Under Darker

 第2章極夜の間奏曲

第21話「季忌命トキイミノミコト、裁く」01
*前しおり次#

 晴れやかな笑顔に飛ぶ、あかが。
 暗い中目を見開いた隻の顔に落ちる、色が。
 奥歯を噛み締めた糸川いとかわが、無理やり体を左にずらして――
糸先いとセン――!」
 倒れ込んだ。
 引き抜かれた刀に、糸川がうめいている。いつきがすぐに駆け寄り、包帯を取り出すと止血作業を始めてくれる。
「ぁー……刀、折れなかった……?」
「バカッ、体に欠片残す気かよ!!」
「肩の骨を砕かれてる、下手に動くな!」
 いつきの鋭い制止に、糸川が呻いている。つかさが苦い顔で近くにきざしを叩きつけた。
「士っ!?」
「っち、起きなかったかー」
 羅針盤を手に体育館中央をにらむ女性の目が鋭い。
 刀は――壊れかけ。ボロボロでさびまで入っているそれは、紅をまとうを越えて黒ずんでいる。
 包帯、ガーゼ、テープ。様々な道具が出され、いつきの手で丁寧に止血されていく。
 目を見開いてのどが震える中、士が「あーもー」と苦い顔。前に立った翅も、後ろで竪琴から琴に変えた響基も顔を引き攣らせている。
「また裏切り現場に遭遇しました、って? ――面倒くさいなあ本当」
たちの悪い奴だな。千理には悪いけど、出させてもらおうか』
 体育館中央に巨大な五芒星ごぼうせいが展開される。青慈から見て逆さに描かれたそれが青い光に覆われていく。
『うっわバカ今呼ぶんじゃねえ!』
 ……今の声、海理か。
 校庭で勢いよくける音が長く引きずられた。
 ……。
 千理、気絶した?
『あ、もしかして向こうでも何か出してたかな? 失敗失敗』
「謝る気ないだろ青慈!?」
 響基が突っ込んだと同時、校庭側の扉が勢いよく開かれた。海理が憤怒ふんぬ形相ぎょうそうで入り込み、状況にか目をわらせている。
 錆の入った刀の主は、白骨化し、着物で唯一女性とわかる程度の平安の風体。
『うっぜええええええええええっ』
『海理うるせー』
『てめーのせいで千理吐いただろーが! おいこら雷駆ライクかえしたなら落ち着いただろ降りろ!!』
「む……ぅっぷ」
 顔が青を通り越して紫になっていないか。
 千理が口を押さえている。胃の中の素麺を出さないようにしている中、青慈はといえば涼しい顔。
『そういえば術者の負担になるんだっけ。まあいいや』
「――!」
 千理の顔がさらに青くなって――
 手の成月が、消えた。
 季忌命は海理目がけて刀を振り上げる。海理は自身の刀を振り下ろす。
 水の衝撃波。
 骨を濡らされた季忌命から白い湯気が上がり、海理がにやりと笑う代わりに青慈が悲鳴を上げているではないか。
『なっ、なんで海浪月かいろうげつ振り回すんだよ、ボクに当たったらどうする気!?』
『あ? 知るか。成仏できるぜー南無』
『海水禁止――――――あああっ!』
 五芒星が掻き消され、途端に千理が息を吹き返したかのように空気を吸い込んで、咳き込んでいる。ぐったりとする少年の顔はもう土気色つちけいろだ。
「に、兄ちゃんマジ……勘弁かんべんして……るしふぁー、しぬ……」
『アモンがよかった?』
「……」
 白目をいた。
 術者が気絶しても浮遊し続ける青慈は、『相変わらず気絶しても術保てるのは凄いなぁ』とぼやいている。止血が完了したのを確かめたいつきが、隻に大丈夫だと頷いてくれてほっとする。
 それでも痛み止めがない以上、糸川の顔は激痛で歪んだままだ。ライネが鉢植えをよっこいしょと抱えて、目の前でいきなり大人の女性のサイズにまで成長した。鉢植えをじっと観察して小さな芽を沢山出していく。
「……な、何?」
『痛み止め、作るの』
 美しいのに可憐な女性が、子供さながらの無邪気な笑顔で微笑んでくるのは、何かがおかしい。いつきがなんともいえない顔になり、けれど季忌命トキイミノミコトへと目を向けると視線が鋭くなる。
「時間がかかる。前は頼んだ」
『あ、丁度いいから千理頼むわ』
「患者を増やすな!!」
 いつきの怒鳴り声に、青慈がそっぽを向いている。士が羅針盤を手に「うーん」と苦い顔だ。翅もアヤカリを出して怪訝な顔になる。
「海水が効くなら、アヤカリ最強じゃね?」
『でもあれ神だけどアンデッドなんでしょー無理だよ怖いよー!!』
「じゃああれで行くか。草薙剣くさなぎのつるぎ
「何それ」
「日本……神話の、スサノオノ、ミコト……の……だな……」
「患者をしゃべらせるな!!」
「糸先に言えよ!!」
「仕方ないだろうが俺は接点がないんだぞ!!」
 そういう問題!?
 翅が突然前に飛び出した。アヤカリが悲鳴を上げる声に、響基が耳を塞いで苛立たしげに「ああもう!!」。
「刀が錆びすぎて音が悪い!!」
「そこ!?」
「だって空気を切る音がぶれてるんだよ気持ち悪いだろ!! くっそヒビが入ってるせいで空気の振動が乱雑だし苛々するなあっ!! 翅早く折って!!」
「うん……うん」
 ……音のことさえなければいい奴なのに。
 翅すら生温かい顔で返している始末だ。親友の温厚さを叩き割った原因を折れという指令にそむく気はないようだが、季忌命はただでさえ動きが速い。刀に変化したアヤカリごと翅の真後ろへと容易たやすく回り込み、横にいだ。
 ザンッ
 アヤカリが咄嗟とっさに水に戻り、保護バリアーになってくれていなければ、今頃は。翅の顔が一気に真っ青になっている。
「うーわー……!」
『いやああああああああああああっ』
「くそ、未來はまだ着かないのか!?」
「そういえば二階で地縛霊たちの人生相談聞いてた!!」
 有川さん―――――――――っ!
 季忌命の剣舞が圧倒的だ。響基でなくとも、無茶苦茶な振り回し方には渋面で済まない。
 アヤカリから手を放した翅はもう一本剣を作り出し、アヤカリはといえば水の状態で翅の周辺を浮遊している。海理がいつきのそばに千理を落とし、前に立つ。
『しかし妙だな。ここまで情念に縛られてる奴がどうして東京から出た話を聞かねーんだ。呼び出されて縛られるか、元から縛るための陣を組まれてなきゃ無理な話だぜ』
 はっとする隻に、いつきが確かにと頷く。
「少なくとも土地の気を利用するぐらいのレベルで陣を組まなかったら、東京外でも出没していた可能性があるな。けどそれだけの陣が――あった」
 いつきがぐったりと頭を抱えたではないか。響基がしばらく考えて、目を丸くする。
「まさか隻さんの家にあったあの布の陣!? ――あっ、そうか白尾ノ鴉がいたのもそういうこと!?」
「は?」
「土地神の力でも一応神は神。土地神を通じて周辺の土地の気で力を抑え込んで、あの布の陣で抑え込んでいたんだろうな」
「なるほど!? けど、陣を使っても出てこなかったよな!?」
「あの時誰も裏切る行為をしていなかったからだ」
 隻は海理が季忌命を押し留める現状を確認した。
 剣の達人と暴風の対決みたいだ。響基の音による援護を受けて互角に渡り合う海理のサポートをする隙なんて見えない。
 いつきに困惑しつつ口を開いても、隻は海理から目を離せない。
「あの家の主であるお前たちからは来ることを望まれていない。あの場に当時土地神が二体いた。結界の効力が強まったからこそ、俺の呪いを解けるほどの間、手出しができなくなったのかもしれないな。確かめようがないが」
 いつきの指摘に響基が集中を切らないよう気をつけつつ呻いたのが聞こえた。
「――白尾しらおからすさんにさ、今度生ハムあげたほうがよくないか?」
「思った」
 頷いた隻は、尾が白いだけの鴉と思い続けてきた今までが本当に申し訳なくて仕方ない。
 季忌命の刃をアヤカリが受け止め、そのアヤカリの悲鳴に翅がげんなり顔だ。海理も海水を自らの刀から放ちながら苦い顔になる。
『しくったな。海浪かいろう使いすぎたらオレの足場も少なくなってきちまった』
『浮けば?』
『あ』
 手の平に拳をぽん。
 隻たちは思わず脱力した。
 幽霊じゃねええええええええっ。
「むしろ俺すべりそうなんですけど!!」
『大丈夫だよー俺海水大好きだよー! うぇるかむっ』
「発音違う!!」
 響基の怒鳴り声に、青慈が呆れた顔。
『相変わらずだなー。あ』
「ぅー……気持ち悪い……」
 千理が起きたようだ。青慈が満足げに笑顔を見せ、また手を前に出している。
「うえ……呪力尽き……れ、兄ちゃん……なんで戻んなかったの……」
 五芒星が浮かび上がっても、千理はぼんやりと青慈を見上げているだけ。
『千理の精神力のおかげだよ。怨むなら自分の実力を恨んでね』
「ほんと? オレ強くなってる?」
『強いよ。強いからもう一回がんばろっかー』
「うんっ」
 そこにいるのは万理ではなかろうか。
 ほっとした笑顔で頷く千理が、中学生の頃の万理に見えて仕方がない。千理はといえば頬を勢いよく叩いた後、静かに深呼吸をして座禅ざぜんを組み、瞑想めいそうするように目を閉じている。
 いつきがげんなり顔で、ライネから調合してもらった薬を受け取っている。
「集中を高めて呪力しぼり出すか……?」
『……なんかごめんね、千理』
 やっと罪悪感を覚えた青慈の謝罪すら聞こえていないようだ。精神統一した千理は季忌命の腕がせまっても気づかない。すぐにむくろへとボールを叩き込んだ隻へと怨念の塊の先が向けられ、ぞっとするも一同の前に立ちふさがる。
 変だ。先ほどよりも動きが鈍い。
 季忌命が刀を腰溜めに構えて突き出してくるも、千理との練習試合でつちかったいなしで、刀の起動まで簡単に変えられた。
 変えた衝撃で刀の音が鈍く響く。苛立った響基の声が驚いたものに変わった。
「刀の音が変だ!」
「お前の聴力どうなってんの? マジで」
 翅のぼやきに士が「本当にねー」とぼやき返している。すっと羅針盤を前に出し、季忌命に突き出す。
「八卦の導き、葉月の友よ」
 ぐるりと、髑髏どくろが士へと目の穴を向る。刀を手に向かっていく。ボールを腰の辺りに投げつけるも、急に力が増したように止まらない。
「士――!」
 ガアンッ
 ドラを下手に叩いたような音と同時に、士の前に青年と、青銅せいどうの大盾が守った。
 中央にめられたアクアマリンの宝玉の向こう、髑髏を睨み付ける萌の顔は青いながらもしっかりと鬼を睨みつけている。
「邪魔すんじゃねえよ、クズ
「八方位、かさね、八方位、襲、十六方位、示し、時勢、葉月、み、えーっと何時だったっけの刻」
「おい!?」
「夜と掛け八の封とする」
 キンッ
 疲れ果てた着物の布がひとひら、羅針盤の上に落ちた。
 未來が息を切らして到着し、目を見開いている。
「データああああああああっ!!」
「……ああ、うん。そう……」
 疲れた声しか出ない中。
 季忌命の動きが、オイル切れの機械のように固い。
 それでも止まらない動きに、士の額から汗が流れる。
「――萌っ」
「知ってるよ!」
 盾が消え、手には紙を、さらに何かを含んだようにふくらんだ萌の口かられる息が、一瞬で白い風になって季忌命を包む。


ルビ対応・加筆修正 2021/03/23


*前しおり次#

しおりを挟む
しおりを見る

Copyright (c) 2026 *Nanoka Haduki* all right reserved.