Under Darker

 第2章極夜の間奏曲

第06話 03
*前しおり次#

「チビちゃんまでいるの? うわー深夜にうろつかせたらダメでしょ」
「チッ……!?」
 悟子だけでなくいつきまで、頬をビシッと引きつっている。響基が生温かい顔で隻の隣まで来て、疲れたような顔だ。
 溜息なのか笑いなのか、それすらも判別できない息を漏らしている。
「やっぱり……」
「あ、そういえば言ってなかったよな。こっちの前髪から反抗期な奴、俺たちのバスケの後輩で、伊原の同学年な。八占やうらきざしと、一つ下の妹のつかさ。士は中学の時は陸上だったよな」
「そうでーす」
 確認しようと士に振り返れば、見事にそっぽを向いている。普段人の目を見て話すはずなのにと意外に思った傍、翅がうんと頷いている。
「久し振りー八占兄妹」
 隻と隼が固まった。伊原は不思議そうに隻と隼を見上げた。
 萌が苛立たしげに翅を見上げ、支えようと手を出した響基に舌を出している。
「なんでお前ら戻ってきてるんだアーホ!」
 ……。
 翅の表情筋が、口に綺麗な弧を描いたまま固まった。
「なんでだろうな、久々過ぎて笑えるよーその喧嘩の売り方」
 いつきがふっと視線を逸らしている。そんなことはお構いなしと言いたげに、萌は苛立たしげに翅に舌打ちし、そして隻にも睨んで頭だけ下げた。
 隼には表情を戻して「お久しぶりです」と、中学の頃と変わらない対応に隻は澄まし顔で応じる。反対に隼は苦笑い。
「お久。お前らそんなんだからバスケのレギュラーでも喧嘩するんだろ……」
「うっ、うるさいですってそれ禁句ですよ! どうせレギュラーじゃなくてひかえメンバーで終わりましたよくそう」
「オレちゃんと高校でレギュラーやったーさやせ先輩と」
手前てめえの話ゃ聞いてねえ」
 伊原と萌、見事に火花を散らしている。隻が疲れた顔で溜息をついた。
おさえないとぶっ飛ばすぞてめえら。それで何やってるんだよ、こんな時間に」
「……俺らは見回りです。最近物騒なんで、自警団代わりに家業のほうから手伝わされてるんです」
 冷めた声を聞き、翅がにわかに苛立った顔をしている。隻は気にするなと肩を竦めたも、響基やいつきまで表情が苛立っているのは、うろたえてしまいそうだ。
「ほー。まあお前んとこ商店街ぐるみで忙しいよなあ。じゃあ伊原は?」
「オレはその……弟が一昨日から家出してて」
「はあ!?」
 隻が素っ頓狂に声を上げると、隼があっちゃーと顔を覆っている。伊原が困り顔で頬を掻いていた。
「で、連絡つかないから、手当たり次第周辺探してるんです。友人連中当たっても引っかかんねえし。あ、家出の原因は親父なんですけど」
「あ、ああ……仲悪いもんな、お前のとこも」
「それ言っちゃダメですって……もうお手上げなんですよ」
 伊原の溜息が重たい。相談に乗っていたのは隼も同じだったらしく、隻と揃って同情の眼差しを向けている。
 萌は憮然と翅たちを睨んだまま。さすがに隻は苦い顔で萌に目を向けた。
「あまり刺々しくする必要ないだろ、知り合いなら。とりあえず伊原、弟見かけたら連絡入れる。無理するなよ」
「あ、ありがとうございます! あ、けど先輩たちもきちんと寝てくださいね。オレ学校回って」
「だから学校はやめろっつってんだろが」
「八占に言われる覚えなんか」
「あーあーわかったわかった! じゃあおれたちが見てくるよ、警備員きながらでも探せるから。なあ?」
 隼が止めに入った途端、萌がぎょっとして「だめですって!」と叫んでいる。ぽかんとした隻は、翅たちがにやりと笑ったのを見て気味悪く見えた。
「大丈夫大丈夫。俺たちその辺慣れてるから。なーいつき」
「当たり前だろ。さっさと校内見学して帰る」
「見学する気だったのかよ……伊原、とりあえず手分けするぞ。学校にいなさそうだったらメール入れるよ。お前もちゃんと寝ろよ」
 伊原が嬉しそうに顔をほころばせ、「ありがとうございます」と頭を下げてきた。翅たちへも「悪いな、東京楽しんでけよ」と声をかけて、門を過ぎて角の向こうへと走っていった。
 伊原を見送った後、翅たちが人目を確かめて衣を羽織はおり、一般人から見えなくする。
 ぎょっとした隻だが、苛立った顔をするのは八占の兄のほうだった。けわしい表情に隻ははっとする。
 こいつにも見られたらまず――
「お前ら……工作班アルシナに突き出されたいか」
 ぴたりと固まったのは、隻と隼で。
 翅といつきが鼻で笑った。
「お前こそどこに目つけてんの? 工作班アルシナにも実行班セグランサにも届ける必要は元からないんですー」
「……一般人前にして、調子づきやがっててめえ」
「え? 一般人? どこどこ?」
 探す仕草をする翅の見事な挑発の仕方といったら。隼が苦笑いしている。萌が苦々しい顔をした後、隼に躊躇ったように目を向けていた。隻にまで「すみません」などと呟いてきて、隻の視界を覆うように手を伸ばしてくる。
 ぎょっとして後ずさった隻はうっかり、衣を出しながら飛び退いてしまった。
 黒の衣を見た途端、萌も妹の士までも、愕然がくぜんと隻と衣を見つめている。
「なっ……! い、一般人だったんじゃ」
「……お前らも幻術使いだったのか……」
 隼が納得したように、けれど複雑そうに溜息をついている。千理が視線をらして乾いた笑いだ。
「そういや隻さんには教えてませんでしたね。八占って、オレらの業界じゃ名家の一つなんすよ。……召喚・操霊、それから独自の幻術形態、時暦ときよみを使う家系です。表じゃ占い師の血筋で、東京の術師じゃ知らない奴はいないんすよ。萌と士って名前は確か」
「――ああそうだよ。俺らは嫡子ちゃくしだ。本家じゃなくて分家だけどな」
 兄が諦めたように吐露とろし、士が面倒くさそうな顔。隻は愕然とし、隼は「道理でな」と遠い顔だ。
「お前、おれが霊見えるって言った時、思いっきり信じてくれてたもんな。見えない隻がおれと仲が悪いって知って、お前まで嫌ってただろ」
「当たり前です。理由も知ろうってしないで、自分は被害者だみたいな言い方しやがって……冗談じゃねえよ、力が手に入ってやっと仲直り? そんなご都合、今まで苦しんでた隼先輩のこと本当に見てなかったくせに!」
「おい、矛盾も大概たいがいにしろよ」
 光の衣をまとった萌に、翅が鋭く睨んでいる。
「苦しんでたのがどっちか上か下か知ったこっちゃないけどな、お前の今の発言は同じように苦しんでた隻さんだけ見てないってことだろうが。ご都合? てめえのものさしで物言うならてめえの考えはかり違えんな」
「黙ってろ部外者」
 萌が苛立たしげに吐き捨てる。口を広げた翅に、隻は口を塞ぐように手を上げた。
「いい。どっちもどっちだったんだ。別に萌にご都合に見られようがどうだろうが、それこそ個人の勝手だ。だろ」
「――そうやってすかして……とにかく、今回夜に学校には近づかないでください。隼先輩を連れて行く気ならなおさら承知しない。今年は真面目に、霊能力者は学校に行かないほうがいいんですよ。士」
 士はひとつこくりと頷くと、闇色の衣を纏う。隻たちへと「帰り、気をつけてー」とのんびりした口調で伝えてくれ、隻も隼も礼を言った。
 二人揃って、身体強化を使ってあっという間に駆けていく。
 夜の学校に。
「……翅、ありがとな」
「――いや、うん。……時と場合考えて言えばよかった。ごめん」
「気にするなよー。あんまり気にすると隻が気負いするぞ」
「おい隼どこに目つけてやがるっ」
 ほらな照れたと笑う隼に、千理と響基が吹き出して笑う。隻はそっぽを向いて溜息をつき、学校を見上げる。
「――で? 隼、このまま帰るか?」
「はっはー冗談。おれの学校で余計なことさせるかよ。三人寄れば文殊の知恵、これだけいれば数珠じゅずりだろ」
「強制的に止められてないならこっちの勝手ですしね」
 悟子のぼそりとした言葉に、全員が思わず親指を立ててサムズアップした。
 隼含め皆、心を一つに思い描いた言葉はただ一つ。
 俺たち悪い子です。


ルビ対応・加筆修正 2021/03/21


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