Under Darker

 第2章極夜の間奏曲

第15話 03
*前しおり次#

「え、このね――浄香様と、え!? じいさんが!? ガチかよ!?」
『終わった話だ。そもそも奥方とあの道楽が結婚した時には既にその気などなかったわ』
 忌々いまいましいと言いたげに吐き捨てる浄香は、留華蘇陽を睨んでいる。牙を剥いているのは怒っているのだろうか。
『しかし隻を狙う理由にはなるまい。道楽と間違えるにもバカさ加減の方向性が違いすぎるわ』
「あんたなあ……!」
『浄香は相変わらず素直ではないね』
 三毛猫の耳が不機嫌に寝た。構わず、留華蘇陽は隼へも顔を移している。
『あなたも彼の孫なんだね。――なるほど。確かに君を狙っても不思議ではないが、狙うだけの意味はないか』
「は?」
『あの鬼が真に狙う理由は恐らく、彼の血だけではないよ。そして浄香、あなたのことだけでもないだろう』
 どういう意味かわけがわからず、隻は翅のほうを見やった。困惑した翅や響基と目が合い、互いに首を捻りかける。
「それなら隼さんだって当てはまるんじゃ――」
『隼と言うんだね。そうだね――平たく言うなら彼には、私が叶え、あの鬼が奪うべき欲がないんだ』
 全員が本気で戸惑った。回りくどすぎて何が何だか全く読み取れない。
 未來が自分の頭を整理するように、「留華蘇陽様は想い人を結びつける神社にまつられていらっしゃって……?」という呟きに、悟子がぽかんとした。
「もしかして、恋心ですか?」
「えっ!? あるぜものすっごくあるぜ!? おれ恋愛そのものが恋人!!」
「……あー、確かにないな」
 しょげた。
 隼の慰めは響基に頼み、翅が怪訝そうに首を捻っている。
「それは……何? つまり現在進行形恋真っ只中青春ホールインワンな隻さ――隻なら、殴りがいがあるっていう話?」
「……伊耶那美命イザナミノミコトは夫神の伊耶那岐命イザナギノミコトに醜い姿を見られ、逃げられて――そういうことかっ」
 いつきが頭を押さえて「面倒くさい」と呟いたではないか。海理も冷めた目をして浮いている。
『ようはあれか? どうせ殺すならカップルの仲引き裂いてやったほうが面白おもしれぇみてーなノリってか』
「兄の直訳ひっでえ……」
『わかりやすいだろーが。師匠と一緒にいた分回りくどすぎるんだよ、蘇陽さんよお』
『ふふ、君もあの子の宝物だね』
 海理がぞっとした顔で腕を擦っている。千理と万理が冷めた目で兄を見上げた。
『確かに一括ひとくくりにしてしまえば、そうなるかな。噛み砕いて言うなら、あの鬼は想い人を裏切る者を狙う。隻たちの祖父――相次郎が狙われたのも、浄香と会うことで奥方を裏切ると思い込んだのだろうね。最近のあれは随分と暴走しているから』
 暴走超えて、ただのはた迷惑だ。
「ようはあれか。隼さんは狙おうと思っても、そもそも異性たぶらかし損ねて恋愛にまで全く発展しないからか」
「……男磨いてくる」
「磨いて狙われたら洒落にならないのでやめてください」
 悟子にざっくり切られ、余計落ち込む隼の背中は、もう誰も慰めなかった。
『そして隻、君を狙ったのは、相次郎の孫という理由だけではないよ。――君は、君を護る者の想いを随分と裏切ってきたね』
 意味がわからないと眉をしかめかけて、はっとした。
 気づいたのか、留華蘇陽は隻を見据えるように顔を向けてきている。
『あの鬼が反応するのは、何も想い人同士だけではないよ。浄香と相次郎に退けられてから、あの鬼は随分と狂いすぎた。君は今まで私たち、幻生を見ることが叶わなかったからこそ無事でいられた。――いや、君と彼女が』
 結李羽へと視線を向けた留華蘇陽は、哀しそうに笑んでいる。
『……深く結ばれていなかったら、あるいは違ったかもしれないけれど。彼女に入り込んだ鬼は、相次郎への情を捨て切れなかったようだね。今は隻へとその情念が、彼女と共に移り、本物になっている。それもまたあの鬼にとっては裏切り≠ノなるんだろう』
「……狂ってる」
 隻のやっとの思いで出た言葉に、『その通りだろうね』と留華蘇陽は頷いた。
 結李羽が顔を青くして俯いているではないか。
「……あたしに憑いてる鬼は、相次郎さんのこと、好きだったから? だから、あたしたちが隻くんのことを好きだったら、裏切り≠ノなるの?」
『本来ならばそうはならないはずだけれど、ね。君に憑いた鬼と相次郎はそもそも、恋仲にはならなかった。だが、今のあの鬼にとって制約はただのかせだ。その枷が壊れかけているからこその暴走。気をつけなさい』
 翅が表情を暗くしている。千理は首を振って、翅へと渋面を作っている。
「翅は誰も裏切ってないっしょ。――それにその鬼、情念で作り出されたんなら――さーせん、予想だけで言うのやっぱ得意じゃねーわ。隻さん、本題に戻すけど、真面目、行って平気なんすか?」
 目を丸くした隻は、力なく笑うしかできなかった。
 ――なんで気づいてるんだよ
 心配するように眉をひそめて。自分のことを棚に上げて、少年は尋ねてくる。
 未來や悟子が勘付くならまだわかるのに――いや、違うか。
 それだけ自分にゆとりなんてなかったんだと、やっと気づけた。
「――いいよ。つか、一回でもぶっ飛ばしてやらないと気が済むわけないだろ」
 怖いなんて言えない。言う気はない。
 知って後悔することは、何度もあった。何度も選択を間違えた気も、沢山あるけれど。
 他にも道はなかったのかと、うずくまりもしたけれど。
「相手が誰だろうが試合なら試合だ。中学の時でもバスケでもずっとそうして来てるんだぞ」
「で、ですけど」
『その根性買った』
 悟子が不安そうに挟んだ言葉を遮るように、海理の不敵な笑みが隣で浮かぶ。
『強がりすぎて話にもなりゃしねーが、ほいほい泣き寝入りされるよりよっぽどマシだ。土壇場で折れたら承知しねーぞ』
「誰が折れるか、そんな気あって堪るかよ」
 軽口を叩けるのだって、今のうちでしかない。ないけれど、軽口が上手く出てこない。
 深く息を吸い込んで、自分に呆れて、溜息が漏れた。
 手は震える。嘘だと叫びたい。
 けれど自分で自分が叫ばないように、勝手に縛ってしまっているなら。
「往生際悪いんだろ、俺。最後までその通りに動いてやるよ」
 屁理屈を理屈に変えてまで、やり抜くしかない。


ルビ対応・加筆修正 2021/03/22


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