Under Darker

 第2章極夜の間奏曲

第04話 02
*前しおり次#

 ……いつき、そこまで気になってたのか。上がるなら倒れるなよ。頼むから。責任取れないから。
 けれど隻もぎしぎしと上で音を立てられるだけというのももどかしい。気になってくる。ちらりとテレビに視線を戻し、昼頃ひまを持てあます主婦向けの番組のつまらなさに、目がわった。
 ギシ、ギシィ……
『それでですねー、最近流行はやってる服買ってみたんですけど。街中で着たらスイカみたいって笑われちゃって』
『どんな服やねん! 赤と緑のストライプかいな! 暑苦しいな!?』
 笑い声が、テレビから響いた。番組スタジオに来ている観客からの、お決まりの笑い声が。
 ギシギシ、ギギィ……
『では、次は十分でできるアレンジそうめんのレシピを紹介しまーす! そうめんって美味しいですけど、毎年食べてると飽きが来ちゃいますよねぇ。さっぱりと美味しく、レモンをかけた香ばしいお菓子に大変身! CMの後ご紹介します!』
 番組のイメージソングだろう曲が流れてきて、CMに変わった。
 ギシ……ギィィ……
「……なんか見つかったか? ……おい、翅ー」
「うん! 見つかった!」
「……何が?」
「来たらわかるよ!」
 ……。
 ……ギシ、ギシィ……。
「……具体的には!?」
「来たらわかるよ!」
 ……。ギシィ、ギシッ。
 のそのそと、扇風機せんぷうきを切った。むわっとした暑さが襲ってくる。
 苦い顔で天井を見上げた。
 ギシギシ、ギシ……。
「……負けてない。うん、俺負けてないよな。うん」
 足を階段に向けつつ、きしむ天井を見上げて立ち止まる。
 ……ギィ……。
 負けてない。
 うん、負けてない。別に見たいとかそんな……思ってはいるけど行ったら負けな気がする。
「隻さん来ないの? 怖いとかそんな」
「あるわけねえだろお前じゃないんだから!!」
 ギシッ、ギシッ、ギシッ、ギシッ。
 階段を上りきって、薄暗い中に完全に入り込んで。いつきが出した光の圏内が見えてきて、隻ははっと固まった。
「負けた……」
「何が?」
「なんでもねえよ!! で、何があった!? ――あ」
 見渡して、気づいた。
 棚の中には沢山の資料が。その前には、かける刀をなくした刀架とうかが。
 机の横に置かれた、ささくれが目立つ竹刀しない。ずっと誰も座らなかった机の上には資料らしい本が山積みにされている。
 本棚に雑然ざつぜんと置かれていた貯金箱は、振ると中から欠片かけらほどの音がかわいて響いた。
「……ここ、じじいの書斎しょさいだ」
「覚えてるのか?」
「……一回だけ……来たことがある気がする」
 暗くて見えない天井裏で、祖父は平然とページをめくっていた。文字を読んでは、その机のノートに書きめていた。

 、上がってきたのかい

 苦笑する声が、古びたとこの音のように耳に響く。
「……じじい、ここでなんか難しい図形書いてたんだよな……それ、そのノート」
 丁度翅が手を置いていた机のノートをし、取ってもらう。ぱらぱらと捲って、がっくりと項垂うなだれた。
 違うノートだったのだろうか。見事に真っ白だ。……紙そのものは年月の影響で黄ばんでいるから、真っ白とは言いがたいけれど。
 筆跡ひっせきのないノートを机のいた場所に置き、他のノートを開いてみる。
 日記、空想上の生き物の特徴をつづったもの。子供への――隻たちの父への手紙。
 別に置かれた封筒の中には、結界を呼び出すための手間を省くために幻術使いが用いるが、翅といつきが目を丸くするほどに精巧せいこうな造りで保管されていた。
「……隻さんのお祖父おじいさん何者?」
「俺が聞きたい……なんなんだ、じじいって……」
 祖父は。祖母と出会う以前のことは、ほとんど語らなかったそうだ。血の繋がらない曾祖母そうそぼ曽祖父そうそふから、隻たち双子の父幸明ゆきあきへと、いくつか話が伝わっているぐらいでしかない。
 そして隼は、その父以上に、直接祖父からその過去を教わったとも。
 ……どうして。
「……わからん。少なくとも、ただの霊視能力者じゃなかったんだろうな」
 黙考をたいつきの見解に、隻は疲れた顔で頷いた。
 まさかここまで、祖父が幻術使いの世界に関わりがあるなんて思いもしなかった。白尾ノ鴉の主というだけではなかったなんて。
「隼が帰ってきたら色々聞いてみるか……あいつならじじいがのこしたもの、いくつか知ってるだろ」
 刀の無い刀架も気にはなるけれど。
 印籠いんろうといいこの符やノートといい、どうにも奇妙な感覚がぬぐえなかった。


「たーだい……おー、天井裏行ってきたのか、お疲れー。どうだった?」
「どうも何も奇妙なもんばっかりで見当もつかなかった。何か知ってるなら教えろ」
 つやつやとした顔で帰ってきた隼一行に、隻が目をわらせて問い返す。戻ってきた千理たちは天井裏に続く階段を見て目を光らせた。
 隼が彼らに目敏く気づいて「上がってこい上がってこい」なんて言うものだから、千理を筆頭に輝く笑顔で走っていく少年たちの姿を拝むこととなる。
 隻は溜息をついて、苦い顔を双子の兄向けた。
 隼は笑っていた顔を素面しらふに戻し、肩を竦めてすっとぼけたではないか。
「おれもよくは知らないぜ? 一応言っとくけど、じいさん、おれの名前は覚えてても」
「俺とお前を混同してた。それは覚えてる。けどお前、何度かあそこでじじいに教わってなかったか?」
 言われて考え込む隼。いつきがやってきて、隻が気にかけていたノートを見せてきた。
「これ、確かに使われた感じはあったぞ。……けど使われてない
「はあ? なんだよ、響基の謎かけの続きか?」
 隼が目を白黒させて尋ねてきて、いつきは渋面じゅうめんを作る。
「謎かけなんて知るか。何度も開いて使われた形跡はあるのに、何も書かれてないなんておかしいだろう。押し花を作るためのものにしてはノートが薄すぎる。他の用途もいくつか考えたが――恐らく、何か仕掛しかけがあるんじゃないのか」
「仕掛け、ねぇ……けどおれも、じーさんの形見関連じゃあさっぱりだぜ? じいさん、おれのことしかってくるか、『他人が見えていない世界の話はするな』ぐらいしか言ってこなかったんだ。おれより隻のほうがよっぽど聞いてるよ」
「何言ってんだよ、じじいに呼び出し受けたのはお前のほうが多いくせに。怒られる以外でも――」
 はたと、隻は言葉が途切れた。翅が天井裏から戻ってきて、千理たちの歓声を聞いて一度だけ振りあおぎ、こちらに目を戻してくる。
「何かわかった?」
「……ちょっと待った」
 双子の声が重なる。いつもなら互いに嫌な顔をするのに、冷や汗が流れてそれどころではない。
「俺たち、互いに互いがじいさんじじいから話聞いてるって、ずっと思い込んでたのか?」
 沈黙が流れる。
 綺麗に被った声は一つの単語だけが違ったのに、ぴたりと重なった。
 翅がああと納得し、遠い顔になる。
「兄弟のあるあるパターンか……じゃあどっちも、お祖父さんの形見とかについてはほとんど知らないのか?」
「隼は?」
「いやだからな? 知ってたらお前らを天井裏に行かせるようなこと言わな――おっと」
「やっぱりそれが目当てかよ!」
 うっかりしていたとばかりに口に手を当てる隼に怒鳴れば、いつきが視線をそらした。隼が耳に手をやって聞き流した後、すぐに切り替えてノートを指している。
「じゃあこのノートどうするんだ?」
「何かわからない以上、保留だな。変な呪いはなさそうだし、害はないはずだ」
「……ヨシ子さんならなぁ……」
 ぼやく翅に、いつきがもの凄く苦い顔だ。隻はぽかんとして「あの鯛焼たいやき屋の?」と聞き返す。隼がげんなりした顔になっていて、隻は肩を竦めた。
「ラーメン屋台で鯛焼き売り歩いてる人だよ。その人も俺らの側の人間なんだってさ」
「……なんか胡散臭さマックスだな……ラーメン屋台と鯛焼き、どこに関係があるんだ?」
 今初めて、隼が一般人に見えた。同じ思いは確かに二年ほど前の冬に抱きはしたものの、当時の自分の気持ちを今さら代弁されるとは。
 話戻すぞと、いつきが疲れた顔で訂正してくる。
「この手の秘密なら、確かに佐藤なら専門だろうな。あいつはだ」
 すずめ……ああ、工作班アルシナの所属ってことか。
 幻生に関する事象が一般世間に知られないようにするための、幻術使いの部隊。それが工作班だ。
 情報を収集、隠蔽いんぺい、目撃した一般人らの記憶を改竄かいざんする役割を主としている。いわゆる情報屋や諜報ちょうほう員に近い部隊だ。
 警察が犯人候補をと呼ぶように、工作班を指す隠語が雀。全て千理が三年前に教えてくれた内容だった。
 話を飲み込めていなさそうな隼に、隻は肩を竦めて「とりあえず専門家だよ」と返しておいた。
 ……ここまで深く教えていいのだろうか。こいつに。
 響基と悟子が降りてきた。二人を見上げた隻はぽかんとした。
「千理は?」
「もの凄く一心不乱に遺品いひんを勝手にあさってます」
「……あ、そう」
 突っ込む気も失せた悟子の気持ちが痛いほどわかった。翅といつきに至っては「まあそうだろうな」とぼやいている。
「一応あいつもその辺は詳しいだろうし……おーい千理、呪いの関係あった!?」
「ううんーなさ気ー。ってかいつき兄も確認済みなんでしょ? 今んとこ、アンデッドに関わる呪い系は見当たらないっすよー」
「あっ、そうだあいつ対アンデッドか!」
「うん。元々組織の中じゃそっちが本職だから。死霊系ならあいつなら見落とさない。ま、これでお祖父さんが危ないもの遺してる可能性はぐっと減ったなー」
 いつきの憮然ぶぜんとした声音で「呪いなら俺が先に気づく」と小声を漏らした。
 幻術使いたちを束ねる統率組織ヴェルタシア所属の彼のプライドにさわったらしい。有力な家の当主や重要な人物、戦歴を重ねた実力者たちで構成されている組織に名を連ねているのだから、そうこぼす理由にも納得できた。
 ……納得はできるが、隻としては、やはり組織関係は苦手だ。いつか自分が入る部隊を考えなければならないが……
「ちょーい、隻さんか隼さん来てほしいんすけど!」
「千理うるさ壊音波かいおんぱ!!」
「えっ、ちょひび兄そこ!? いやもういいや、全員でもいいですからとりあえず上がってきてくださいよ、面倒なんで!!」
 あいつっ……!
 苛立つ隻に気づかず、少し楽しそうに階段へと走っていく一番乗りの悟子。その様子を見ると、中学生らしいと思わず微笑んでいる翅につられてしまいそうになる。いつきと響基ものんびり向かっていく。
「千理、少しは落ち着けばいいのになぁ」
「煩くないあいつがいたら気持ち悪いだろ」
「あ、同感」
 ……。
 隼と顔を見合わせた隻は、苦い顔のまま上がった。全員が着いたと同時、千理が床に広げた布を見て、隻はひとり目を丸くする。

 勢いよく開いた扉の奥
 沢山の術師のしかばねたちが、立ったまま延々と言葉を吐き出している
 足元に広がる白いチョークで描かれた円陣。最奥に設置された仏像と、円陣を見守るように立ち並ぶ術師の屍たち
 雷駆ライクいななき、床に描かれた円陣を踏み抜いた瞬間、屍たちが倒れていって――

「なんでそれが……!」
「隻さん知ってるんすか?」
 怪訝けげんな顔で見上げられ、戸惑ったその時。ピンと来たように翅が目を鋭くして布に描かれた円陣を見た。
「なるほどな。隻さんと雷駆が壊した方陣、これと似てるんだな」
「へ? ――あ」
 納得した顔をする千理は、ほんの少し表情をくもらせた。すぐに真顔に戻す彼は、考え込んでいるのか唸っている。
「なら余計納得行きませんよ。なんで清水の一件に出てきた方陣が、ただの霊能力者の家で見つかるんすか」
「……隻さん、隼さん。覚えてる限りでお祖父さんの話、聞かせてくれるか?」
 言われ、隻も隼も戸惑いつつ頷いた。
「俺たちが産まれた頃には、じじいは頭ボケてて、俺のことも隼のことも見分けついてなかったんだよ。あと――俺の名前は一切口にしなかった」
 母から、ではない。
 本当は祖父から、隻の名前は出てきていなかった。


ルビ対応・加筆修正 2021/03/21


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