学校の門で立ち止まり、隻は校舎を見上げた。青慈が苦い顔で『うわ』と呟いている。
『想像してたより酷いな、こっちは……怨念の巣になってる。なるほどね、それでボクを出したままってわけ?』
「そーゆーこと。それだけじゃないんすけどね」
千理の感情が伝わったのだろう。青慈の困ったような笑いは、本当にくすぐったそうだ。
……青慈には悪いけれど、ブラコン。
海理がひょいと門を
「鴉――海理!」
『あ?』
振り返ってくる千理たちの兄を、方向転換した鴉を、隻は真っ直ぐ見据えた。
「頼んだ」
『言われるまでもねーよ』
『お任せあれ!』
にっと笑う少年と、胸を張る尾が白い鴉は、すぐに教員も利用する正面玄関へと近づいていった。すぐに隻たちは校門から離れ、近くの路地に入って、その先の公園に着いた。
全員衣を羽織って一般人から見えないようにしてはいるが、万が一人目に触れたとしても、公園なら怪しまれないだろう。――幽霊に間違われるのは色々と複雑だけれど。
『さて、翅』
「なん――」
がしっ。
頭をミシリと言いそうなほど鷲掴みにした青慈の笑顔に、響基と千理が「ひぃっ」と悲鳴を上げた。隻もぎょっとする。
「お、おい青慈!?」
『大丈夫殺しはしないから』
「そこまで聞いてないだろ!!」
『いいから外野は黙っててようっさいな。――ねえ翅、なにがそんなに悲しいの? そんなに苦しい? ボクが受けた傷を思い出して自分が憎い?』
「それはっ……」
頭を押さえつけられてしかめていた顔が一転して、複雑そうに、苦しげに歪められた。
翅の友人に殺された当事者は、冷めた目で――なのに悲しそうな色を残して、頭を押さえつけている。
『事実を言えば、確かにボクらは殺されたよ。奏明院一族も、父さんもボクも。でもね。そんなのはどうだっていいんだ』
翅が呻くより早く、青慈は優しい笑みを浮かべた。
『ボクは君の友人に殺された』
翅が苦悶に目を見開く。隻が止めようと動く前に、肩をいつきに掴んで止められる。
『
目を見開く翅と響基。いつきは懐かしむようにブランコの柱に背を預け、目を閉じていた。
『許す許さない。背負う背負わないなんてただの理屈だ。考えたところで
そのために、
千理まで目を見開いて、ブランコに座ったまま真上を向いて――倒れかけて慌てて鎖を掴んでいる。
翅がしばらくだんまりを決め込んで。けれど口から漏れたのは、小さな笑い声だった。
「さすが……
『当然。それに加えて、ボクは海理のダチだからね。面倒事は嫌いだよ。――
やっと手を放された翅は、うんとだけ頷いていた。
頷いて――頭を必死に擦っている。その姿を見て笑い飛ばすいつきだが、今度は咳き込んで千理に背中を叩かれているではないか。
「くそっ、海理呪い解け!!」
「……笑い飛ばしても無茶に入るんすね」
『肺に負担をかけるからじゃないかな? いつきのあの呪いは元々、背中から入れられて心臓から肺にかけて侵食していく奴だから』
「あー納得……どんまいいつき兄」
「海理いいいいいいいっほ、げほっ!!」
普段は呪いのせいか、吠えてもそんなに咳き込むことはなかったのに。
いつもの倍近い声量で叫んだために咳き込む羽目になったいつきを、翅も青慈も笑い飛ばしていた。響基だけは、耳を塞いで涙目だったけれど。
ふと千理がはっとして笑いを止め、空を見上げた。鴉の鳴き声が聞こえ、一羽だけ白い尾を
「白尾――なんだあれ!?」
白尾ノ鴉を追尾するように伸びる黒い手。千理が右手に成月を呼び出し、姿勢を低くする。
「お先!」
「あ、ちょっ、海理みたいに行くな!!」
止めたのにさっさと走って見えなくなった姿に、青慈があちゃあと手を顔に当てている。
『結局暴走癖が一番直ってないか……七十二霊出すぞ千理!!』
追いかける兄貴分。いつきが溜息をついて、響基も苦笑い。翅は冷めた目で二人を見送っている。
「ねえちょっと、どこに行ったわけ俺の感動。感動っていうか
「行くかー。あの様子じゃいくら海理でも危険だろ」
「あれぐらいで死ぬ奴だったら俺でも殺せるだろ」
「なんなんでしょうねっ、あの幻生! データ、データ!!」
……。
一人だけはしゃぐ未來に、翅が心折れたように地面に手を突いた。
彼氏、心配されていなかったよな。結局。
黒い手は、月光で輝く衝撃波によって分断され、未來が悲鳴を上げていた。
門に達した瞬間、千理が「待てっつってんでしょうがおらあああああああっ!!」とかなり低い声で怒鳴っている。相当切れている時にしか聞けない声に、響基が苦い顔。
「そう、だよな……切れるよな、うん」
「やっぱり気づいてたのかよお前も……」
「うんごめん、公園出た辺りでやり取り聞こえて確信した」
お前の耳はレーダーか。
未來が残念そうな声で「黒い手のデータが……」と落ち込み、翅は苦い顔をした後周辺を見渡し、植え込みを見てはっとした。
「海理!」
『ってぇ……んなろおぶっ飛ばす!!』
千理と似通った声音の霊が、ぎゅんと目の前を突っ走っていった。
青慈が冷めた目で風を受け、響基が顔を真っ青にして棒立ち。
「こ、殺す気だろあれ……!」
『あー……面倒、還りたい』
「千理に頼めば?」
『ああもう面倒くせえ!! 海理どこだ!!』
『校舎三階!!』
聞こえてた。っていうか、返してきた。
隻は溜息をつき、翅は真顔。
「行こうかー隻……やっぱ言いづらいからさん付けダメ?」
「ダメ。行くぞ!」
「切り替え早いなー」と笑う翅も、人のことを言えないぐらい、顔色が戻っている。青ざめていたはずの顔色はその気配もない。
未來がほっとしたように笑んでいるのが見えて、いつきが「リア充」の「リ」を言う前に響基が口を塞いでいた。
当然いつきが
正面玄関を突っ走り、響基がはっとしたと同時に青慈が最前面に立った。
『任せて。このぐらいなら七十二霊に頼る必要もない』
青慈の周囲に、黒い円。
ざっと気配が遠退き、ガラスからはピシリと響くヒビの入った音。
なのに割れていないガラスから、粉々に砕けるような音の後――
廊下に割れた破片が転がった。窓ガラスも鏡も一切割れていない。
しかも廊下に目をやれば、あちこちから光と闇の糸が
愕然として青慈を見上げた。青慈の呆れ果てた溜息が
……一遍に幻生を倒した、ってことか?
『あいつら俺の取り分残せよったく』
訂正。
千理と海理が
『にしても本当に面倒臭いね、ここは。この調子じゃいずれ本気出さないとヤバイかな。あー母さんに怒られそう……』
「……そんなでかい規模、本当に一人の人間だけで動かせるのか?」
気になって声をかければ、青慈は『どうだろうね』と渋面を作って道案内をしてくれる。
『操れることは操れるんじゃないかな。ボクだって、レメゲトンに登場する七十二霊を従わせられる。幻術使いじゃなくても従わせられる人はいるよ。その場合は大抵、対価――要するに見返りだね。それを与えて従わせるのが一番簡単なやり方かな』
対価にされた側は堪ったもんじゃないけどね。
そう付け加えられた言葉に、隻の胸がずきりと痛んだ。
伊原の弟も――
廊下の反対側から足音が響いてきて、青慈が視線を鋭くさせて身構えた。立ち止まった隻たちも武器を出そうとして目を丸くする。
パーカー姿の女性は隻を見るなり、元から
「あれだけ言ったのに」
「
「――まだ見つかってないよ。いいから帰って」
「探す!」
目を見開いた士の脇をすり抜け、隻は階段へと足を踏み込んだ。青慈が士の隣を湯浮遊して横切り、ふっと笑った。
『それで? 君は彼の何を見てきたって言うのかな』
「――ああもう……」
隻を追いかける足音が、増えた。
階段を駆け上がり、三階に到達した隻は廊下に飛び出ると素早く左右を見渡す。千理の声も海理の姿もない。足音が追いつき、翅が同じように周囲を見渡して「千理たちは?」と声をかけてきたも、首を振る。
「あいつら次どこ行った――!」
「任せてー、お得意様だわ」
士が結李羽の身動きを封じていた、あの羅針盤を取り出した。目を見開く隻に、士は肩を竦める。
「言ったって帰る気ないんでしょ。あーだるい」
「助かる!」
言葉に詰まった士は、すぐに無視を決め込んで詠唱している。
「八卦の導き、葉月の友よ」
羅針盤が月の光によって輝く。
「八方位、及び、八方位、納め、十六方位、示し、時勢、葉月、
羅針盤の上から針が一つ、中空へと浮かび上がった。
不規則に回転した針は次の瞬間、一点目がけて方向を固定する。階段の踊り場に向けられた中、わずかにぶれる針を見て、士が渋面を作った。
「物語に引き入れられちゃったか。からくり解かないと無理だわ」
「問題児」
隻の言葉に、士が「あー」と呟いた。
「当たりだろ」
「そうだけど、その問題児がどこにいるってんのよ」
一点に集まる視線は、最初は隻で――
次に集まったのは、青慈。笑顔で視線を出迎える青慈は、すうっと目がそれていく。
『……ちょっと待とうか。君らなんでボクを見るのかな?』
「海理並みに横暴だろお前も!!」
『それは千理限定――じゃないけどあああああああ!! くっそ物語開くなよ俺で!! そこはいつきに開け!!』
「あ゛!?」