「ああ、そうそう。隻さん気づいてなかったみたいだけど、学校で妙な
はたと、暑く見苦しい焼肉の争いをしていた一同がピタリと止まる。焼ける音だけで焼け具合を把握できる響基の発言に、片づけが無事に終わって帰ってきていた千理が肉を大量に獲得しつつぽかんとしている。
「え、噂って? 隻さんこの辺でそんな悪さしてたんすか?」
「中学時代はまあ……隼ほどじゃないけど。先生とタイマン張ったり授業抜け出して学校帰ったりはしょっちゅうだったな……」
「うん俺には無縁の話だな」
「そっか誰も聞いてないからなー翅」
じゅうぅぅぅぅぅ。
翅、
翅、顔を上げて悲痛な表情をした。しかし誰も構うことはなかった。
「それで噂って? うぁっちち、いい焼き加減、あっつ!」
「焼きたて食うなら覚悟しろよ。それで噂って?」
「……えっと、ね。
じゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ。
翅がテーブルの下にいそいそと
「行儀悪い!!」
「いやお前もな?」
「あ、す、すみません! ――そ、それで怪談って?」
下で声にならない悲鳴が上がった。隼が笑いながら
「……翅大丈夫? うん生きてるか。なんか学校で、七時半以降に入ったらまずいって言うのが女子から聞こえてきてた」
「肉没収変態」
「ちょっと待って!? なんでこれで変態!?」
「そっか、お前女子の会話を盗み聞くために音に
「違うよ不可抗力だよ!? って、待った、これ男子も会話に混じってたからな!?」
「愛の巣を盗み聞いたのか」
「隼さん食事中です!!」
いそいそ、いそいそ。
じゅぅぅぅぅぅぅ、じゅっ、じゅわぁぁぁぁぁぁ。
隼は黙々と食べている。火傷しながら。
「……話戻していい? 俺健全だけど変態じゃないからね? どうにも俺たちの仕事に関わりそうだなって思ってさ。玄関で
誰もそこまで言えとは言っていない。
肉を一通り焼きながら、隻もやっと自分の食にありつきつつ、ふうんと
「夏の怪談ぐらい普通じゃないのか?」
「……夏に怪談が
ああ、噂で実体を持つからか。
千理が苦い顔で頷きつつ、「久々にあったチビらが言ってたんすけどね」と、まるで近所の中年女性が語るかのような前振り。
「最近東京、誘拐事件だの性犯罪だので、パトカー多くなってるらしいんすよ。それで外で長く遊べないって、チビらがオレに遊べってしつこくて」
「お前何してたの」
「片付けしてた」
全員から白々しいと目で
「なあ響基。隻さんの先生どうだった?」
「話
「ごめんなさい! いやでもね、怖くないんだけどね!? いや話たんま待ってあげて!?」
「ごめんな翅。それで」
「響基!? うぐっ」
「食事中煩い!!」
また怒られた。
響基は固まり、出番を取られたとやや落ち込みつつ。「それで」と続きを言っている。
「昔、深夜の十二時ぴったりに、女子がプールで自殺したことがあるんだって。隻さんの中学校」
「――そんなの聞いたことないぞ」
隻と隼の声が重なった。怪談だからねと頷く響基は、
「で、その
「……確かに。ちょっと普通の怪談じゃないですね。語られ方が微妙におかしい」
肉と野菜を挟んで取ったいつきも頷いている。皿に確保した後、腕組みをしているではないか。
「
「もう一つおかしい点もありますしね」と、千理も頷いている。肉を大量に口に入れて、
「隣にいた友達が消えてるって、後ろの怪談のほう。『どこそこにいたら』っていう残りやすい条件が、なんで語られてないんすかね。プールの十二時ぴったりっていう表現だって、プールのどこにいたらっていう条件が語られてないでしょ。意図的に隠されたか、意図的に作られて広められている
……あれ、万理じゃないよな。
確かに目の前にいるのは千理なのに、こういう
「プールと宵……気にはなるけど……休暇中だし面倒だなぁ」
「お前な……そういえばエキドナは?」
「うん、さっき来て帰った。隻さんがいないうちに」
「は!? ちゃんと茶出したのかよ!?」
「うんそりゃあね? で、明日また来るって。面白い話持ってくるって」
やめて!? ちょっと待て!?
隼が真顔で頷いていた。
「すんげえ綺麗なお姉様だった」
「黙れ
「で。翅……この手の怪談は多分面倒だとか言ってられない気がするんですけど」
「ですよねーあーしんどい」
面倒の次はしんどいか。そうか。
隻は隼に合図した。隼は笑顔で親指を立て、翅の背中に肘を置く。
ごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごり。
「いぎゃあああああああああ――だっ!!」
「翅煩い!!」
蹴り出された。
結局天文台は明日行くという形で持ち越された。
隻と響基で買ってきたケーキの奪い合いは、予想通りの争奪戦だった。
焼き肉でもそうだが、どうしてあれで畳が汚れないのだろう。洗濯機を回す度に服の汚れは見つかるのに、謎だ。
時折怪談の話に戻る度、翅がケーキを持ったまま部屋の隅に逃げてカタカタと震えながら食べて、悟子に怒られて。
ただの噂、怪談と思って聞き流していた学生時代を思い出し。隻は苦い顔になる。
縁側で涼んでいた隻は、またも
『皆様賑やかでございますな。これほど楽しい風景はなんとも久々なことで』
「ああ、お帰り。今日いなかったけどどうしたんだ?」
尾が白い、自称
『私の神体はあの羽根と
「……あのじじい、色々やってたんだな」
『それはもちろん』と頷く白尾ノ鴉。けれどすぐに首を捻り、仏壇を見やった。
『私たち
戦後、祖父は職に
今なら、なんとなくわかる気はする。人と違う世界を見るということは、それだけ
けれど時代が古ければ考えも今と違うその当時では、
息子のこと、家のこと。きっと色々考えた結果、不幸な嫁を
――そう信じたいだけだった。
「……なあ、鴉。あんた、俺たちが通ってた中学校知ってるか?」
『ええ、存じ上げておりますとも。毎年坊ちゃん方がお持ちくださった
「おいちょっと待ったなんで!」
『やはや、私めにも
あの、一と二が
げっそりする隻に、白尾ノ鴉は頷いている。
『先の、紳士が
「え? あ、ああ。……一応な。できれば仕事のことは、今は忘れておきたいけど……世話してもらった先生たちがあそこで働いてるんだよ。後輩たちがもし危なくなってるなら、『見て見ない振り』はしたくない」
白尾ノ鴉が深く頷き、『
『坊ちゃんのご
「……ど、どうも……なあ、だから坊ちゃん呼び止めろよ、呼び捨てでいいから……な?」
『いえいえ、相次郎様の大切なお孫様に呼び捨てなど恐れ多い。それでは行って
「あ、行ってらーっす?」
微妙そうな顔をする隻は、鴉の頭を撫でて――飛び去る姿を見送った。
……なんだか、妙に嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。
「隻さんまた
「元からみたいだぜー? 鴉、おれと隻のことはやたらと世話焼いてくれてたし」
……。どこから突っ込もうか、色々と悩んだけれど。
蚊に刺された場所を無意識に
「あっ、なんか今蚊の音したんすけど! ちょい隻さん今入れた!? 入れました!?」
「人のせいにするな叩け!!」
「さーいえっさー!!」
「あの、僕の鳥出せば叩かなくてもいいと思いますけど……」
「わかってないな悟子。それじゃ青春じゃないロマンじゃない!!」
「蚊を叩くどこにロマンがあるの!? ちょっと待った翅落ち着け、暑さにやられてるだろ!?」
「レッツゴー
「……蚊、蝿叩きぐらいすり抜けるだろ。誰か電気つけろよ……」
暗闇での戦いは、
「いつきー、ちょっとちょっと」
「今度はなんだ
「いいからちょっとちょっと」
仕方がないと、隻と一緒にテレビを見ていたいつきが
天袋に繋がる階段が、降りている。
ついでに天井、なんだか綺麗になっている。
「開けてみました」
「お前何やってる」
「だから開けたんだって――あ、やっほー隻さん。隼さんから許可はもらった」
「……バカ隼どこだ!!」
姿はない。双子の兄は煙もなければ影も形も見当たらないではないか。
わなわなと震えつつ、ふと気づく。
悟子、いない。
響基も、いない。
よくよく見渡す。千理もいない。
「あー隼さん? 東京タワーとスカイツリーの足元見せてやるって、響基たち連れてった」
「……あいつ……!」
この無駄に暑い時に苛々させられるのはもううんざりだ。機嫌よく上に上がっていく翅に、いつきが
「アヤカリサンキュー。
自分の幻生を掃除機にするな。
『んっとねー。待って、今元の姿戻って表面に押し出すからー。うわ、気持ち悪いくらいあるよ翅!!』
そりゃそうだよじじいが死んでから十年以上掃除してないから。カビだの埃だの古びた空気だの、とりあえずそこは腐海の森のはずだ。
「よし、明かりよろしくいつき!」
「ったく。