Under Darker

 第2章極夜の間奏曲

第14話「万理、失敬する」01
*前しおり次#

「教室? ああ、久々だもんな。いいだろ行ってこい、何組だったっけ――」
「三年の時は四組。こいつは一組だったけど」
「あはは、そうだったそうだった。じゃあ――四組のほうでいいのか? 隼は、自分のクラスは?」
「あ、いやいいです。クラスメイトと今度一緒に来るだろうから、その時ね」
 隼が慌ててごまかし、隻は白い目で隼を見やる。鍵を開けることを了承してくれた糸川は苦笑し、はっと気づいたように渋面を作ったではないか。
「――そういえばお前ら、聞いてるか? 吉中よしなか、捜索願い出されてるんだが」
「――は?」
 隼が固まる。隻は一瞬名前を辿り忘れたが、次の瞬間目を丸くした。
「吉中……二組のあのバカ?」
「うんまあバカやってたけど……今ファミレスで働いてるんじゃ」
「その帰りから行方不明になってるらしいんだ。お前らも知らないか……」
 糸川は苦い顔。隼は隻を見てきて、思わず戸惑った。
 ……吉中は確か、自分を追い掛け回してきた連中のうちの一人だ。同じ荒れている側ではあったけれど、隼に協力的で……隻とはよく対立していたような。元々が薄らでっかちで動きが遅かったから、隻にとっては簡単にいなせる相手ではあったけれど。
 けれどあいつは、高校に行ってからかなり変わったと、隼とのメールでも――
「……ごめん先生、それいつ頃の話?」
「卒業生伝いに聞いたから、いつからとは言えんが、ここ二、三ヶ月じゃないか?」
 二、三ヶ月……怪談がこの学校に住み着き始めた辺り?
 糸川は言いづらそうに視線を何度か泳がせた後、「正直、かなり手を焼かせる奴ではあったがな」と口をにごしている。
「あいつも高校を出て、彼女さんできたらしいんだが……」
「は!? え、ガチで!? ――じゃあ駆け落ちじゃね?」
「アホかお前!!」
「今時ないわー」
 翅と士の冷めた声。ダブルパンチに打ちひしがれる隼は、それでも顔は真っ青だ。
「――ちょっと後でメール入れてみます。携帯繋がってると思う――ってか、あいつかなりの携帯依存症だから、繋がってなきゃおかしいんで」
「ああ、頼んだ。――っと、すまんな。鍵はこれ。置き勉や忘れ物、机含めて勝手に触るなよ。大抵全部引き上げてもらってるはずだが」
「わかった。ありがと、糸先」
 教室などを借りる振りをして、千理が廊下を確かめたいと言ったことが、まさかこんな話に繋がるなんて思わなかった。教室へ向かうべく階段を上りながら、隼が青い顔で携帯を開いている。
「だめだ、メール送れてねえ。サーバーで弾かれてる。メアド変更されてるならあいつ言うのにな……メールツイッターだし……最近静かだったのそういうことかよ……!」
 口に出しても不安なのは変わらないのだろう。隼は廊下を見渡してほんの少し躊躇い、教室の中で一度電話を入れてみると言ってきた。
 頷いて、四組の入り口に着いた隻は教室の鍵を開けた。懐かしさと同時、違う誰かが使っている雰囲気の残る教室は、一昨日の夜とは似ても似つかない穏やかさだった。
 クーラーの真下で凍えていた友人は、いつも膝掛けを愛用していたような気もする。冬場は暖房が直風で当たるために、学ランのボタンを全開にして熱さを凌ごうとした隻に、チョークが飛びそうになったのも懐かしい話だ。
 弁当を忘れた誰かが売店に駆け込む時、食堂の席を取るのを手伝ったっけ。
「隻くんどの辺りに座ってたの?」
「え? ――そこだよ、いつも班ごとに移動だったけど、俺の班だけは真ん中の前のほう」
 真面目な面々が集う班だったおかげで、三年の間は学習の場所には困らなかった。同じ班の頭がいい連中から、数学や理科を教えてもらう代わりに、給食のトレードは日常茶飯ことだった気がする。
 いつも前から二番目に座っていたからか、すぐに指し示すことができた。結李羽は微笑ましそうに笑ってくる。
「隻くん、端っこにいつも据わってたかと思ってた」
「……端にいたのは中二の頃に止めた。糸先がさ、『テストの点数底上げするならど真ん前に行け』って言ってたから」
「ああ。真ん中は確かにいいもんな」
 翅がぼんやりと溢している。隻はぽかんとしたが、隼が携帯で電話をかけ始めたのを見て静かにしておいた。
 一秒、二秒――出る気配はやはり、ないようで。
「あいつどうしたんだよ……あ」
 通話ができたのだろうか。驚いたと同時、耳を澄ましていた隼はぽかんとして、入り口近くを見やって――
 携帯が弾け飛んだ。
「ちょっ!? 響基何す――」
 プツ
 ザ―――――――――――――――――――――――――――――
 ザザ、ザザザ、ザ―――――――ピ―――――――――――――
 ガザザ、ピ―――――――――――――――――――――、ブツッ
 強制的に、音が切られた。
 ぞっとする隻は、結李羽が険しい表情をしているのを見て驚く。
「今の、留守番電話サービスでも、隼くんのお友達のでもないよね」
「――あ、ああ……」
 耳――いや、頭を押さえている隼は配膳台に寄りかかっている。翅が「大丈夫か?」と声をかけつつ、携帯画面を見やって表情を変えた。
「――電話番号、本当にこれ?」
「は? ああ――〇八〇の」
「なんで全部の桁が四で固定されてんの――響基!? おい大丈夫か!?」
 ガタッ。
 配膳台が揺れ、翅がしゃがんで誰かを支えている。言わずもがな響基に何かあったのかと血相を変える隻に、未來が携帯の画面をじっと見ている。
「……隻様、伊原様の弟様の電話番号、ご存知ですか?」
「い、いや……あいつに聞けばわかるとは思うけど……」
「おれは知ってる。けど響基大丈夫か?」
「何があったんだ?」
 隼に尋ねるも、本人は困惑したまま首を振っている。訳がわからないのは向こうも同じなようで、千理は隼の携帯をひょいと持ち上げると、勝手に電話帳を開いている。
「さーせん、ちょっと勝手にかけますよ。翅、響基に耳栓!」
「よし来た!」
「え、ちょおまっ!?」
 言うが早いか、伊原弟としか書かれていないデータの電話番号を開き、通話ボタンを押す千理。
 耳には一切当てず、じっと睨む顔は探るような顔。
 プルルルル……プルルルル……プルルルル……プルルルル……
 プルルルル……プルルルル……プルルルル……プルルルル……ブツッ
『この電話は――ピ―――――――――――――――――』
 ポポポポポポポ、ポポポポ……
 ピ―――――――――ザ――――――――――ブツッ
 強制的に千理が切り、じっと携帯画面を見やっている。
 目を落とした隻は言葉が出なかった。
 発信先の番号が、全て四で埋め尽くされている。
「昼間っから怪談のリターンマッチ? 上等。――未來ちゃん、さっきの見えてました?」
 未來が頷いている。紙とペンの持ち合わせがないと、千理が唸ったその傍。ふと近くの机からガタリと音がした。
 万理が中からシャーペンとメモ帳を一枚破いて持ってきたではないか。
「ちょっとお借りしましょう」
「……万理……?」
「緊急事態に校則は関係ありませんよ。ましてや、僕らは幻術使いですよ」
 ……でも校則は守りましょう。自分も守ってはいなかったけれど。
 隻は苦い顔で、ペンとメモ紙が未來に渡されたのを見て遠い顔になる。結局勝手に机の中を漁ってしまった。
「全ての数字が四に変わる前、別の数字が押されていました。あまりにも早かった上、再発信されるときには見えなくなっていましたけど……」
 書き出される数字は、でたらめな番号。
 03791057920
「電話を切った後、全ての数字が四に変わっていました。怪談であるなら恐らく、暗号の形か、黒魔術の系統の可能性があります。ただ――この形は変なんです」
「変?」
「はい。二つ以上の意味を持った数字の法則性があるはずです。恐らくですが、この番号に発信して繋がった向こうの音を、間近で聞いてはいけないのだと思います」
「だから音に敏感な響基が最初に、ってことか……隼は平気か?」
「ああ、ちょっとくらってきただけ……」
 衣が消えたのか、ぐったりとして翅に支えられている響基が現れたではないか。駆け寄った隻は、翅を手伝って響基を一度座らせる。顔が真っ青だ。
「大丈夫か?」
「……なんとか……電話口の音、ノイズ以外に……『魂、抜く』みたいなこと聞こえたから、咄嗟とっさに弾いたけど……だめだ、視界がぶれる……だっ!?」


ルビ対応・加筆修正 2021/03/22


*前しおり次#

しおりを挟む
しおりを見る

Copyright (c) 2026 *Nanoka Haduki* all right reserved.