「一通り回った中に、
「鏡の中とも違いましたし、男子トイレ、女子トイレそれぞれにもいなかったんですよね……」
「男子トイレはともかく、女子トイレは一番ないって俺でもわかるんだけど」
「それでも確かめないよりはよかったでしょ? 昼間だから怪談もいなかったし」
その確かめで見つかれば万々歳だが、女子トイレに男共が閉じ込められていたなど、同じ男の隻たちには笑えない話だ。よりにもよって怪談で、ある意味禁断の女子トイレに。
翅は完全に顔を青くしきってしまい、校門を出て学校が見えなくなってきた辺りで路地の壁に手を突いて
――相当、怪談でも学校の件でも、さらに士のことでも心労が酷かったようだ。
以前翅から聞いていた話では、彼の中学校も荒れていて。同時に今の彼では想像ができないほど、歪んでいた当時の傷を作り上げたのも、学生時代だったそうだ。
路地裏で衣を脱いだ響基たちが戻ってきて、悟子が心配そうに翅の傍へと行っている。千理もあまり顔色がいいとは言えず、彼らにとって嫌な出来事を思い出したのだろうというのは、わかったけれど。
「――隻さん」
「なんだ?」
「……士に会ったらガチぶん殴りますけど、止めないでくださいよ」
そのことかと、隻は溜息をついた。
「正直感心しないけどな。――いいんじゃないのか」
「ですよねー」と笑った千理の笑みが、どこか投げやりだ。
隻が問いただす前に、千理が苦い顔で俯いていた。
「……オレと翅、遠縁の親戚のねーちゃんいるんすけど。その人、士と同じこと言って、戦いに出て……死んだんすよ」
かにかま、ものすっごい好きなねーちゃんだったんすけどね。
小さな声で伝えてくる千理は、もの凄く複雑そうな笑みで。
「
士の言葉は、間違いなく抉っていた。
それでも士は――
「……俺、八占のあの兄妹には、どっちにも嫌われてる自覚あったんだよ。まさか士、ああ言ってくれるとは思わなかった」
気づいた隻が、敵と対面できないとわかっていて。だからこそ、あれは恐らくだけれど――士なりの優しさで、同時に厳しさでもあったのかもしれない。
傷を
士が心配したのはきっと、隻のことよりも、隻が崩れた後隼が負い目に感じることのほうだったとは思う。けれど。
「――先生……今年入ってきた教師、な。糸先のほかにも数人いるって、今メール来た」
知っている先生は他に今年戻ってきているかと、糸川にメールを送って。そうすると、今年一緒に来た先生はかなりいるが、戻ってきたのは糸川本人だけだという。
疑いたくないけれど、鍵の件の礼を改めて加えて――そういえばこの七年間どこを回っていたかと、メールで尋ねてみた。
しばらくして返ってきたメールを読んで、脱力する。
「覚えとけよ自分が行った場所――!」
「……どんまい、隻さ――隻」
肩を叩くのは響基で。翅がやっと立ち上がり、いつきも携帯をいじって唸っている。
「スヴェーンの知り合いに一応意見を
「隻の幻術使いとしての能力をもう一度発動させるやり方はさすがにわからないらしい。緑色の丸薬も、文献を
そこまでしてもらったのか。それで友人の認識だったのか。へー。
「だから本人
「それ煉じゃなくて
いつきが重々しく頷いている。
「点の打つ場所が違うからな」
京都の人間でなくても何十回メールをやり取りしているのか手にとるように察した。
翅がああと頷き、万理は深い溜息。千理はぎょっとして固まって――手と首を必死で振っている。
「い、いやでもたんま、待った! 無理っしょ、隻さん今視えてないじゃん!! 力発動させたって、衣着てたってまず血
「ビー玉」
「うーわお問題ナッシング! ……うっそおおおおおおおおおい!!」
減給を呪文のように唱え続ける千理はノイローゼ気味だ。翅がにやりと笑っている。
「手っ取り早くお前の指もぎ取ろうか?」
「左手なら問題ないんすけどね! つかあんさんグロ苦手なくせに!! 腕
「だってボケないと落ち着かない」
「ボケ通り越して滑ってるから! ガチ滑ってるから!! ああもういいっすよ減給喰らったらカンパしてもらいますからね漫画代!」
「減給されたって買えるだろそれ。嘘だろまた三年前みたいに飲めってか……!」
血を。あの時は不可抗力だったけれど、千理の血を。
仕方なくても、めっちゃ嫌。
「じゃあアヤカリに鴉天狗みたいな形になってもらう? で、隻に口開けっ放しにしてもらってて」
「オレとアヤカリでチャンバラやって隻さんに血を突っ込んで『わおやっちゃった☆』ってわけっすね。嫌に決まってんでしょーよ戦闘でもないんに痛い思いしたくない!!」
「はっ、根性なしが」
「じゃあいつき兄がやれば!? 血飲んでもらえば!? 戦闘でもないのに
「そりゃ嫌だよ!!」
「うだうだ言うな。さっさとやれバカ共」
「却下!!」
いつきの頬にビシリと音が立ちそうなほど血管が浮き上がる。それでも隻と千理は構わず嫌だの一点張り。結李羽がおずおずと手を上げた。
「えっと、じゃああたし、やるよ……?」
「女性に傷つけるなんていけません!!」
「悟子それ
「え? ……! 響基の
「え、俺!? 俺何か間違ったこと言った!?」
何も、自分の言い間違いに真っ赤になって八つ当たりしなくても。
隻は微妙な気持ちでそっぽを向く。当の結李羽は腹を抱えて笑いこけている。
「大体それで隻さんの目が戻るとは思えないんすけど!!」
「人聞き悪いだろそれ!!」
「戻らなかったらそれはそれ。次の手を考えるグッジョブ」
「どこが!? オレ減給食らうんすけどどこが!? 次でもうアウト、十万切る!!」
「リアルだな!?」
「リアルだもん!!」
「じゃあ千理、俺とチャンバラする? 手っ取り早いだろ色んな意味で」
「余裕じゃん、オレのほうが接近戦強いもん!!」
ぐさっ。
あからさまに翅から聞こえた心の音は、響基でなくとも全員よく聞こえた。
「想像力負けてても身体強化だけで普通にいなせるもん。翅が刃物持ち出しても素手でいけるもん!!」
「ちょっと。誰かこいつ殴ってよマジで。めっちゃ腹立つ!! 腹立つっていうか傷つく傷つきました!! 人権損が」
「話が進まないだろうが黙れ!!」
いつきが苛立って吠えた。翅、しょげて熱いアスファルトにのの字を書こうとして――火傷しかけて飛び上がっている。
その阿苑当主の苛立ちが隻と千理に向き、千理は嫌々頷いたものの。睨みが隻に来た途端、冷や汗たっぷりに諦めて口を開いた。
「嫌」
「しつこい!!」
セミだって、東京のヒートアイランド現象でもしぶとく鳴いている。