「千理たちは最初からそんなのなかったぞ」
「たち、ってことは……」
「ああ、あいつの兄貴からな。長男は十歳、二男は八歳。で、千理は……あの時三歳か。あいつらがその歳からの付き合いだ」
「それもう仕方ないレベルだろ」
まさか思ったことを響基が先に言うとは。その響基も懐かしんでいるのか、「俺と会った時もそのぐらいだったなー」と呟いている。
「ばあちゃんによく
いつきも頷いて、「お前とはもう少し小さい頃だったな」と返している。響基自身は幼少期なために覚えていないのだろう。手を振って忘れたと返している。
「そういえば、昔の千理たちってどんな感じだったんだ?」
「いたずらの
納得しかない。
「あと海理と天理――長男二男が揃ったら
少し意外だった。
不機嫌そうな顔が多かった彼の笑みが、嬉しそうだったのだ。
とても優しい顔だった。
「人の目の前で容赦なく吐いたあいつが、今では懐かしいな」
「ああ、幻術でいたずらの罠を作っては吐いてたよな。幼稚園児の時で既に三つ作ってたんだろう? 海理と天理も相当だったけど、あそこの家の精神力は底抜けてるよなあ」
……だからって、吐くまで作るか。
それにしても、いつきが千理に対して優しい顔をするとは、少し意外だった。京都市内のホテルより高く打ち上げても、兄のような顔で笑うなんて思わなかった。
ただ、いたずらの天災児という評価が的確で、隻は溜息が重く出る。
「
「ああ、そこの紙の山に隠れてるだろ」
「何やってるんだよあいつ!!」
「そういう奴だからな。それで、何か用件があったんじゃないのか」
翅が思い出したように手の平に拳を打ちつけた。そのままぽんと、隣の響基の肩に手を置いている。
「そうだった説明よろしく」
「翅!? ……えっと、俺たち東京に行ってくるから
「ちょっと待て話飛びすぎだろ!」
突っ込んだ隻に、いつきは慣れた様子だ。呆れを見せつつ構わないと止められたが、慣れてどうすると内心ごちる。
……いや、慣れるか。そこまで長い付き合いなら。
「とりあえず理由からきちんと言え。なんでいきなり東京だ? また仕事か」
「その、俺が今回盆休みで帰省する予定なんだ。ついでに千理が前に住んでたアパート引き払うらしいから、翅たちに手伝い頼んでる。あと……当主からご当地土産のバナナ頼まれて」
「あああれか。……お前ら預けたくせに取りにこなかっただろ」
「うん。だから食って処理してくれてるかと」
「……すまん、当たりだ。妹の
「三箱全部を!? 一人で!?」
「いや、仲居やほかの養子と食ったらしいが」
焦った。一瞬千理以上の
襖が開けられ、仲居が茶菓子と一緒に緑茶を持ってきてくれた。礼を言い、配膳を手伝う隻に、いつきは驚いた顔。仲居が去ってしばらくし、響基が苦笑いした。
「……へえ」
「千理ーいいぞー」
がさごそ、もぞ。
シマリスが顔を出し、隻は目を丸くした。翅といつき、響基は生温かい顔だが。
〈あざーっす。しばらく来ないんすよね?
「ああ、いいだろ」
「お前っ……
解せない。お前が中にいるのはやめてくれと震えたくなる。
「想耀の姿のままのほうがかわいげあるよな」
「どこがだよ。中身
〈ひっでー! だからカバに謝りなさいって何度も〉
「まだそれ引きずってるのかお前……」
いつきの遠い顔には、響基も苦笑いが精一杯だったらしい。
千理が想耀の体で、いつきの肩まで駆け上がっていく。そこなら殴られないとわかっているのだろう。代わりに隻がジト目を向けるが、まるで気にした様子がない。
〈大体の話、翅たちがしてくれたんでしょ。ってわけでどうします?〉
「どうするも何も……適当に土産頼む」
〈あっれ、てっきり翅たち行っちゃうから淋しくなるとか思ってたかと〉
「……まあ、淋しいな。だからってどうしようもないだろう、
〈えー、高がじゃないっすよ、京都出るんすよ京都〉
――なんだろう、いつもならここまで食い下がっただろうか。
千理はもともと相手の感情に対して核心を突くような真似を避けていたはずだ。それなのに、今日はやけにざっぱりと切り込んだように聞こえる。
いつきも勘付いたのか、やや苦い顔になっている。
「千理……はっきり言え」
〈じゃあ言う。体調最近いいんでしょ〉
「言ってねえだろ。遠回しなのはレーデンの伝統かっ」
〈いや待って、話まだ続ける気あったんですって。体調いいなら一緒に行かない?〉
「せーんーりー。それは無理あるだろ、どう考えても」
言いたいことに気づいていたらしい翅も、見事に渋面だ。隻も同感と頷く。
「ただでさえ東京の空気の悪さは折り紙つきだぞ。そうじゃなくても夏場の移動じゃ間違いなく体に障るだろ。早めの帰省ラッシュに被ったら、いつきさ――いつ、き……体に負担かかるぞ……」
やっぱりまた睨まれた。一応訂正したが色々と恐れ多すぎる。シマリスは困ったように天井を見上げ、隻を見てすぐにいつきへと視線を戻している。
〈いや、ね? さすがにオレも昔だったら無理って思いましたよ。でもこの間の結界、二十四時間耐久レース状態だったのに、ほとんどやってくれてたんでしょ。それでこれだけ持ってるんですし……〉
「確かに体は大分持つようにはなった……けど、当主だからな」
〈今舞那が
――なんとなく、千理の考えがわかってきた。
翅は目を据わらせてもそれ以上言う様子がない。響基もさすが、翅以上に千理との付き合いが長い一人だ。見抜いて苦笑している。
千理はいつきに礼をしたいのだろう。羽を伸ばす時間という形で。
東京なら距離もかなりある。当主だからと周りが頼って呼び戻す真似もしない。京都府内では家の人間が頼ってくることを見越して、あえて府外に出る今誘っているのだろう。
「舞那は補佐って言ってもまだ子供だ。それにあいつなら俺が出るのを止め――ないか」
〈でしょ?〉
いや、でしょってお前な。
〈折角だし行きましょうよ。駅弁いっぱいあるんすよ。新幹線なら途中町の景色見えるんすよ。飛行機だったら雲の上の景色面白いですよ。スカイツリーと東京タワー上から見れるって特等席でしょ? 目の前に広がるんですよ。機内食のスープも熱いけどお勧めなんすよ。駅のホームとか飛行場とか音でっかいしうるさいし響基いっつも顔しかめそうですけど〉
「悪かったな、これでもエンジン音は好きだよ! あの一定のリズムを刻む心地いい振動と
「響基うるさい」
「うるさいな。……しょうがない、行ってやるか」
盛大に釘を刺されて落ち込む響基の隣で、いつきはくすぐったそうに笑っている。リス姿の千理が肩で
〈ぃやった! そうこなきゃ!〉
「お前な……」
翅と思わず声が
行きと帰りは飛行機と新幹線、どちらがいいかと声を弾ませて聞く千理に、ほんの少しだけ嬉しそうな様子を見せるいつきが考えている。兄弟の会話のようで、響基が微笑ましそうに見守っていた。
――なるほど、好かれるわけだ。
三年前、あのままの付き合いで終わっていたなら見られなかっただろう千理たちの姿に、隻も思わず笑みが零れる。
正真正銘、優しくてバカばかりな弟の面倒を見てきた翅たちは、兄の顔で笑っていた。この顔があるから、千理は今まで完全に壊れなかったのだろう。
〈あ、そういえばなんすけど〉
「なんだ?」
〈一応のど飴とあられ持ってきたんすけど、食います?〉
「ちょっと待てなんだその組み合わせ!!」
明らかにミスチョイスな組み合わせに突っ込んで、それが千理なりの優しさであると気づいたのは、夕方頃だった。