隻が問題児のレッテルを貼られているなんて、見たことがないと。
隻を兄呼ばわりして、優しいと言うなんて。隼たちを助けなかったことを後悔する日がくるから止めたかっただなんて。
「――一番嫌いな言葉だったんだよ。俺にとって、『兄』って言葉。一番嫌いだったんだ」
昔なら、ひどい
けど、あの時言ってくれた千理の言葉は。
悔しいぐらい、聞こうとしていて。
恥ずかしいぐらい、嬉しくて。
「……バカの戯言なんて≠チて、きっと昔だったら……鼻で笑ってたと思うけど。なんか、バカすぎて逆に、なんか……な」
いつきはただ聞いてくれていた。優しく笑んで、それこそ兄のような
枕投げの大乱闘は、隼がついに影でこそこそ投げていたことがばれて、前線に引っ張り上げられていた。
「千理のせいで気づかされた。意固地になりすぎてたのは俺のほうだったよ。隼はとっくに気づいて、やめてたんだ。――家に帰って、あいつが俺の
本当にバカだったのは、自分だった。
本当に子供だったのは、変われなかったのは。自分
気づかせてくれたのだ。
「最初は事故に巻き込まれただけだったけど――今じゃ俺にとってはみんな、大事なダチだよ」
「……そうか。なら、ダチだと言ってもらえた分まで生きるかな」
「当たり前だろ。生きてもらわなきゃ困る」
「そりゃあ困るだろうな。言っとくけど、俺は最初からタダで死ぬ気はない。
いつきがにやりと笑った。隻はすぐに肩を竦めて笑う。
「はいはい、
「お前な……って、おい翅! ケータイ構えてこっち見るな!!
「バスケボール」
「ごめんなさい!!」
「え、撮ったらダメなんすか?」
全員、ピシリと固まる。
そういえば昨日も今日も、一番乗りで起きていたのは千理だったような。
「……お前まさか、撮った?」
「撮った」
「まさか、送った?」
「送った」
「誰に!?」
「え、おじさんとじーちゃんと天兄に
総員一斉攻撃。
枕とバスケットボールと、それから鉢植え、筆記用具。
家のダメージを緩和する耐圧用結界がまたも貼り直しする羽目になったのは、言うまでもない。
『皆様随分と賑やかですな』
「っ、鴉!?」
鴉が隻の肩の上に停まり、『遅れて申し訳ございません』と帰還の
『噂によればその怪談、どうにも数年を経て移動しているようですな。去年は文京区で、二年ほど前は埼玉南部。五年ほど前は品川区辺りだったそうでございます』
響基が一瞬にして困惑し、白尾ノ鴉に目を向けている。
「数年単位で移動してるにしては、段々移動するスピードが上がってないか?」
『私めも、恐れ多くも同じ意見ですな。怪談の類は多くが
ファッションなどの流行の波が、世代で変化するような感覚なのだろうか。確かにそれを考えると
隼が眉をしかめて
「同期にメール送ったら返ってきたぜ。今回のとは違うけど、プールの怪談……廊下を歩く足音……あー、これも記憶違いじゃなかったんだな。中学の屋上に行く階段。あそこで警備員には会ったらいけないとかっていうのがあった」
「なんだよそれ」
「お前その時間には部活終わって帰ってたもんなー。不良がよく夜に溜まってたろ。先生に見つからないように。それを追い返すための口実だと思ってたんだよ。けど実際、別の学校じゃあ、その手の怪談を利用して、行方不明事件が起きてるって言う話も聞いたぜ。高校入ってからだけどな」
翅の顔がさぁぁ、と青ざめている。幽霊恐怖症の耳を響基が
いつきが眉根を寄せているではないか。
「翅は今回本気で期待できないな……にしても、今回のは一味違うとして……怪談を
「ただの
悟子の呟きに、響基も頷いている。
「隼さんの知ってる怪談話、それ行方不明事件って言うより、間違いなくこっち側の連中がやってる事件だと思う。この辺りの怪談が危険だってわかった以上、やっぱり一度外に出たほうがいいかもな」
出るなら――いつがいいだろう。一度頭の中を整理して、出る答えはというと。
隻は諦めたように溜息をついた。
「今が一番、丁度いいよな」
「今なーんじ!」
「十時。お前ら騒ぎすぎ!!」
明日は睡眠不足に、直接おもてなしを受けそうだ。
夜の学校ほど不気味なものはない。よく聞く言葉だが、その学校への道中のほうがよほど大変だ。
翅が無表情なのである。
真顔ではない。無表情だ。
歩みはスムーズなのに声は固い。深夜近い中コンビニを過ぎ、飲み物を買うかで一度だけ足を止めた面々の中、足の震え方が一人だけ半端ではない彼に、主に悟子が呆れ果てていた。
隻も呆れなかったわけではない。ただ気持ちがわからなくもないだけに、根性無しと言えないのだ。
隻も翅も、昔は幻術の世界など全く無縁の生活を送っていて、幽霊の話など信じていなかった。その手の連中をビビり屋扱いしていた。だからこそ改めてこう思うのだ。
大変失礼いたしました……!
「しっかしまさか、こんな理由で学校行くことになるなんてな」
「ある意味
「うへぇ……寄りたくねぇって……黒歴史
隼の苦いものを
「あ、あれ? あの声……ちょ、学校の前に人がいる!」
「あー、まずいっすね。警備員さんだったらアウトっしょ」
「隼いるもんな」
ただの霊視能力者であって、幻術使いのように衣で姿を隠せない隼は乾いた笑みだ。悟子が困ったような顔で目を
「響基、人数は?」
「三人。二人は男。で、その二人が
「はあ!? なんで!?」
沙谷見兄弟が異口同音に叫び、いつきが苛立った声で「煩い」と一言。響基はなんとも言えない顔をしているものだから、思わず隻と隼は走って――
「お前後からでいいだろ!」
「はあ? 後輩のピンチに出て行かないような奴かよおれは!」
「あーあー言ってろチャラ男の又かけ! 散々
「それとこれとは別、お先!!」
「っざけんなすっこんでろ!!」
ぎゅん。
互いに
夜中でもわかる片方の特徴的な髪型に、隻も隼も、同時に緩やかに失速した、
歩き始めた。
「
「バカみてぇ……」
自分たちが。
伊原の
隼が先に行くと言ったその言葉に任せ、隻は伊原のほうへと歩いていく。
すたすた、すたすたすた。
言い争う青年二人は気にした様子がない。むしろその隣にてそっぽを向いて退屈を表していたショートヘアの今年二十歳になる女性が、驚いたように自分たちを見てきた。
隼が笑顔で手を上げ、それを合図に双子の加速が始まる。
「何近所迷惑かましてんだ
「ぉうっふ!?」
どふぅっ
背中と、腹。青年たちそれぞれにめり込んだ拳のせいで、どちらも道路に
女性が呆れた顔で淡々と「あーあ」と漏らしている。隼が脱力し、女性へと手を軽く上げて挨拶した。
「
「お久し振りでーすセンパイ。先輩たちのほうはどうしたの? 二人
そういう士も、変わったよな。
昔は割と活発な性格だったと思うけれど、随分とまあ淡々とした口調になったものだ。隼が頷いて笑い、「一応仲直りミッション達成」と報告している。
士が目を丸くし、自分たち双子を交互に見てきた。
「へえ……ええー、本当に? うわあ、それはおめでとうございます。あー、さっきの写メっておけばよかったかな。
「お前な。そういえば大学行ったのか?」
「んー、行ってない――ん? あれ、ねえ、あの集団……」
後ろの面々を指差され、振り返る隻。ああと頷き、士へと顔を戻した。
士の兄と、伊原が腹と背中をそれぞれ押さえてよろよろと起き上がってきた。
「俺のダチ。今全員でじじいの家に泊まってるんだよ。あそこ空き家になってたから」
「いいなー面白そう。あたしもまざりたい」
「おもしろ!? 女いないんだぞ冗談でもやめろ!」
「そうですよ女性が来るところじゃありません!!」
聞こえたのか。
悟子の眠たそうにしながらも全力の力説に、士が目を丸くしている。