Under Darker

 第2章極夜の間奏曲

第12話 02
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 ごめんなさい、間違えちゃって……。あの、もしかして先輩、ご兄弟ですか?

 ――え? あ、ああ……なんで本人じゃないって

 わかります。だってあたしの知ってる沙谷見先輩、優しいけど素直になりきれてないから。
 だから――失礼かもしれないですけど、お願いします。隻先輩の名前で遊ばないでください

「そこまで見破られてるなんて思わなかったけど、な。言われてびびった。しばらく意味わかんなくて、おれ部活もバンドも行かなかったんだ。バンドの連中は逆に、利用されてるほうが悪いみたいな、おれと同じ考えしてた奴多くてさ。一緒だったらおれの考え流されそうだって思って、考え込んでたんだよ」
「あたしは昼休みが終わる前に隻くん探そうって思って。他の誰かに、あたしが隻くんのこと好きだって教えられちゃうの嫌だったから。それで見つけたんだけど、隻くんあの時聞いちゃってて。機嫌悪くさせちゃってたの」
 苦笑する結李羽に、隻はなんとも言えず視線を落とした。
 むしろ傷つけたのは、自分だったのに。
「――結李羽は覚えてないだろ。俺、隼の元カノから八つ当たりされたことあって。その時にお前に当たりそうだったことあったんだよ」
 どうせ自分には代わりがいる。だからこんな扱いばっかりと、愚痴を零した隻に、結李羽は確かに言ってくれていた。
「沙谷見先輩は、一人だけでしょ?」と。
 あの言葉に救われていたから。だから、今思えばだけれど、結李羽が最初に一目惚れをしたのも、告白したのも隼だと気づいて、知って、むしゃくしゃしてしまったのかもしれない。
「あれから誤解解くの大変だったなぁー」
「……おれはおれで、『おれと付き合わなくていいのか』とか無神経なこと言ったしな……」
「あはは、言われたねー。きっぱり断ったの渡り廊下だったけど、移動教室で来てた隼くんのクラスの人全員に目撃されてたよね」
 うわあ。
 万理と悟子が顔を引き攣らせている。隼はげらげらと笑っているけれど。
「それで、おれのこと最低とか言ってくれた女子何人もいたから、『おれが悪かったんだ』って自覚がやっとできたんだよな」
「……ちょっと待った。まさかお前のクラスの女子が俺の名前叫んで探し回ってたの、そういうことかよ!?」
 笑いながら頷く隼に頭を抱えて項垂れる隻。結李羽が苦笑している。
「事情話す前に、『任せて、女の伝達網速いから!』って、一気に探してもらっちゃった」
「……それでか。名前叫ばれたのに気づいて三分で見つかったの」
「うん、隻くんに会えたの、隼くんのクラスの人が散って五分後だったよ」
「五分後!?」
 絶句する一同に、隻は遠い顔で頷いた。
 俺、真下の購買でパン買ってたし。争奪戦やってたし。その後トイレに隠れてるのを報告しやがったバカいたし。くっそ藤村。
「トイレに隠れたんだけど、隼のクラスの――誰だっけあれ。牧原か? さすがに女子入ってこないだろって思ってたら」
「入ってきたんだな」
 神妙な面持ちで頷く翅に、隻はぐったりして頷いた。
「入ってきた。慌てて個室閉めようとしたけど間に合わなくて」
「叩き出されたのか」
「ああ。髪の毛鷲掴みにされた。あいつ女子サッカー部で、すね蹴るっておどしつきで」
 見物客の前で見事釣り上げられた魚の状態にされた。女子男子問わず、釣り上げた女子に天晴れの拍手大喝采で。
 その後の全員散れという号令に誰一人逆らわなかったあの裏切り共には腹が立つけれど。その後誰も先生に報告することなく、牧原が怒られなかったのも腹立たしいけれど。
「その後隻くん連れてこられたんだと思うんだけど、隻くんが涙に弱いの、その時初めて知ったの」
「……いや、どっちかっていうと牧原が怖かった……」
 サッカー部女子、恐るべし。
「で、付き合うようになった、と……なんであたしたち、のろけ話聞いてるんだろーね」
「あ、あはは……だからね、その時には鬼もあたしも、隻くんのこと大好きだったから」
 ぶっと吹いてそっぽを向く羽目になる隻に、翅と響基が笑っている。
 結李羽は満面の笑顔。
「あたしたち、隻くんに救われてたの。少なくとも鬼ももう、人を喰らうことはできなくなってるみたいだし――あたしに協力してくれてるみたいだから。八占家の皆様を喰らったっていう鬼のことはよく知らないけど……ごめんなさい。あたしたち、まだ滅される気はないの。隻くんやみんなと一緒にいたいから、滅されたりしない」
 士の呆れたような溜息。翅がニヤニヤと笑い、「せーきーさーん」と声をかけてくる。
「よかったなー」
「……」
「あれ? おーい隻さーん? 耳赤いよ?」
「バスケボール!!」
「ごめん今は怖くない――で、隻さんはどう応える?」
 沈黙。
 結李羽がぽかんとして見てきて、視線を戻すに戻せない。結李羽が笑う声に沸騰しそうだ。
 顔が熱い自覚もあるのに……!
「あはは、今言いたくないんだって。恥ずかしいみたい」
「ゆ、ユリ!」
「そっかそっか。男前なのは高校時代までかー」
 ぐっと拳を固めたけれど、その後が震えて持ち上げるに持ち上げられない。
 未來が嬉しそうに満面の笑顔なのが、縁側に座る士のそばにいるせいでよく見えてしまう。万理のどうしようもないかと言いたげな溜息が聞こえてきた。
「兄さん、強制的に連身で探りますか?」
「万理!?」
「おーいいっすねそれ。面白そう」
「てめえボール投げるぞ!!」
「え、でも隻さんまだ幻術使えないでしょ? 衣出せてないし」
 はっとした隻に、翅がげらげらと笑っている。悟子が冷めた目で一言、「翅脅されてましたよね」。固まる翅の、その後佇まいを直すような咳払いが、様になっていない。
「それで? 応えは?」
「お前叩きのめしてから結李羽にだけ伝える」
「いっやーでも今ボール――ちょっと待って叩きのめすって実力行使!?」
「調子に乗るから……」
 慌てて廊下へと逃げる翅に、響基と万理の呆れたような溜息。『心配ございませんぞ』と、翅の足元から声が聞こえたような――
 ……あれ?
『坊ちゃまの御高談、この鴉めがしかと語録に記録いたします。どうぞ心置きなく婚儀の誓いを』
「か、鴉様――あ」
 ギュンッ
 素早く廊下に飛び出す隻の顔面は綺麗に真っ赤で。すぐに廊下を見渡すも、姿がない。
 なんで、声聞こえたのに!!
「――隻さん、今の聞こえたんすか?」
「聞こえたよ鴉出て来い!!」
「いや目の前……姿見えてないんですね」
 ぎょっとして上から下まで探すも、見えない。翅が玄関でげらげらと笑い転げている姿には蹴りを見舞い、結李羽が苦笑している。
「隻くん、やりすぎだよー?」
「――っ、謝らない!!」
「ひどっ!?」
「……水差しすぎですよ、翅……」
「まったくだリア充どもが」
「いつきいっ!!」
 警告を飛ばすその声にはっとしたいつきの顔が青ざめたのが、入り口付近からも見えて。響基が思い出し笑いで肩を震わせているせいで、廊下側の襖が一枚ガタガタと揺れている。
翅がよろよろと戻ろうとしつつ、ふと隻に笑いかけてきた。
「婚儀まではいかなくても、守るってだけは伝えてあげれば?」
「当たり前だろ。――白尾ノ鴉、ハム抜くからな!」
 声は聞こえなくなっていた。翅が笑いながら「八つ当たりだー」と言っているのにはむっとする。
 逆切れの自覚はあるが八つ当たりじゃない。
「――大体、守られてばっかでカッコつくかよ」
「つかないな。往生際おうじょうぎわの悪い今の隻さんとか特に」
「うるせ。元から往生際だけは悪いよ。良くも悪くも」
 そうでなければ。
 ずっとバスケを続けることも、中学時代将来を考えずに、先生たちにたてくこともなかった。ひねくれたまま、曲がったままだった。
 それに気づかせてくれた中で、活かす方法を笑いながら教えてくれた人たちに、感謝がないはずがない。
「――ユリ!」
「え、何?」
「ちょっといいか――お前ら聞き耳立てるなよ!!」
 急に水を打ったように静まり返った一同に釘を刺すと、ふざけたように単音を発してざわついた振りをする面々に苛立ちが募る。
 募るも、結李羽が微笑ましそうに笑いながらやってきて、翅がげらげらと笑いながら戻っていって。途端に「婚儀?」、「いやー隻さん無理だろ」、「ガキ大将気質が仇になるタイプっすよね」という茶々が聞こえてきて拳が震えるも、頑張ってほどく。
「何? 隻くん。ハムなら――」
 静かに抱き締めて。
 それが精一杯の、感謝の気持ちで。
「――絶対言うなよ、あいつらには」
「……あははっ、はいはーい。未來ちゃんあのねあのね!」
「うわあああああああああああっ!!」
 大絶叫。
 そしてこの日始めて、響基から「隻煩い!!」と盛大に怒られたのだった。


ルビ対応・加筆修正 2021/03/22


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