「いつき兄ずりい!! なんなんすか前のほうで全部取るとかマジないんすけど!! オレら一切回ってきてないんすよわかる――万理と隻さんにだけ回さないでくださいよちくしょう!!」
「悟子、ほら」
「ありがとうございますっ」
「悟子追加でオレら無視!?」
「鳥使いは日頃の行いがいいからな。千理は沢山食べるだろうから全員そいつには最後に回せよ――あ、響基も忘れてたな」
響基、器を平行に保ったまましゃがみ込んで挫折中。
隻は苦笑いしつつ、万理と悟子が上手く素麺を取れた辺りで自分もきちんと
「お前も食べて来いよ、なくなるぞ」
「え、でも隻くん、あんまり食べてないんじゃ――」
「最後にざるそばみたいにして食うからいいよ。ほら、食ってこい」
結李羽がふにゃりと笑ってきて、ぎくりとした。
案の定、全員から見えない台所なおかげで抱きつかれてしどろもどろになってしまう。
「隻くん大好きっ」
「……あ、のなぁ……! とにかく行ってこい、なくなるぞっ」
「あはは、はーい。――隻くん」
思わずぽかんとした。結李羽は優しく笑ってきている。
「あたしたち、隻くんを裏切ったりなんかしないよ。つらい時に一人になんて、絶対にしないから」
「――ありがとな」
くすぐったくなり、撫でてやろうとして――思わず長い溜息が出てしまった。
片手は小鉢。片手は長箸。
……撫でるどころか抱き締め返すことから不可能だったなんて格好もつかない。
くそう。
「未來ー、代わるよー」
「え、でも翅様は食べてないんじゃ」
「こっちならそのまま食べれるから。さあいつき、俺と勝負しようか」
「はっ。勝敗は目に見えてるがな――その勝負乗った」
結李羽が肩を震わせている。隻は白い目で庭のほうを見やって、小鉢を台の上に置いて背中を叩いてやった。
「ほら、行ってこい。食い
「うん。じゃあ行ってきます」
笑いながら、結李羽の声は弾んでいて。
見送った後すぐに、鍋の中の素麺が茹で上がっているか確認した後、湯から引き上げて水で
悟子もやってきて、手伝えることがないかと尋ねてくる彼の目が据わっている。ぽかんとした隻は、次の素麺を鍋に投入し、水で揉んでいた前の素麺の水切りへと移った。
「どうした?」
「顔赤いの隠してください、こっちが恥ずかしいです!」
はっと固まった隻の顔が、さらに熱くなった。その後悟子が氷の精霊でも使ったのか、瞬時に辺りの空気が一気に冷えて、鍋の湯が水に逆戻りしたのだった。
「よこせってんですよ腹減ったー!!」
「げっ、未來、結李羽さん急げ! あいつ
「ぼく持っていきますんで、顔冷やしておいてくださいね」
……。
幻術とはいえ、雪の塊が頭に乗せられて冷えないほうがおかしい。
鍋の温度がぐつぐつとまた沸騰温度に戻っている音に溜息をつき、別のざるを出した隻は素麺を冷水につける。また手を火傷しそうになって「あつっ!」と吠えた。
白尾ノ鴉が穏やかに笑いながら。浄香は猫でありながらも素麺争奪戦に加わりながら。やはり夏の風物詩を楽しんでいる。海理は――
『てめーら見てるほうがよっぽど暑いわ』
「うおあ!? び、びびるだろ――人の会話盗み聞くな!!」
『あ? てめーらが勝手にやってたんだろ。大体聞いてたのも見てたのもオレだけじゃねーよ』
据わった目を向けられ、怪訝な顔になった。
全員外で食事しているはずではなかっただろうか。悟子は今、ざるを手に戻ってきたけれど、翅も千理も万理も、響基も結李羽も未來も向こうだ。浄香や白尾ノ鴉も行っているし――
ふっと居間へと視線を戻せば、ちょこんと座ってリンゴジュースを手に、輝く瞳と赤く染まった頬をこちらに向けている少女の姿。
……。
悟子から受け取ったざるが、がらんがらんと床の上で転がった。
「お兄ちゃ、らぶらぶーっ」
「っ、秋穗……! ちょっ、待ったそれ以上」
「らぶらぶーっ!」
「言うなって素麺食ってこい頼む!!」
「隻煩い!!」
「響基飯抜き!!」
「ご、ごめんなさい勘弁して!? っていうかなんで俺!?」
「隻さーんそれならオレの飯増やしてー」
「煩い後にしろ!!」
「え!?」
「兄さん方煩いですよ」
万理の一言に、響基と千理の声が一気に沈黙する。
座敷童の秋穗は、くすくすと笑いながら近づいてきた。
「らぶらぶー」
「……だから……素麺……っ」
「あきほ、お腹すかないの。お腹いっぱいなの」
「座敷童の食は、人の幸せですしね」
また戻ってきた悟子が頭を撫でてやると、とても嬉しそうに笑う秋穗。海理が秋穗の手を引いて流し素麺実施中の庭に連れて行ってくれなければ、隻は茹で上がっている素麺のことも忘れて台所のテーブルに突っ伏したままだったかもしれない。
見上げてくる悟子の目が冷水よりも冷たい。
「釜揚げ、どうするんです?」
「……やる。やるから、ちょっと離れてろ」
秋穗の、とても嬉しそうな表情が。
そして悟子の一言が。
おかげで顔が真っ赤なままの隻は、溜息をつきながら茹で上がったばかりの麺に手を突っ込んで、また熱さに手を振る羽目になった。
秋穗の空腹は既に、自分たちのおかげで満腹ですと言いたげな、あの笑みが頭から離れない。
……つらい。
『千理ー、一回オレ還せ。まだ二時間ぐらい余裕あるだろ。万理、三十分後に頼むぜ』
「え、え!? ぼ、僕!? でも海理兄さんと一番会ってるのは――」
『はあ? 呼び出すのは生前のオレじゃねーだろ。きちんと見えてるてめーなら問題ねーよ。おら還せ、考えがあるんだよ飯食ってねーでさっさと還せ。一言で終わるだろーが』
「っえぇぇぇ……さ、さーせんわかったから兄やめっ、還れ!!」
千理の必死の叫びが聞こえた後、彼の脱力するような溜息が聞こえてきた。万理がぼそぼそと何かを言ったのか、響基が苦笑している。
「大丈夫、海理はわかりやすいだろ?」
「……そ、そうですね」
素麺を茹で直しつつ、水切りもしつつ。隻は苦い顔で次の素麺を、戻ってきた悟子に渡した。
「全員どっちもどっちだろ……」
「隻さんもですけどね」
撃沈した。ただ、もう学校で感じた重たい気負いは、不思議と溶け出ていた。
小さな庭から聞こえる笑い声に、隻も悟子も、いつの間にか笑っていた。
『おー、ちゃんと出せたじゃねーか』
一度できちんと呼び出せた万理を褒めるように笑いつつ、もう一度召喚された海理はご機嫌だ。濃紺の袴から黒の袴に着替え直した彼は、いったい何をしに戻ったのだろう。
――そもそも幽霊、着替えられたのか。
昼間に呼び出された海理が単純に疲労で戻るとも思えない。昼間は呼び出すなとか言いつつ、学校までの日の当たる道を平然と歩いていった彼に、疲労の色が全く見えなかったのだ。
一度それを、素麺を茹でている際に聞いたが、『召喚中は問題なかったんだな』と本人も今さら気づいたようで。
召喚されるわけでもなくその辺をぶらぶらしていると、霊園のような場所でもない限り体力が磨り減ると、夜の幻生らしいセリフがなんとも言えなかった。
だからはっきり言うなら――。
「なんで一旦戻ったんだよ。なんの準備してたんだ?」
怪訝な顔で聞くと、海理は真顔で『あ? 色々してたんだよ』と相変わらずの返答だ。見事にはぐらかす言い方はさすが千理の兄弟だが、千理も不思議そうに兄を見上げている。
「なんでオレじゃなくて万理に召喚頼んだんすか? そこから変でしょ」
『てめーには別の奴出してもらわなきゃいけねーんだよ。それこそ万理は知らねえだろーからな。んで――いつき』
呼ばれ、竹をしまうのを手伝っていたいつきは庭の倉庫から戻ってきた。その間に千理は召喚の準備をしつつ、召喚相手の名前を聞いたのか怪訝な顔。
「なんだって兄ちゃん……?」
……ん?
待った、千理の兄弟他にいたか? こいつ三男だよな?
怪訝な顔が移った。いつきは仏頂面で海理を見上げ、「なんだ」の一言。海理は見下ろしつつ、『まあお前がするかどうかにかかってるんだけどな』との前置き。
『お前の呪い、今のうちに解く』
……。
…………。
「…………………………は?」
万理と千理も含めて、いつきまで目を点にして出た言葉が、それ。
隻も顎が外れそうになるぐらいぽっかりと口が開く。響基も愕然とこちらへと振り返ってきているのが見えた。
「え……と、解けるの? だっていつきの……えええええええええ!?」
「響基煩いどうした?」
「い、いや話わからないのに煩いとか言わないで!? いつきの呪いっ、だって、海理たちが生きてる時だって、解けなかっただろ!?」
いつきが頷いている。こくこくと。
海理は面倒くさそうな顔で『そうなんだよな』とぼやいている。
『生きてる時は解けなかったっつーより、解こうにもいつきの体が持たなかった可能性のほうがでかかったからな。こいつが十七ぐらいで試せるかどうかって、親父とも話してたってわけだ。おら、そういうわけだ。早く
バレてたと顔を引き
「けど解ける確証ないのに、今やったらまずいだろ?」
『あ? 誰に向かって口開いてやがるてめー』
「海理」
挑発ではなく事実を言った翅に、海理は『上等』と一言。千理を蹴り飛ばして召喚を早くしろと促し、いつきへと目を向けている。
『正直本気で解けるかどうかは、オレらにも確証はねーよ。ただ、今の状態で怪談に挑んで勝てるか?』
それはと、反論気味だった翅が押し黙った。
『呪いを逆手に取られたことは今までだってある。寿命を削られ続けてんだ。次食らったら後がねえ。呪いを解かなきゃ足枷になる』
きっぱり断言した海理に、いつきは俯いて考えている。隻は思わず顔をしかめた。
確かにいつきは強い。強い分、体が弱いことが最大のハンデだ。
その原因に幻生が関わっているのは想像していたが、呪いがかかっていたなんて思わなかった。幻生を寄せ付けない効力のある札を貼った時に走れたのもそのためだろう。
体は虚弱なままでも、呪いのあるなしは大きな差がある。
「……まさか、こっちで解く羽目になるとはな。――わかった」
はっきりといつきの口から出た言葉に、隻たちは目を丸くする。海理だけが一人、にっと笑って『やっぱりてめーは曲がらねーな』と、飾らない言葉。いつきもにっと、悪戯の強い笑みで笑んでいる。
「枷になるくらいだったら答えなんざ決まってる。……情がないわけじゃないがな」
『知ってるよ。けど呪いそのものに持つ情より、それは思い出だけに向けとけ。じゃねーとどっちも報われねーよ。死んだ側としてもな』
「言われなくてもそのつもりだ」
強い笑み。
その笑みに、海理は表情を和らげて笑んでいた。