Under Darker

 第2章極夜の間奏曲

第10話 02
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「誕生石なんだと。誰かいたらやれって書いてある」
『きっと悪い力を払ってくれる』――か。
 この手帳の日付も、オパールも。偶然とは思えない。
 言葉を飲み込んで千理にオパールを押し付けて手に握らせると、千理が目を見開いた。
「うっそい……そっか、隻さんが認識してるからこれ以上食い込まないんすね……兄煩いっすよ――いだだだやめろっての!!」
 後ろで何か騒いでいるが、無視。
 丸い石ころは守り石。家を守っている石だから、これは持ち出し厳禁とのこと。そっと元の場所に直し、優しく撫でてやった。
 桜の花のほうは、幻境げんきょう――? そういう地名でもあるのだろうか。そこに行くのに必要になるらしい。香りを行けば願い事が叶う神社の守り神≠フ前で自身に振りかけると、そこへ行くことができる……?
 貯金箱の中にあった銀輪つきのビー玉は、自分が今見ることのできない世界を覗くためのものだとか、どうとか。
 ひとまず手の平に乗せていたビー玉を摘み、覗き込んでみると、いきなり目に飛び込んできたのが海理なものだから悲鳴を上げてった。どうしたのかと寄ってきた千理の頭を思わず殴りつけ、胸を押さえてひたすら細い息を吐く。
「お前まで覗き込むなよ海理!!」
「オレ殴られた意味ある!? ――れ? もう薬の効果切れ始めたんすか?」
 首を振り、ビー玉を見せた。千理が手にとりしげしげと眺め、虫眼鏡のように覗き込んで部屋を見渡し、歓声を上げている。
「すっげえ、もしかして一般人の視界が見えてる!? 部屋の中のものとっかえひっかえになってますよ! 万理、ちょいこれ見て、すっげー面白いっすよ!」
「……自分が見えていない世界を見せるビー玉って、本当のことだったんだな」
 万理も感嘆の声を上げている。目を見開いて食い入るように視界を回す少年は、年相応に戻ったかのようで微笑ましく映る。うずうずする悟子に、万理が笑って順番を譲っていた。途端に目を輝かせてビー玉の向こうの視界を堪能している彼らに、隻はぽかんとした。
 貯金箱は見えなくても、ビー玉は見えるなんて不思議だ。貯金箱が隠していたから、ビー玉も見えなかったのだろうか。さらにノートを読み進めてみよう。
「刀ってこれですね? ――『景霞かげかすみ太刀たち』……未來さん、聞いたことありますか?」
「いえ、初めて聞きます!」
 振り向かなくてもわかるほどに、目が輝いているんだろうな。
 結李羽が不安そうに近づいてきた。
「『景霞の太刀』……?」
「そこの刀かける場所にある刀なんだけど、やっぱり見えてないか」
「うん。刀、それだけじゃないよね?」
 頷いた。記述の中には別の刀もあると書いてある。机の後ろ、壁との隙間にひっそりと置いてあるらしい。取りに向かおうとした時、ふと足が止まった。
 ――それだけじゃないよね
「隻くん……?」
 ……気のせいだ。きっと結李羽は、他に刀があったらいけないからと聞いただけのはずだから。
 一瞬早まった動悸をごまかすように、ノートへと目を落とした。
「――面倒なところに入ってるな。後で出すか。あと……」
 ページを捲り、目を見張った。
「……そのやしろ、望んでも行くこと叶わず」
「え?」
 悟子が耳を疑うように聞き返してきた。隻は続ける。
「想いせ、探せど探せどいずこか彼方かなたに消え失せる。狭間はざまでその鍵開けられる日を待ちいたり。想い人と逢瀬の時、待ち人迎える道が参拝の吉日となる――待ち人を探し、待ち人に会おうってする男女が、待ち合わせ場所に向かう途中に、神社が見える……?」
 ――どういうことだろう。
 さっき書いてあった、行くことが叶わない神社の記述にしては、なんだか妙だ。
 神社の守り主の名は――
留華蘇陽とめはなのそよう……!」
 なぜすぐに結びつかなかったのだろう。浄香に案内されて着いた神社で浄香と相次郎が再会したのだから、留華蘇陽の神社のことが書かれていて当然だったのに。
 そういえば、あの神社は五月だったのに桜の花が咲き誇っていた。留華蘇陽が言った桜はもしかして。
 印籠をポケットから出し、紋様を見やる。
 桜。
 棚に飾られた、枯れてもいない枝付きの花も、桜。
「そういうことかよ……!」
 だからあの女性は、役に立つと進言してくれたのか。
 隻が相次郎の孫だと気づいたから。浄香を守る印籠を、自分が持っていたから。
 浄香と留華蘇陽は知り合いだった。そして間違いなく相次郎も。でなければ印籠もこの桜の枝も、ご丁寧に用意されるはずがない。
 けれどどうやって行ったのだろう。恋仲の男女が待ち合わせない限り行けない神社なのに。祖父と祖母は見合い結婚だったはずじゃ――
 言葉が途切れた。もう、随分と発していなかったような気もするけれど。
 納得してしまう以上に、何かが胸をえぐった。
「――隻さん」
 悟子が不安そうに、言いづらそうに、隻の足元を見て声をかけてきた。
「浄香さんの言葉、伝言します。――『もう終わった話だ。あれは奥方のことを、確かに信じていた』」
 何を見ていたか、何に気づいたのか。バレてしまったのか。
 隻は悟子が向けていたその場所に目を落とし、力なく笑った。
 別に、祖父が昔誰に恋をしていたとか、そんなことにショックがあったわけではない。
 ただ――そう。祖父を最期まで、ずっと見守ってくれていたのは彼女だったと、気づいたのだ。祖母は先に亡くなっていたから。
 どれほど時間が経っても、印籠の件があろうとなかろうと。
 祖父を、息子家族である自分たちよりも見ていたのは。彼の理解者だったのは。
 彼女だったはずなのだ。
 ノートの先頭、祖父の手紙を読むに、晩年の彼は幻生を見れなくなったのだろう。それでもなおしたい続けてくれていたのは、浄香と――
 この家に鴉石と羽根を置き、はな提灯ちょうちんまで白くしていた鴉だったはずだから。
「……バカだろじじい……礼、まともに言ってるのかよ」
 自分を庇ってくれた地獄の鬼に。白尾ノ鴉に、留華蘇陽に。
 そして何より――
 悟子がぽつりと、教えてくれた。
「言うどころか、近くにいたのを知っていて、笑いながら最後に『ネズミならそこにいるぞ』って言ったらしいですよ。……浄香さん、ネズミ嫌いなんですね」
 ぶはっ。
 数人分の吹き出す音が響き、隻も肩が笑ってしまった。
 だからか、猫に化けてるの!
「――ありがとな、バカ猫」
「あっ!? ……あ、あれ? 隻さん痛くないんですか?」
「は?」
 悟子と万理が、そろそろと視線を逸らした。
 ……引っ掻いたか噛み付かれたかしたのだろうか。


「おーう、じゃあよろしくな、親父」
 合計九人。天文台に行くにしても人数が多いと頭を悩ませていた隻に、何故か父と隼が運転手を買って出てくれた。父が動くと聞いて慌てて顔を上げた隻だが、電話を切った隼は呆けた顔だ。
「伝言でもあったか?」
「伝言も何も、親父仕事明けで疲れてるだろ!? 運転手させるなよ、俺がやるから!」
 納得したように何度も頷く双子の兄に頬がぴくりと持ち上がる。なのに、隼は真顔で一言物申してきた。
「お前免許取った後から一切乗ってないだろ?」
 ……ペーパー、バレてた。
 隼の運転技術に疑心の目を向ける翅たち。その一方で、万理がそわそわとしていて、いつきが意外そうな顔で彼を見やった。
「どうした?」
「……そ、その……この近く、コンビニありましたっけ?」
「え? ああ、出て左に真っ直ぐ行けば――あ」
「ありがとうございますちょっと行ってきます!!」
 言うが早いか、飛び出していく万理。千理がぽかんとする中、響基が慌てて追いかけていく。気づいた隻といつきと悟子、遠い顔。
 乗り物酔い、しやすいのか。
 悟子と万理は父の車のほうがいいだろうか。でもあの車、確か……タバコ臭いから、乗り物酔いしやすいなら余計吐きそうだけれど。
 車を取りに行った隼は、レンタカーで戻ってきた。その間に万理は隠れて酔い止めの薬を飲もうとしたのに、心配した響基の視線で一番ばれたくなかった千理に知られていた。
 父の車のクラクションが聞こえ、一同揃って外に出る。戸締りはあらかじめしているものの、なんとなく振り返った。
 浄香、海理、白尾ノ鴉は既に外に出たと、皆から教えられる。振り返った玄関は、奇妙なものの姿など一切ない、幼い頃見ていたそのままにすら映った。
 ――確かに、自分はこの視界で、これだけしかない世界で過ごしていたのに。
「隻さーん行くってさー」
「ああ――だからさん付けなくていいって言っただろ!」
 翅に返しつつ、急いで向かう。
 玄関の鍵を閉めた時、ふと声が聞こえた気がして振り返り――すぐに車へと急いだ。

 気をつけろよ

 ――昔聞いたような、誰かの声を。


「暑い暑くないやっぱ暑い!」
「翅うるさい!!」
「響基うるせえ」
「え!?」
「――って海理が」
「聞こえてたよ!!」
 腹を抱えて「二重音声ー!」と笑い飛ばす千理と隼。
 悟子が微妙そうな顔で、万理は無を貫く気か涼しい顔で、それぞれ隻の父へと礼を言っている。
 年齢も立場も上なはずの連中はこの有様か。あいつらに恥ずかしいという単語はないのだろうか。
 ……隻も礼を言うより手を上げただけで終わらせたから、人のことは言えないか。


ルビ対応・加筆修正 2021/03/22


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