Under Darker

 第2章極夜の間奏曲

第15話「海理、乗る」01
*前しおり次#

 対峙するは、千理と――翅。
 家の中で疲れた溜息をつく千理はもの凄くげんなり顔だ。
「――これでオレが勝ったら、翅目も当てられませんよ。いいの?」
「いいよもう、俺のプライドは誰かさんのせいで家出中だから。それに、保身に回ってる場合でもないだろ」
「……じゃあ行きますよ。せぇーのっ」
 ダンッ。
 勢いをつけて出される五枚のカードの組み合わせは……千理側、キング三枚、三のワンペア。つまりフルハウス。
 対する翅。スリーカード。
 拳をダンダンと床に打ちつける翅の目は本気で泣いている。悔し涙で濡れている。
 その有様を冷めた目で見る、いつきと悟子と万理と……隻。
「なんでっ、トランプなら勝てる自信あったのに!!」
「カード使い込まれてるんすもん。表面の模様の微妙な折れ方とか、紙のはがれ方で次のカード大体予想できましたよ」
「何それ反則!!」
「記憶力は未來ちゃんの次に専売特許ですもんねー」
 特許出てないし。使い方違うし。
 未來は苦笑して、「私記憶力だけしか取り柄ありませんから……」と消極的な姿勢。千理はといえば、トランプのケースを頭に乗せてバランス遊び。
「って訳で血はなし。いいっすよね?」
「いいわけないだろうがいい加減にしろ」
 いつきの苛立った声にすら、千理は不平たらたらの顔だ。けれど隻も苦い顔しかできないのは同じで。
「……何も血にこだわらなくても……時間がないのはわかってるけど、さすがにな……気が引ける」
「隻、千理の血に気引けてたらダメだって。これがいつきならまだしも千理だよ。人のプライドを家出させるどころか深海まで沈めて皆殺しにした奴だよ」
「お前のプライドを擬人化したってキリないだろ」
「キリないってどういうこと!? オレのプライドってみじん切りにされてたっけ!?」
 とっくにマッシュされてないかとは言わないでおいた。そも、話はそこではない。
「大体……どのぐらい飲むことになるんだよ」
 嫌だとしか言えない中、千理は「さあ」と肩を竦めている。
「一滴でも鍵は鍵でしょうからね。ただ、問題なのはどのぐらい時間が経ったらその鍵が消えるんかが……オレいっつも左腕の幻術出しっぱなしですから、今指切って隻さんに血飲ませたって、余裕で復活しそうな気はしますけどね」
「うんこんな感じでね」
『ねー!』
「そうそ――いっだあ!?」
 千理の頭を殴りつけた何かの声が、一瞬聞こえたような気がした。
 まさかと身を強張らせる隻は、辺りに視線をやって――結局見えないままの視界に焦る。
 今復活したかと思ったのに!!
「いだっ、いだい何するんすか冷血猫――っだあああああああっ!!」
 絶叫。
 千理の本気の叫び声にぎょっとして振り返ると同時、口の中に何かが滑り込んできて――はっとした。
 さっきの声、翅の幻生武器アヤカリのだったんじゃあ……!
 そして冷血猫と、千理の悲鳴と……というか千理の手と顔の赤い格子模様で、言わずもがな。
 今口に入ったの……
 ……うん、そう。
 吐き気が走って、口の中のものを吐き出そうとした次の瞬間、尋常ではない痛みが胃に走る。
 思わず突っ伏す隻に、万理と未來が素早く立ち上がった。
「どうしました!?」
「――幻術の鍵を手に入れたにしては、こんな拒絶は出ないはずですが」
「――っほ、げほっ!!」
 ころん。
 口の中から飛び出したものは、そのまま畳の上に転がる。いつきが唖然あぜんとし、悟子も言葉をなくした。
「丸薬が溶けてない!?」
「道理でまともに力が戻らないはずだな……なんで後生大事に胃の中で遊ばせてた」
「げほっ……俺が知りたい……うっぇぇぇぇぇ……!」
 吐きそう。もう吐いたけれど、消化しきったはずの昼食が出そう。
 未來が丸薬をティッシュで取ってくれ、結李羽が畳を拭いてくれている。悟子が冷蔵庫からリンゴジュースを持ってきて、からからとした笑い声が響いて煩い。
『隻って胃の消化悪いねー! あ、ねえねえ翅、俺も千理の血含んじゃったよ、俺も幻術使えるようになるかな!?』
「どうだろうなー。血全部渡しただろ? 残っててもアヤカリが人の姿とらないとギリギリ無理な気がするー」
『うっそー!? 隻今から血吐いて!!』
「ふざけんな!! 久々に話してそれかお前――」
 怒り任せに睨みつけ、重力を無視して浮遊する水の塊から笑い声が聞こえてくる。
 足元から呆れ果てた溜息と、ふてくされた千理に駆け寄る小さな子供の足音。
 そして上空から、海理の『はっ』と鼻で笑う声。
『アヤカリだったか? てめーそれなら千理の傷口からいくらでもしぼり取れるだろーが』
「兄!?」
「兄さん言葉変えてください!!」
「発言そのものから撤回てっかいさせるでしょうよそこは!?」
『えー。傷からそのままもらっていいなら注射になってみようかなー』
「アヤカリ雷駆ライクに焼いてもらえば!?」
『焼かれる前にかえりますよーだ!』
「うっぜえええええええええええええっ!! ガチうぜえお前もう嫌!! 和為やわなよりいいけどうざいっ、飄々ひょうひょう嘲笑あざわらいやがってっとにもー!!」
『……あ、の。消毒……』
「あざっすでも後でいい、ガチ後でいい! 万理誓陽セイヒ貸して、アヤカリぶった斬る!!」
「嫌ですよ面倒くさい」
「万理!?」
 完全に怒髪天どはつてんに達している千理の怒りなどどこ吹く風だ。万理は着物を着た小さな女の子を近くに呼び、救急箱を持っておどおどと近寄ってきた座敷童の頭を優しく笑んで撫でている。明らかに千理のことは無視する気だ。
 茫然と見やる。見やって、喉がやたらとひりひりする現状もどうでもよくなって、海理を見上げて――
 目が合い、鼻で笑われた。
『おせーんだよ。しっかし、よく胃にあの薬だけ残せたな。腸に行かねーのか?』
「魔王に聞けよ、俺じゃなくて……」
「隻様。これ……薬というより、石みたいです」
 台所で薬を洗った後確認したらしい未來の言葉に、二重に耳を疑った。
 人が吐いたのによく観察でき……ぅっぷ。
「石? なんでまた……作り間違えたのか? 魔王は」
 いつきの怪訝そうな言葉に、翅は手をひらひらと振っている。アヤカリと二重音声よろしく「ないない」との声。
「多分わざとじゃね?」
『うわーん幻術出せないよー折角翅の姿になったのにー!!』
「やあドッペ――うえまさかの幼稚園時代!? アヤカリやめて!!」
「……気持ちわりぃ……」
「どうぞ。リンゴジュース……」
 悟子の優しさに救われるも、胃のムカつきが全く取れない隻であった。
 座敷童の秋穗が心配そうに近くに寄ってきてくれ、昨日ぶりの姿にほんの少しだけ笑って頭を撫でてやる。嬉しそうに頬を染めて笑う少女は、すぐに首を傾げてきた。
「お兄ちゃ、平気……?」
「……あー……一応、な。肩車、ちょっと待っててくれな」
「お兄ちゃ、きついの。無理しちゃだめ」
 いやいやと体を揺すり、心配そうに見てくる秋穗には苦笑してしまう。いつきの元へと駆けていく少女は、救急箱を彼に渡して、いつきの膝の間にちょこんと座っている。
 どうやら、昨日一日の間でそこがお気に入りの場所になったようだ。いつきはまんざらでもないような――いや、少し困り顔だった。
「あー……それでだ。いい加減作戦を練るぞ。夕方まで押し問答を繰り広げてくれたせいで時間がない」
「……悪い」
「お前には後でライネに薬を作らせるから、しばらく飲むのは水ぐらいにしておけ」
 いや今薬は勘弁してください。丸薬でりてる。
 なんとか姿勢を正した隻は、吐き気のせいでまた体が前のめりになりかけるも、堪えた。
「――いとセン、今日は勤務時間が長くて、夜頃までいるって言ってたんだよ」
「げっ、じゃあ隼さんと一緒に乗り込んだら懲りてない扱いされません!? 隼さんだけ」
「おれだけだな本当に。かっなしー」
 今度は隼が嘆いている始末。隻は渋面を作り、顔がこれ以上青くならないよう平静を保った。
「……下手したら他の教師も、同じ時間帯ぐらいまで残る気がする」
「――それなら恐らくですけど、今日は核心者も大人しいかもしれませんね」
「どうだろうな」
 隼が渋面を作った。隻も苦い顔で頷く。
「教師も生徒と同じで、グループで分かれてること多いんだ。教師内でもいじめってのはある。――糸先も、俺らが在学中の時ははぶられてる側だったらしいんだよ」
 だなと、隼が複雑そうに笑う。
「はぶられてる教師は、講師の先生並みに飛ばされる率高いよな。ってか、下手したら自分からよその学校に飛んでくのだっているぜ。士が言ってたように教師の中に引き金引いてる奴がいるんなら、生徒だけで治まってるなんて温くはねえだろ」
 万理が戸惑ったように言葉を詰まらせていた。海理が同感だと頷き、いつきは難しい顔。
「なら、今日核心人物が非番なら、学校に来ているはずがないからわかる。今日出勤日だとしたら――どう探す?」
「いずれにしても、中心人物を取り押さえなければ、きざしさんたちを助けられませんしね……」
 悟子の呟きに、全員が沈黙した。秋穗が不安げに辺りを見回す中、ふと気づいたいつきは廊下の近くを見やる。
「……幻生と深く結びついてるから、あいつらを操れるんだよな」
「そうなりますねー……幻生見えてなかったらそもそも、こんなに上手くコントロールできねーっしょ?」
「なら白尾しらおからすは視えるんだよな?」
「そりゃあ十中八九視えるんじゃないんすかね……うわお」


ルビ対応・加筆修正 2021/03/22


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