Under Darker

 第2章極夜の間奏曲

第12話「結李羽、語る」01
*前しおり次#

「――つかさちゃん。ごめんなさい」
 頭を下げる結李羽に、士は渋面を作っている。いつきたちも微妙そうな顔だ。
「……謝られる意味がわかんないんだけど。そもそも荻野さん、今の人格どっち?」
「――わかんない、かな。あたしたちでも、もうどっちなのかわかんないの」
 それほど深く、互いに結びついていたのだと気づいたのは、阿苑にいる修行期間だったという。
 いつきは出会った当初こそ、ただの違和感程度にしか認識していなかったそうだ。けれど修行の面倒をたまに見ている折、違和感が徐々に確信になりつつあったという。
「最初は幻術の才能が元々あったのかと思ってたが、特定の呪術だけ、かなりの威力を誇りすぎていた。元から知っているみたいに言葉も完璧で、人間の術師とは違う型も入っていたしな。荻野家の周辺にいる術師は八占ぐらいのものだ。まずいって八占の術の系統じゃなかったし、考えられるのは昔幻生に出くわしたか何かしたんだろうということぐらいだった」
 確信に変わったのは、結李羽がレーデン家に向かう数週間前。それほど長い間結李羽を探っていたいつきは、彼女を滅するよりも信じることを決めたのだという。
「少なくともレーデンの修行で、三年も踏ん張っている奴を好きだと言ってるんだ。付き合うのすら物好き超えてる連中の家に、養子にいった奴をだぞ」
 それ、俺にも万理にも失礼だろ。千理はともかく。海理はともかく。
 ジト目で睨むのは隻だけでなく翅もだ。千理は中空を見上げて「まあそうですねー」とぼやいていた。隻を引き込んだ張本人なのに。
「そいつを追いかけて、阿苑の修行についてくるだけの誠意も見せた奴だ。だから賭けてみたかった。確かに阿苑の連中を黙らせるのには反感も受けたが……舞那曰く『当主がルール』らしいからな。互いの目と、三年間と、人としての荻野結李羽を、阿苑は信じることにしたんだ」
 顔を洗ったはずなのに、また目が赤くなって潤んでいる結李羽の背中を、優しく叩く隻。
「どちらもわからない」。結李羽の言葉はつまり、そうなって随分と経っていることを示しているということ。なら、自分に向けられた想いは――
「……あたしが……結李羽が神隠しに遭ったのは、五歳ぐらいだったかなって思うの。もう大分記憶薄れちゃって、覚えてないけど……沢山木が立っている森みたいな場所で、黒い鳥居が寂しそうに立ってる場所だった」
「――地獄の色の鳥居、ですか」
 万理に頷く結李羽。弱ったように笑いながら、彼女は続けた。
「鳥居だって覚えてるのは、きっと鬼のほうだと思うの。――多分、鳥居の形。そこでしばらく気を失ってたあたしを、多分鬼は食べたんだろね。でも、あたしは起きちゃってた」
 喰らって取り付いたはずの少女に成りすましたと、鬼は恐らく思えたはずだった。けれど、少女の意識はまだ生きていた。
「その後は普通に、ずっと暮らしてた」
 違和感があったのも、覚えているという。
 元々結李羽自身はとても大人しい性格で、進んで人の輪に加わるのが苦手な少女だったそうだ。
 けれど神隠しから帰ってきた結李羽は、人の輪に自分から進んで加わろうとした。
 ただ、肌に合うことのない人々の輪に入っても、長く一緒にいられなかった。
「他にも出来るようになったこと、あったよ。足が速くなったり、ボール遊びが苦手だったのに、すぐにできるようになったり。人に怒ることだってできるようになったよ。――でもなんだかね、自分じゃないなぁって感覚がずっと残ってて。あたし以外の人の目で、全部見てるような感じがしてたの。結李羽のほうは」
 気がつけば、元気な結李羽が当たり前になっていた。元々の大人しい自分は、嘘のように。親も元気な結李羽を当然というように見ていて、笑いかけてくれていた。
 それが逆に、結李羽自身にひずみを与えてしまっていたのに。
「――中学にバレー部に入って、いっぱい頑張ったよ。高校も入学して、元気に笑うこともできてた。友達もすぐできたし、学級委員はしなかったけど、次の学期にはやってみたいなって思えてたかな。部活の体験入部が始まるちょっと前に逢ったのが、隼くんだったの」
 隼が懐かしそうに苦笑いしている。結李羽が笑いかけ、隻を見上げてくる。
「まだ部活を決めてなかったから、隼くんがバスケ部じゃないかって思って、体験入部に行ったんだ。その時に逢ったのが隻くんだったんだ」
 生温かい空気に包まれ、隻は乾いた笑いが浮かぶ。
 空気のことではない。偶然一緒に見学に来た伊原に世話を焼いてなかったら、同期の友人にニヤニヤ笑われなかったのかなと、思わず振り返っていたのだ。
「まさかなんすけど……勘違いしたんすか。隻さんと隼さんを」
「うん。双子って知らなかったし、沙谷見って珍しい名前だなぁって、遠目で名字見て驚いたぐらいだったから」
「は!? 会った時そんな近くなかったろ!?」
 驚く隼に、結李羽が照れたように笑っている。悟子が遠い顔でああと視線を逸らしたではないか。
「鬼の力も混ざっていたからでしょうね……」
「――それで体験入部に来て、ついでにマネージャーともあっさり仲良くなってたよな。俺に急に話しかけてきたのも隼の件があったからなんだよ」
 知ってたのかと言いたげな雰囲気に、当たり前だと溜息をつく隻。付き合う云々以前の問題で、告白された時にそのことに感づいたからこそ、彼女にあんな冷たい言葉を言ってしまったのに。
「最初はあんまりにも早い時期にマネージャーで来るもんだから、誰か先輩連中のこと狙ってるのかって思ってた」
「自分って思わなかったんですか……」
「万理、それ自意識過剰って言うぞ」
「大体誰に視線が多く向いているかで想像つくでしょう」
 ご尤も……。
 結李羽がくすくすと笑い、士は――呆れたようにそっぽを向いて溜息。
「リア充お疲れー」
「……お前中学の時付き合ってた奴いたろ?」
「あーそれ? 半年で別れた」
 せ、世知辛い……!
 士はふいと、結李羽のほうを見やっている。
「先輩たちに近づいたのって、結局何が理由?」
「ええっと……最初は格好いいなぁが理由」
 生温かい顔で、数名がうんと頷いた。
「その後は、優しいなぁって思って……相次郎さんのお孫さんだなんて、最初は知らなかったの。鬼のほうも、相次郎さんにお孫さんがいるなんて知らなかったから。まだ相次郎さん生きてて、お子さん――隻くんたちのお父様が、小さいぐらいかなって認識だったみたいで」
 やはり祖父と知り合いだったという、結李羽に憑いていた鬼は、高校入学時には既に結李羽自身の精神と、どちらともつかなくなっていたという。
「で、部活に入ったらね、隻くんに苦手そうな顔されたの」
 一度に冷めた視線を浴びる隻は、そっと視界を庭にやった。
 誰もわかってくれてない。当時の天真爛漫を越えた結李羽が、いきなり自分にだけ顔を輝かせて子犬のように走ってくる姿が、どれほど周りからも自分からも怖く見えたか。
 隼は微妙そうな顔。
「おれ、二年にはもうバンドに誘われてたからなー……部活サボってたんだよ、序盤かなり」
「……ああ、いなかったなそういえば。だから双子って最後まで気づかなかったんだろ」
「うんっ」
 本当に元気がいい返事だ。
「隻くん、たまに体壊して休むことあったし、あたしもマネージャーからいじめられた件でたまに部活だけ休んでたりしてて。その時に隼くん来てたんだよね?」
「ああ、タイミング綺麗に被った……っていうより、わざとそういう日狙ってたんだけどな。二年になったらバンドもあって行く気力なくてさ」
 正直、隻は意外だった。
 バスケへの熱は自分と同じぐらいあったはずなのだ。隻がもつはずのトロフィーを自分の部屋に飾るぐらい執着していたのだから。
「バスケは好きだったけど、おれもあの時は隻と顔合わせて喧嘩するぐらいなら楽しいほうやりたかったし。こいつがいない時ならいいやって思って顔出してたぐらいだな。あと――まあバンドだとモテるし、霊は煩い音嫌いだから寄ってこないし」
 当時はそういう気持ちだったと、苦笑いして吐露する隼。結李羽も苦笑した。
「隼くん、隻くんとボールの扱いもポジションも一緒だったから、隻くんの代わりに代打みたいな形で入ってることよくあったの。隻くん、二年で選抜入ってたから。隻くんと隼くんがさやせとしやみって呼ばれてるの、どっちも沙谷見先輩のあだ名なんだなって思ってたの」
 そしてある日。人通りの少ない場所で結李羽はばったり会ったのだ。
 隼のほうに。
「今ならいいかなって思って、好きですって告白しちゃって。中庭だったんだけど、隻くんよく本校舎から芸術棟の購買まで、中庭使って買いに行ってるの知ってたから。でも、会ったの隼くんのほうで」
「――しかもタイミングよく、俺も目撃してたんだよ。それ」
 言うのも苦い話だけれど、結李羽一人に言わせるのは荷が重い。隼が懐かしいと笑えるのが逆に羨ましいほどだ。
「あれで隻とおれのこと間違えてるって、一発で気づいてたんだけどな。……おれあの時性格悪かったからなー……結李羽ちゃんの告白に乗って、隻と間違えてるってわかっててオーケー言ったんだよ。まさか隻が見てるって知らなくてさ」
「どう転んでも最低ですよそれ」
「うん自覚ある。結李羽ちゃんにもそれで見抜かれたんだよ。おれが隻の双子で、嘘ついたってのも。見抜いたの、結李羽ちゃんが初めてだったんだけどな」
 結李羽は苦笑している。隻も、正直に言うなら隼の演技力は神がかっているところがあると思っていただけに、意外だった。
「わかったよ。少なくとも隻くん、自分が思ったこと素直に言わないから」
 ぐっさり。
「あと――いつも自分の力を高めたいって前向いてるから、断られるのわかってたし」
 ばっさり。
「『付き合ってくれるの?』って言葉も、隻くんだったらきっと『俺なんかより他のいい奴探せ』とか言いそうでしょ?」
 ばっきり。
 真顔で頷く翅と悟子。万理も千理も頷いているではないか。
「よく見てる」
 結李羽はおかしそうに笑って、ほっと一息ついている。
「すぐに謝ったの。謝ったんだけど、隻くんその時見てなかったみたいで。隼くんが先に隻くんが行っちゃったのに気づいてて、あたしは隻くんが来てたのから気づいてなくて」



ルビ対応・加筆修正 2021/03/22


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