Under Darker

 第2章極夜の間奏曲

第19話「正体、現る」01
*前しおり次#

きざしー……あー、ダメだね。気を失うレベルまで呪力呪力しぼり取られてるか」
「ほんとに俺が言うのもなんだけど、つかさの棒読みは棒読みのレベル超えてるよな」
 棒読みの妹は往復ビンタを平気で兄に叩き込んでいて、ぐったりと動かない萌の頬は見事に腫れ上がっていた。赤い紅葉もみじが頬にできるというより、赤い茂みが頬に乗ったようではないか。
 翅に真顔で振り返る士は、平然と「そお? そう」と自己完結だ。裏拳突っ込みを堪える翅の肩に、響基の生温かい視線と手が置かれた。
 目をらす隻は、けれど周辺に目を走らせて苦い顔になる。
 先生……
三階ここで本に挟まれる直前はどうした?」
標的ターゲットを見つけて、千理と挟み撃ちにはしたんだけどよ。逆に本にでっかく口開けられてばくん、だ。あの本、どうもアルバムが化けたもんみたいだったな』
「アルバム? ――中学なだけに卒業アルバム?」
 翅の怪訝な顔に千理が頷いている。「何年度なのかはわからなかったんすけどね」と渋面だ。
「けどページは……もっと分厚い冊子になってて、一人一人の顔がページに描かれてたんすよ。ギャル系の子やヤンキー張ってるような連中がばらばら映ってて」
「だろうな。うちの学校、俺が平気で通えるぐらいには荒れてたから」
 頷いた隻を、千理と響基が心配そうな目で見てきた。時計を確認し、まだ九時にすらなっていないことを確かめ、正面玄関付近の車が一台も残っていないことに顔をしかめる。
 ただ、自転車置き場に一台残されている程度で。
「七年経って代も変わって、少しはまともになってるんじゃないかって思ってたけど。……やっぱり先生には荷が重かったのかもな」
「隻さ――」
「もう気にしてなんてねえよ。問いたださないと気が済まないんだ、止めるなよ」
 千理が不安そうに口を開け閉めして、結局黙り込んだ。それを見た翅が眉をひそめている。いつきは目を逸らして、窓の向こうを見やっていた。
「――俺が本当に想像してる通りの先生なら。四組にまだいてくれてるだろ。……それとも、口に網戸が立ってるようなバカ正直な生徒のことは、見てて心配になるのかよ」
 目を見開く翅は、隻が見据えた先に見えた人影に言葉を失っている。
 千理が悔しげに人影を睨んで、奥歯を噛み締めているではないか。
 せたシルエットは、背が低く感じられた。
 よれよれのくたくたを体現したくたびれたシャツにズボン。アイロンがけなど本当に忘れ去ったような服装でこちらを見やってくる男性は、懐中電灯を手に、ゆっくりと廊下に姿を現す。
 その後ろに背負った、大量の闇。
 目を逸らして忘れたくなっても、もう逸らす気はなかった。
 ――なんでそんなに抱えちまったんだよ
「どうして俺だってわかったんだ?」
「――隼の友達の、吉中よしなかの話だよ」

 そういえばお前ら、聞いてるか? 吉中、捜索願いだされてるんだが
 行方不明になってるらしいんだ。お前らも知らないか……

 ……ごめん先生、それいつ頃の話?

 卒業生伝いに聞いたから、いつからとは言えんが、ここ二、三ヶ月じゃないか? 正直、かなり手を焼かせる奴ではあったがな
 あいつも高校を出て、彼女さんできたらしいんだが……

 は!? え、ガチで!? じゃあ駆け落ちじゃね?

「それで確信したわけじゃないけどな。少なくとも、隼がメールツイッターって言うぐらい、頻繁に隼とメールで連絡してた奴だ。そいつが隼に彼女のこと言ってないんなら、吉中の中学時代の友達に、ほとんど彼女がいること言ってないんじゃないのかって思った。――なのに、吉中と付き合いがいい連中からほとんど遠巻きにされてた糸先いとせんが、なんでそのこと知ってたんだろうなってさ」
 他にもあった。
 問題児ばかりが行方不明になっている中で、自分だけ怪談が見向きもしないこと。
 六年前からよそで始まった怪談による失踪事件であるにもかかわらず、七年前卒業したはずの隼や吉中が狙われたこと。
 移動する怪談は、学校を変えて六年間続いていて。それができる学校関係者は職員ぐらいのもの。
「吉中がそうやって守ってた秘密を先生が知れるってことは、考えられるべき要点はおおよそ三つ。一つは吉中たちを先生が目撃したか。もう一つは別の先生から伝え聞いたか。最後の一つは」
「俺が本人から聞き出したか。な。――お前シャーロック・ホームズは嫌いだったんじゃなかったのか?」
 苦笑するように響く声に、隻は「推理ものが難しいだけだよ」と小さな声しか出せなくて。
「……向こうに行ってた三年間で、手当たり次第に漫画も小説も読み漁ったよ。自分で推測する力もつけていったら面白く内容を理解できるんじゃないかって、翅に教えてもらった。それからだよ」
 先生が吉中を目撃したとして、七年も経って変わっただろう生徒を一度で見抜けたとは思えなかった。さらに連れの女性がいたとしてもカップルとまで気づくだろうか。
 別の先生から聞いた場合でも同じだ。吉中が簡単に話せるだけ親しい先生が、隻たちの在学当時で教師陣に当時いたとは到底考えづらい。
 どんな性格かはわからなくても、メールツイッターと隼が言ったのに、それだけ親しい間柄の隼に一切恋人のことを言わなかったというところで、どういう人物かはそこそこ想像できる。
「推測のやり方教えてくれたの、先生だよ」
「――そうだったなあ」
 同じく七年前も隻たちのことを見てくれたバスケ部の顧問の先生も、やはりほとんどが当てはまったように見えた。
 見えたけれど、あの先生は違う。隻のことをまず問題児としてみていた代わりに、当時のほとんどの教師たち同様、隼に対しては頭もよくてちょっとお調子者なだけのムードメーカーとしか見ていなかったのだ。
 隼の素行を見抜いていたのは、糸川だけだった。
 そして隻を問題児じゃないとかばってくれたのも――
『……皮肉だね。恩師と生徒がこんな形になるなんて。笑えない話だとは知ってたけど、バカバカしいな』
 青慈の声が随分と冷めたものになっている。千理が「青慈兄ちゃん」と止めてくれたその言葉ですら、軽やかに笑っているほどだ。
 千理が苛立たしげに人影――糸川を見やっている。
「オレと海兄だけだったから、幻術使いのオレらだけなら容赦なくやれるって思ったのかもしれませんけどね。――いや、そうじゃないか」
 糸川は少し不思議そうに千理を見下ろした。
「あんさんにとってはオレらもやっぱり問題児に見えた? まー、事実オレは小三から不登校張ってたし、海兄はごらんの通り幽霊になっても口は悪いの手は出るの、終いには弟すら足蹴ですけどね」
『よく言うじゃねーかてめー、兄貴を散々こき使ってんのはどっちだ』
「……いやあ、さすがにそこまで考えてお前さんらを喰わせたわけじゃないんだが」
 ぽりぽりと頭を掻く糸川に、千理と海理が揃って「うっそお!?」と逆切れの勢いで怒っているではないか。響基が疲れた溜息。いつきは「はっ」と苛立ちを吐き出した。
「お前ら切れる場所から違うだろうが」
「だってそっちのほうが自然な流れでしょうよ今までの怪談でも!!」
「黙ってろ。――昼間に会っている以上、正体がばれるのは時間の問題だと思って二人をむ無く本に閉じ込めた。違うか」
 いつきの指摘に頷く糸川。千理がいじけたように床にのの字を書いている。
「昼間に大勢で来た時、お前さんはその変な衣を羽織ってたな」
「――やっぱり幻術使いもえてるのか」
 拳が固まる。
 奥歯まで噛み締めそうになる中、隻は震える腕の力を抜こうと押し殺すばかり。
「なんでだよ、糸先」
 違っててほしかった。
 違っててほしかったのに――っ
「生徒を変えられないのは教師の責任だっつって、ずっと駆けずり回ってくれてたのはあんただろ。――聖職者じゃなくても人は変えられるって、それで国語教師になったんだろあんた。何ひとりで変な道突っ走ってるんだよ、止めてくれる奴は大勢いただろ!!」
 後ろで控えている、沢山の怪談が。
 糸川の後ろで囁くいくつもの声が。
 バカみたいに小さくて、バカみたいに嗤ってくる。
「いなかったわけじゃないだろ……教師の中でもあんたの味方はいてくれたはずだろ、親しい先生とかいたんじゃないのかよ! そうなる前に誰かに言えることあったんじゃないのかよ!」
「――そうだなあ」
 のんびりとした、いつもと変わらない声。
 懐かしむような穏やかな声がむしろ、心を抉るようで。
 糸川は隻を見据えて、優しく微笑んできた。
「それをやったら、俺はきっともっと早くに、この世からいなかったろうなあ」
 目を見開いた。
 言いたいことが見えなくて、固まってしまって。
 固まったその衝撃で、わかってしまった。
 わかってしまうと後はもう、ただ――
 視界がゆがんでいくばかりで
「――っ……そん……」
 どうして、そんなになるまで
 溜め込んで溜め込んで、吐き出すこともできなくなるぐらい、吐き出せば全てのせんが抜け落ちてしまうぐらい、押し込めて。
「隻。ここから手を引いちゃあくれないか?」
 それで、こんなのなんて――
「もうすぐお前さん、京都に帰るんだろう。俺もこの任期が終われば後はまた、別の場所に異動だ。そうなったらもう、お前さんには会わなくなる」
 こんなになってしまって……
「頼む。隻」
「そうやって目を背けて、手を伸ばしてくれるはずの誰かを傷つけるのかよ」
 翅の静かな声が、廊下を打った。糸川は目を向けて、穏やかな顔のままうつむいている。
「甘ったれもいいところだな。そんなんじゃ誰も救われないことぐらいわかれよ!! 傷ついて傷ついてぼろぼろになって、そこから立ち直る気がないなら隻さんだけは傷つけるな!」
「傷つける気はなかったさ」
 糸川の苦笑じみた声が、耳を打つ。
「俺の最初で最後の、唯一変えられた生徒がだぞ。幻術使いになってるなんて想像、小説でだってできるか? いい方向に変えてやれた自信もなかった。あの後高校で潰れても不思議じゃなかったんだ。そんな奴が、俺の後を目指して教師になるために大学行ってるなんて、誰が想像できる? それじゃあ自惚うぬぼれだろう」
 綻んだ顔は、ほこらしげで。
 ただ前を向いているようにしか見えないほど、嬉しそうで。
 悲しげで。
「……本当になぁ。そこの幽霊さんに同文だ」
 青慈に笑いかける姿はどうしようもないほど、清々すがすがしい。
 隻に向けられた笑みはどこか仕方がなさそうなもので。すぐに振り返って去っていく姿に、隻は目を見開く。
「糸先!」
しまいにするか」
 怪談が、学校の黒が。
「なあ、隻。久々にするか。鬼ごっこ」
 糸川をおおい隠していく。
 振り返ってきた恩師の笑顔は、笑えないほど無邪気で
「今日はお前が鬼な」



ルビ対応・加筆修正 2021/03/23


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