海理が万理の負担も考えずに幻生を呼び出そうとして叱られている。
「僕は兄さんたちほどバカな体力じゃないんですよ!!」
『あーそうだったな』
「兄!?」
寸劇に似た兄弟のやり取りの最中も、海理の刀は振るわれる。万理が刀で何かを凌ぐ。
見えなかった相手は、やはりまだ見えてこない。
それはきっと――
『手も震えてるのに?』
「……なんで細かいところ気づくんだよ……」
『さあ。観察力は母さん譲りだからなんとも?』
「……あ、そ」
そう返すのだって、喉が震えてしまう。
けれど。
目を閉じて一度深呼吸して。拳もきつく固めて、目を開く。
響基が琴を出す。翅がその前で響基を守り、悟子は響基の隣で鳥を出して加勢している。未來が呼び出した
「――千理に言われたよ。いる意味もわからずに加勢に来るなって」
それはきっと、大切な家族を亡くしたからこそ、言える言葉。
「んでもって、海理がさっき、隼にも同じようなことで怒鳴ってたりもしてたよ」
それはきっと、大切な家族を遺して、避けたかった結果を招いてしまったからこそ、出る言葉。
「翅もいつきも響基もさ。この間教えてくれた。あいつらの境遇とかも」
そして、結李羽も。
抱えてきたものは全部、自分が一般人だったなら一切知ることがなかっただろうものばかりで。大きすぎて。
絶対に自分では助けられない。支えることすらできないし、道を示してやるなんて
そんなの、できっこない。
『……そっか』
「ああ。――あいつら、信じてくれてるんだ」
問題児だと、一人だけ生まれてくれればよかったのにと、言われ続けた自分を。
どれだけ希望のない世界でも、いてくれてよかったと、自分が自分でよかったと笑ってくれる、仲間を。
「いる意味含めて、護られてるばかりじゃ成長しないだろ」
怪談の謎がわかった自分を叱ってくれた士だって。隼の苦しみを理解しようとしなかった隻を嫌悪してきた萌だって、逆にそれに怒ってくれた伊原も翅も、千理も響基もいつきも。
衣を羽織って、鬼を睨みつけた。鬼の顔が――頭蓋骨の
「弱いんだったら登ってやるよ。〇.一秒でも速くな」
鬼の手が千理の拳を払い除け、万理の刀を弾いた。勢いをつけて飛びついた女豹は着物のせいで鬼を捕らえ損ね、秋穗が悲鳴を上げて結李羽にしがみついた。
バスケットボールを素早く手に収めた隻は、ボールを投げつける。
避けた鬼目がけて追尾を始めるボールに、青慈がぶはっと吹き出した。
『ボ、ボール!? 本気でボールしか作れないんだ!?』
「う、うるせえな
……立標、伸び縮みし放題。
……結局、ボールみたいなものばっかり。
「隻さん鬼刺激したら狙われますよ!!」
千理が素早く鬼を家の中から叩き出し、万理が結界を張ったではないか。思わずこめかみの血管が浮き上がる。
「刀折れてるお前が言うんじゃねえ!!」
「ちょっ――! そ、それ」
『折れた? ……何やってんだこのクズ』
隣の幽霊から漏れた言葉に、ぎょっとした隻は見下ろして――自分の目を疑った。
可憐な笑顔で毒を吐く姿が、なんだかどこかで見覚えがあるような――!
『へーえー? そうだよね、
千理の顔が止まって――瞬間頭上に大きく浮かび上がった五芒星を見上げて泣きそうな顔になっている。
「い、いや青慈兄ちゃ……! い、色々とね!? やめ――!」
『さっさと立ち直らないとぶっ潰すよ、鬼と一緒に』
鬼の凄まじい攻撃の間でも、響基が怯えきった顔で青慈を振り返っている。翅は棒読みで「おーこらせたー怒らせたー」と、まるで歌うようなリズム。
いつきがぐったりとしたまま、小さく溜息を吐いた。隻の後ろで。
「……相変わらずだなお前」
『そうでもないよ。死んでから大分変わったはず……ああ、千理に対しての怒り方は変えてないけどね!』
「鬼畜! ――だあ!?」
千理の喉を掠めた骨の手に、海理が舌打ちを鋭く響かせた。
『よそ見してんじゃねえ!!』
「オレのせい!?」
『さっさと立ち直らないと七十二霊!!』
「やめてえええええええええええっ!!」
……鬼だ。
悲痛な声にすら、『ほらほらさっさとしないと潰すどころか死ぬよ』と笑顔で言い放つ兄貴分に、ついに翅まで安全地帯で顔に手を当てている。
千理は千理で必死に避けているのに。頑張っているのに。いなすだけではなく拳と蹴りでなんとか生き延びているような状態だ。万理も前線に出るのは危ういと判断したのだろう。呪術に切り替えている始末。
乱戦を避けるのが妥当な状況の中、隻が苛立ってボールを真上に上げた。チリチリと、電気がゴム製の球体の上で踊る。
「避けろよ千理!!」
「はいい!?」
雷。
着物を焦がしたが、やはり骨までは簡単に折れてくれない。それどころか着物が朽ちても気にせず隻へと突っ込んできた鬼に、青慈が結界を張って弾いてくれた。冷や汗がどっと流れる隻は、手の平に爪を立てて踏ん張る。
『ボールで雷なんて発想、よくできたね』
「常識外でも実現できれば常識だ!」
『ははっ、無茶苦茶だなー。千理!』
「はいいっ!!」
瞬時に穏やかさを抜かして弟分を呼びつける少年の霊は、軽やかに笑った。
『理由はどうであれ、
目を見開く千理は、はっとして青慈を見やって――俯いた。
鬼が結界を破ろうとしている中、翅が大鎌になったアヤカリで注意を引き、庭に引き込んだ。
『怖いよー!!』
「俺だって怖いよ!」
青慈の頬がひくりと動いた。
未來が女豹を還し、次の幻生を呼び出そうとしている。
一度息を吸い込んだ千理は、青ざめた顔でこくりと頷いて――手を上空に掲げた。
咆哮が響き渡る。
海理が口笛を吹いてにやりと笑い、青慈が感心したように笑んで『へえ』と呟いている。
ワイバーンが、竜騎士が。
上空から姿を現し、鬼を槍で切り上げ、鋭い爪で掴み上げて上空へ放った。
「冗談……レーデンの血舐めんな!!」
千理が手を横に突き出し、落下する鬼を睨みつける。
「夜の住人、名は
「うっげ!!」
幽霊、人間問わず、男の大半から悲鳴という名の拒絶の声が上がった。
ただ、口を半開きにした沙谷見の双子は、千理に怪訝な目しか向けられなかったけれど。
「闇を闇に還す象形とし、我が意に応えよ!」
千理の衣から、大きな山猫が姿を現した。
そのまま牙を覗かせてにいっと笑う姿に、万理が懐かしそうに生温かい表情で見やっている。
『うちの坊やたちにお痛してんじゃねえよ
ドスの効いた、もの凄く低いおっさんボイス。
山猫が上空へと飛び上がり、ライオンどころかバッファローすら宙で容易く弄びそうな剛腕で鬼を叩き落とした。
翅と響基がぞっとした顔でか細い悲鳴を上げ、海理が引き攣った顔で後退している。
『お、おいおい……! 誰が和為出せっつったよ……! おおっと』
鬼の腕が海理を貫こうとし、すぐに刀を出して防いだではないか。万理がはっとした顔で「兄さん!」と叫んでいる。海理はくすぐったそうに笑い、すぐに表情を引き締めた。
『できれば、生きてる間にちゃんと話してやれりゃあよかったな――
海理の体に巻きつきかけた縄が斬り落とされた。夕闇の中、満月を確認した千理の口からまた召喚の詠唱が響く。
「夜の住人、名はナヅキ」
音を耳に捉えた瞬間、響基が目を丸くして千理を見据えた。
信じるように、琴から音が単音響いて――
繋がる、繋がる。
広がる音は重なり、旋律へと変貌した。勇気付けられるような音色に、隻はバスケットボールを還して目を閉じる。
猫のようで虎のようで。
小さいけれど大きくもなる、翼を得たあの姿を。
「立標!」
「闇を闇に還す象形とし、我が意に応えよ!」
翼を背に負う猫が飛び出し、鬼の注意を海理から逸らす。
ザン
着物が、割れた。
ピキ、ピキピキ
ピキキッ……パキッ
切り伏せる体勢で鬼を睨む千理の手で、闇で固められた刀が、ひび割れていく。
「――変わろ、無月」
刀身の闇が、淡い光を放つ。
千理の鋭い目は決意を秘めたように、鬼を見据えて。手はしっかりと、刀の柄を握っていた。
「オレも変わるから」
月光が刀を彩った。
山猫が愛おしそうに千理を見やり、高く鳴いて鬼の頭を捕らえる。けれど次の瞬間、鬼は飛びずさると頭蓋を押さえたままどこかへと消えてしまった。
気配が完全に消えたことを確認した青慈と万理が結界を解く。全員がほっとする中、千理がにっと笑って刀を見やって、いつきへと目をやっている。
いまだ顔が真っ青ないつきは、ほっとしたように笑って――顔をいつものように歪めて鼻で笑ったではないか。
「遅いんだよ」
「ははっ、さーせん」
「謝る気ないだろお前」
「そりゃあねー。オレのものさし≠カゃ謝るレベルじゃねーんすもん」
海理と、翅と響基と青慈が、ぶはっと吹き出した。
いつきの呆れた顔は、すぐに笑いによって解れていったのだった。