Under Darker

 第2章極夜の間奏曲

第10話 03
*前しおり次#

 結李羽と未來と父の会話を聞きつつ、天文台へと全力で走っていく千理と翅の、兄弟さながらな競争を見送る。いつきが隣に来て、やはり冷めた目で二人を見送っていた。
「バカか」
「バカだろ。他に何かあったか? あれ」
「ないな。まだ海理たちは見えてないのか?」
 隻は頷き、辺りを見回す。いつきが肩を指し、「そこに浄香がいる」と教えてくれたも、なんだか奇妙だ。重さもあの毛並みも全く感じない。
「……えっと、じゃあ白尾ノ鴉は?」
「お前の頭の上」
「海理は」
「千理追い越して真顔で入って行った」
「……秋穗は?」
 座敷童の名前を言えば、結李羽のほうを見やって――いつきが目を丸くし、周辺を見渡している。しばらくして何かに服を掴まれたように一度止まった彼は、はっとして見下ろしている。
 自分の真後ろを。
「……す、すまん……はっ!?」
 手を繋ごうとでも言われたんだろうか。全力でさすがにそこまではと言っているのを聞くと、どうにも恋人がいないというのは本当――
 いつきがふと携帯を取り出し、はっとした顔でメールを打ち始めた。終えた後の彼の表情は若干いつもより活き活きとしているのが見て取れ、隻は目を据わらせる。
 先に歩き始めたいつきは、思い出したように隻を見てきた。
 何故かぽかんとされる。
「お前どうした、眉間にしわ寄せて」
「いつきに一番言われたくないなそれ。誰がリア充だよ、あ?」
「はっ!? ……ち、違う今のは」
「じゃあ誰だよ」
「スヴェーンの知り合いだ!! この間京都駅で一緒に結界張った――」
 結界を一緒に張る? ……スヴェーン?
 あの時は家の人間のほとんどがかなり衰弱していたはず。いつきと協力して結界を張れるだけの体力を持ち合わせていた人が、この間の件でいたのか。
 隻は意外に思いつつ、「ふうん」と呟く。
小堺こざかいれんの家、凄いんだな」
「……なんで煉を知ってる?」
 ……………………。
「ワンモア」
「だから煉のことをなんで」
「俺が聞きたいよ! こっちは清水寺の時に知り合ったんだよ悪いか!? 結界の件で会った!? 嘘だろあの子人見知り激しくなかったか!?」
「あ、ああ。その後まあ……面談があって……」
 前についている三点リーダのせいで、面談が見合いにしか聞こえないのは気のせいか。
「その後から多少連絡しているだけだ。――それがどうした!」
「……別に」
 なんだか疲れてきた。阿苑の当主で、二十四歳で女性と付き合っていなければ、縁談の一つも持ち込まれるか。そも、性格というか口調に難ありないつきが見合いと言われたとしても、「ああそう」で終わる話だけれど。
「……女子からメール来て活き活きしてりゃあ、誰だって気づくだろ表情隠せ!」
 よりによって、煉。まさかの自分の知り合い。しかも十歳近く歳が離れていそうな子。
 衝撃を受けたいつきを放って、隻はさっさと歩く。なんだか頭が痛くなってきた。
 天文台の中に入れば、既に悟子が目を輝かせている。万理も滅多に足を運ばないのか、自分が普段来ない場所だからか。熱心に資料を読んでいるではないか。
 微笑ましさに目を細め、千理たちを探せば……いない。
「あのバカ二人どこ行った」
「天体望遠鏡がどうとか言って、奥に行ってたよ」
 響基が目をすがめながら写真を見ているのを見て、隻はぽかんとした。
「お前目悪いのか? ――あ、そうか。耳のほうが強いんだっけ」
「ああ、うん。奏明院の人間は随分と昔から目隠しして過ごしてた一族だから、元から目が退化してるんだ」
 視力の問題ではなく、退化。
 改めて聞くと言葉が出ない。響基が「気にする話でもないよ」と笑ってくれたからいいものの。天文台に来て、楽しめているか申し訳なくなってしまう。
 写真も恐らくだが、綺麗に見えていないのだろう。色が欠けているかもしれないし、そういう人は世の中多いとも聞いたから。
「――来て、大丈夫だったのか?」
「大丈夫だよ。見えなくても見えるものはあるし、見えないからこそ見えるものもあるから。例えば悟子の嬉しそうな顔とか」
 言われ、中学生を見て。確かにと笑った。
 活き活きと目を輝かせて、写真も資料も食い入るように見ている悟子は、万理にわからない単語を聞いて自分なりに解釈しようと一生懸命だ。教える万理も楽しそうで、笑顔が絶えない。
 素直に、響基が凄いと思えた。
「おー楽しんでる? 翅と千理は?」
「奥行ったよ」
 隼がなるほどと、奥のほうへと向かっていく。いつきが真剣に悩みながら歩いているのを見て、隻は目を据わらせた。
 わかりやすすぎる。何に悩んでいるか、本当に。
 響基も、口の外にはほとんど漏れていないはずのいつきの呟きまで聞こえたらしい。笑いを堪えている。
「隻ー、ここプラネタリウム見れるぞ」
「あるんですか!?」
 悟子と万理の、声まで飛び跳ねた揃った音。
 隻の父、幸明が笑いながら頷き、隻へと紙を渡してくる。
 驚いた隻に、父は朗らかに笑っている。
「もうすぐ上映らしい。ほれ、行ってこい」
「え、いやっ、俺出せたって!」
「いいよいいよ。楽しんでこいや。席は自由らしいぞ、早く行ってこい。誕生日おめでとさん」
「……あ、ありがと」
 しどろもどろになりつつ受け取ると、父が笑って「タバコありがとよ」と言ってきた。にやりと笑って返し、すぐに万理たちと奥に行く。
 途中、結李羽と未來も見つけ、誘ってプラネタリウムのドームまで皆で向かった。誰が誰の隣に行くか、何列まで陣取るかで、合流した隼やいつきも含めてやや揉めて。
 千理と翅はと周囲を見渡して、隻といつきは目を据わらせてプラネタリウム入り口まで急いだ。
 大の大人が子供用の写真撮影コーナーで何ふざけてるっ!
「すみません、七人だったんですけどチケット間違えて多く購入し」
「いやあああああああああ置いてかないでえええええええええっ!」
「公共の場で叫ばない!!」
「ごめんなさい!!」
 中学生に怒られる大学年齢二人に、周りの生温かい空気が流れた。隻は溜息をつく。
「人数合ってます」
 全員通してもらった。
 奥に向かう途中も、煉のことで悩んでいるのだろういつきは前が見えていない。隻は肩を突いて意識を現実に引き戻させた。
 悟子がただただ嬉しそうにしているのには、未來が微笑ましそうに声をかけていて。
 結李羽に目をやると、やたらと周辺をきょろきょろと見回しているではないか。驚いて歩く速度を落とし、千理たちに先に行かせて声をかける。
「どうした? 何か落としたか?」
「あ、ううん。秋穗ちゃんどこ行っちゃったのかなーって……あ、いつきさ――あ」
 いつきの傍にいたのだろう。その前に様付けをしてまた怒られると笑う結李羽に、隻も笑ってしまった。
 けれど結李羽は、なんだか落ち着かない表情で。
「……隻くん、大丈夫だった? その……おじいさんの件……」
「は? ――ああ。本人たちが気にしてないみたいだし、俺らが気にするのもあれだろ。――やっぱり気づいたのか」
 頷く結李羽に、隻は苦笑いした。祖父と浄香の関係は、結局友人止まりだったとしても。その奥にずっと残っていた想いは、わからなくはないのだ。
 だからこそ、結李羽は心配してくれたのだろう。
「隼くんは気づいてなかったみたいだけど……」
「あいつには細かいところ、伝えてなかったしな。翅にも話したけど、苦笑いされた」
 その苦笑いしていた本人は、どこに座るかでしばらく問答していたようだけれど。響基の隣に行こうとしたのに、そこを千理が既に押さえていたせいで。
「お前何してくれちゃってんの。そこ俺のポジション、俺の場所なの。変われよ、ほら響基嫌がってんじゃん、響基は俺のほうがいいんだよ」
「どっちでもいいかなあ」
「おい親友の称号どこやった!」
 千理は不機嫌そうに口を尖らせて「いいじゃないすかオレここでもー」と駄々をこねる。苦笑いを浮かべる未來が会話に入れていない。翅の隣に行きたいはずだろうに。
 万理が冷めた目で兄を一瞥いちべつし、固まって座るならと端の辺りに座り、通りのいい声で一言。
「バカやってないで静かに座ってください」
 そそくさと、全員が所定の位置に着いた。
 ……万理の影に多生の怒気の使い方が見えた気がする。
 目を輝かせる悟子は、いつきと共に一番天蓋を見やすい場所を譲ってもらったようだ。隣の万理に礼を言っていた。
 結李羽が更に奥へと行こうとして、隻は手を掴み、隣に座らせた。ぽかんとした結李羽は嬉しそうに笑って、荷物を下に置いている。
 上映が始まった。今年見える星の話から入って、食い入るように見上げるいつきと悟子の目は本気そのもので。
 前の席では隼が早速寝にかかり、翅が腹いせに膝を抓って起こし、千理と響基はそれこそ兄弟のように小さく会話しながら楽しんでいる。
 万理は――疲れからか寝ていた。
 未來は目を輝かせ、自分が知っている知識であってもその目は語る。
 そこの詳細はあの論文に繋がって、それで有名なあの博士がこう推論されているんですよね! 現在あの星は寿命がどのぐらいかとかあああああああもう資料最高!!
 ……とりあえず、そんな感じで楽しんでいそうだ。
 浄香たちはどうだろうか。
 周囲を見渡すと、結李羽が驚いて見てくるなり、くすくすと笑っている。
「隻くん、鴉さんゆっくり見れてないよ?」
「え? ……頭の上だったのか」
 苦笑し、姿勢を戻した。結李羽の手が優しく、手を握ってきてくれる。
「ありがとう」
「――俺、今回本気で何もできてないんだけど」
 運転取られたし。チケット代も出されたし。
 出番もないまま礼を言われるのも複雑で。
 帰りの土産屋で、それぞれにプレゼントを渡すと大はしゃぎされ、むず痒かった。
 ただ、隼が期待した目で見ていたから、手の平サイズの袋を握るとカエルが跳ぶだけの安い玩具を買って渡してやり、落ち込まれた。
 言わなければ、カエルの玩具など渡さなかったのに。


ルビ対応・加筆修正 2021/03/22


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