『千理ちゃああああああああんっ! んもうっ、いつになったら呼んでくれるのかって淋しかったじゃないっ、凛々しくなっちゃってんまあぁぁぁぁああああっ!!』
「ぃぃぃぃやぁぁぁあああああああっ!! くっ、くんな来ないで止めてえええええっ!!」
おっさんボイスで、猫なで声。
千理が顔を真っ青にして山猫から逃げるその姿に、隻も隼もぞっとして自分の腕を擦った。翅まで台所の角に蹲って耳を塞いで足を擦るように擦り合わせている。
そりゃ、逃げるよ。
大山猫の
何故にオネエ系。しかも今さら思い出したけれど、これを創ったのは確か――
永咲。千理の師匠。
「あの人何がしたかったんだ……」
『永咲師匠だろ。千理が嫌がる性格の幻生作って遊んでたんだ』
「だからってあっち系創るかよ……!」
『そりゃ千理がわりー。あいつ前の晩テレビでゲイの話聞いて、「男の人が男の人好きになるって変だよね」って師匠に疑問ぶつけてやがったからな』
隻はそっと視線を逸らした。
中学の頃、確かに性同一性障害や名実共に同性愛者を語った奴は知り合いにいたけれど。
千理の小さい頃なら、ギリギリ受け入れられる人とそうでない人が同数ぐらいだったはずとはいえだ。
「バカだろあいつ」
『生まれた頃からバカとしか言われてねーんだ、保証つきだぜ』
「ぎゃあああああああああああっ!! かっ、還れええええええええっ!!」
あ、消えた。
熊よりも大きな大山猫が、テレビを消すように唐突に消え去った。
庭に蹲って頭を抱え、ガタガタと震える千理の隣に、騎手鎧とワイバーンが着地した。騎手が千理の頭を撫で、ワイバーンに至っては和為から抜けた毛を見つけて火を噴いて焼いていた。
千理に従う幻生たちも、それぞれの関係はバラバラらしい。
幻生ついでに、うっかり物置に閉じ込められていた浄香と白尾ノ鴉は響基が救出してくれたようだ。全員大事に至る怪我がなくよかったと見るべきか。
結李羽を診ていた悟子がほっとしたように見上げてきた。
「疲労で倒れただけみたいです。ほかに何かされた様子もないみたいですよ。――いつき、大丈夫ですか?」
いつきが、穏やかな笑みを浮かべながら、少し複雑そうな面持ちで頷いていた。
「……体はな。むしろ体調が良すぎる」
『あ、それで思い出した』
海理がずかずかとやってきて、いつきの目の前にしゃがんだ。手をいつきの額に当て、彼が驚く間もなくよしと頷いている。
途端に、いつきの顔が真っ青に戻った。
「てめえ何しやがった、また重くなったぞ!!」
『あ? 呪いかけた』
「はあああああああっ!?」
一同から響いた大声に、響基がふらりと倒れた。
エヴェイユが響基を優しく咥え、そっと背中に乗せていた。
『てめー無茶するだろ。呪いが解けたつっても体は虚弱なままだぜ』
いつきが黙った。
『体力がないまま無茶して倒れても一緒だろーが。しばらくは自動でセーブが効くように調節するための処置だ』
いつきが目を逸らした。
『必要がなくなったら解けるからちゃんと体鍛えろよ。その鍛えてる途中で無茶しやがったらオレにもわかるから首締め落としに行くぞ、覚悟しとけ』
「誰が無茶するか」
『しない自信があるなら目ぇ見て言いやがれターコ』
いつきは黙りこくった。青慈は笑い飛ばし、千理がとぼとぼと戻ってきた姿を見て顔が引きつっている。
『久々に和為出したんだ? お疲れ様』
「久々っつっても二、三ヶ月前っすよ、前出したの……あ、ゼンス、あんがと。エヴェ――ひび兄何やってんの。あんがとーエヴェ」
物置の扉を開けに行っただけで響基が倒れたとでも思ったのか。千理の端から聞けばひどい言葉に、万理が冷めた目を向ける。
「兄さん」
「お?」
「ひび兄に謝ってください」
万理もひび兄って呼んでたのか。
青慈が苦笑いし、『変わったなぁ』とぼやいている。隼が恐る恐る青慈を見上げているではないか。
「ええーっと、その、遅れちゃったけどどちら様? その……青慈さんだっけ?」
『ああ、同い年だし敬語とか気にしないで』
なんで知ってるんだと思ったが、言いそうな人物にすぐ心当たりと検討がついて解決した。
『翅の師匠の息子だよ。八年前に死んじゃったけどね。あーほら、翅はそこでへこまない。ボクはもう気にしてないって言ったでしょ、事故なんだから』
溜息をついた隻は翅の傍に行き、背中を数回優しく叩いて――戻る気配がない翅の頭を叩いた。
「ったあ!? ちょっ、ひどいよ隻さ」
「さん付け」
「ご、ごめんなさい!! ――ってどう転んでもひどくない!? ……いや、うん。頭で納得はしてるんだけどな」
『どこが? 気持ち切り替えきれてなきゃそうとは言えないよ。引きずり過ぎ。……ったくもう、優しすぎるっての』
困ったように笑う二人に、隻はエヴェイユから降りた響基を見やった。礼代わりに撫でていたらしく、エヴェイユから甘えるような唸り声を出されて、顔を青くしていた。
「そういえば兄さん、無月は――」
「へ? ――ああ、そうだ」
千理が笑いながら、月光を放つ刀を鞘にしまった。
その辺に転がっていた広告の裏にペンを滑らせた千理は、自分の刀を優しく叩いた。
「こいつ、改名」
成す月で、
音は全く変わらないのに、月が無いと書かれていたあの時より、耳に響く音は温かい。
「満月の時、こいつの力多分舐めれませんよ。新月でも多分舐めれないけどね」
「つまり満ち欠けによって強さが変わるのは一緒なんだな」
いつきの指摘に頷き、千理は成月と改名された刀を見下ろす。
「オレ、昔っから変われてないもんはやっぱあるっしょ。なら変われないとこは変われないとこ。変えられるところから変えてきゃあ、自然と形はついてくるもんかなって思って。なら成月だって、無理に性質変わった形渡す必要ないじゃんって思ったんで、この名前」
変われていないところは、無理に変えない。
簡単なことのように聞こえて、何故かすっと耳に入ってきた。
青慈が優しく笑って千理の頭を撫で、万理に挨拶している。万理は戸惑いつつも笑い、頭を下げているではないか。
翅はといえば、気を入れ替えるように自身の頬を叩いている。
「――変われないところは変えない、な。千理らしいものさし=v
「だな。で、お前のそのものさし≠チてのは?」
悪戯っぽく聞けば、翅は屈託なく笑ってきた。純粋な笑顔はもう、なんでもいいやと前を向けているようで。
「俺的には、難しくて悩んでもどうにもならなかったら、あいつみたいにしようと思うよ」
「え、マジで!? じゃあ唐揚げ!!」
『てめーいい度胸じゃねーかオレ様の唐揚げ奪うってか、ああ!?』
「ちっ、違うよ兄の取る気じゃねーもん、翅からもらうだけぁあああああああ!!」
悲鳴が上がり、千理を探して見やって、全員が目を逸らした。
庭で幽霊にジャイアントスイングをされるなんて、どんな体験だ。青慈が目も当てられないと疲れた溜息。
『海理の前で唐揚げなんて言うからだよ……還る』
「青慈兄ちゃん助けてえええええっ!!」
『悪魔に魂くれるならいいよ?』
絶叫。
響基が耳栓を無表情で耳に押し込み、安堵の溜息。千理の幻生であるはずの竜騎士の鎧は、結李羽に毛布をかけ、タオルを濡らして絞り、未來に渡している。
……従者?
「ゼンスって、喋れないのか?」
『面倒』
「ああそう――今喋ったよな!?」
翅がぎょっとした顔。隼はゼンスを見て目を輝かせているけれど。
「何そいつかっけー!! ちょっ、あっちワイバーン!? マジで!? 乗ってみたい!!」
「……お前、あの鬼来てた時どうしてた?」
「結界張ってもらって青慈の後ろで頭丸くしてた!」
ああもう。
隻は脱力し、青慈に朗らかに笑われた。
『
「や」
『そんな可愛く「や」なんて言っても還りたいんだって還せよほら』
「いや」
『言い直せばなんとかなるとか思ってる? 思ってるでしょ。残念でした、そんな我儘な弟には悪魔全員召喚コースが待ってるよ』
「え? できませんよそんなこと」
『はあ? 何言って』
「だって今兄ちゃんの幻術
……。
ふぅぅぅぅぅぅっ。
青慈が折れたようについてくる。千理はご機嫌に笑いながら先頭切って歩き出したではないか。海理が真顔で青慈の隣を浮いている。
『諦めろ。ああいう奴だろあれ』
『ほんっっと
『てめーは身引きすぎなんだよ。ここまで関わったなら諦めて付き合え。オレだって面倒くせーんだよ、帰ってゾンビどもいたぶる気満々だったってのにちくしょうが』
「ゾンビに謝れ」
隻と翅の声がまたも重なった。学校に大所帯で向かう中で、幽霊二人は本当に目に引いただろう。視える人がいたならば。
結李羽が起きてから動き出したが、隼と悟子、万理、結李羽、さらに浄香の五人は自宅待機となった。結李羽の代わりに青慈が来てくれたようなものだ。
けれど、呪いが解けたばかりで体力を消耗しているいつきがこちらに来て大丈夫だろうか。
秋穗も結李羽に付き添って残っているし、座敷童が呼び寄せる幸運≠フおかげで、今まで体調がよかったはずなのだから。
――と、心配して見やったはずなのに。
「青慈」
『何かな?』
「千理に出されるなんて
……心配の二文字が
『いつき兄ちゃんったら酷いね。久々に会ったっていうのにそんな言い草されるなんて悲しいよ。――魂抜き取ってぶっ潰してやろうか』
「はっ、それができない状況だから言ってやってんだろうが」
「いい加減にしろ仲間割れなら京都でやれ!!」
隻の怒鳴り声に、青慈もいつきも舌打ち。海理はからからと笑い転げているけれど。