」
 ティファの突然の申し出に、タトスはえっと驚いた。ティファの目はいつも以上に楽しそうなのだ。
「ど、どうして?」
「この時代の勝手がわかってるあたしが一緒だと、多分神官さんも話しづらいところあると思うんだよねぇ。リヴィン姉がいればフォローは十分だろうしぃ」
「つったってな……何か気になることあるのか?」
 リュナムの問いに、ティファは顎に人差し指を当てて天井を見上げている。
「上手く繋ぎをつけられれば、って人がいるのぉ。状況を説明して、もう一人に繋ぎつけてもらいたいとこぉ」
「危ないんじゃないか? その繋ぎの相手は少なくともこの島の住民だろう」
「そうだよー。でも誰よりも頭とち狂ってて、誰よりも頭いいから、ちょっとやそっとじゃ動じないよぉ」
「えっ、ラドンさんに繋ぎをつけるんですか? どうやって……」
 リヴィンも知っている人物のようだ。戸惑いを見せる二人の傍で、チーグが「ほう」と面白そうに笑った。
「あの変人学者の知り合いかい? あいつに繋ぐなら、それこそ神官の下りは即解決しそうだがね」
「その人を知ってるの?」
「知ってるも何も、こっちの時代のこの島じゃあ有名だ。地母神神官でありながら化学者、なんていう|辺鄙《へんぴ》な道を歩くのは、こっちの時代でも一人ぐらいのもんだ。お嬢さん方、そいつと知り合いかい? こりゃまた見かけによらず麗しい妙齢だ」
「それ以上は言いっこなしでしょぉ?」と言うティファの笑みが、油断のないものに変わる。チーグがキシシと笑う目を、青の目がじっと見据えた。
「そっちは聞いた感じ、知り合いじゃなさそうだもん。あたしたちで繋ぎつけるしかないよねぇ。船の手配が上手く行かないとか、学術都市に向かえない時は、あたしたち自力でこの島を脱出しないといけないしぃ。味方は一人でも多いほうがいいでしょ?」
 チーグは長く尖った耳の間で、つるりとした顔をにんまりとした笑みに変えた。
 その間にも、リュナムが渋い顔で唸る。
「今お前が欠けるのもまずいけど、他に繋ぎを任せるのは難しそうだな……無茶するなよ」
「はーい。リューちゃんが夜中のトイレで泣かないように、早く帰ってくるねぇ」
「誰がそんな歳だよてっめえ……!」
 オルファがぶっと吹き出した。タトスもリヴィンも居た堪れないまま曖昧に笑む。
 幼少期の恥をどれだけ握られているのか、少しかわいそうになってきた。少なくともこの部屋の埃ほどには積もっていそうだ。
「キシシ、尻に敷かれてるねえ。それじゃあ、各々方の成果を楽しみにするとしよう。この通路を避難口にされても、いずれ後が困る。合流する時は街の外にすることだ」
「……わかった。協力感謝する」
 物凄くへそを曲げた声には、危うく場所を忘れて笑いそうになった一同がいた。


ルビ対応・加筆修正 2020/05/10


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