Under Darker

 第2章極夜の間奏曲

第21話 03
*前しおり次#



「いっつつ……! ちょっ、痛い、待ったちょっ……! くぅぅぅ……!」
「肩の骨を砕かれている以上響くのは当然だ、諦めろ」
「そ、そりゃそうだが骨折なんぞ生まれて初めてでな……!」
「……糸先、学生時代完全文系だったんだろ」
 呻きながら頷く糸川に、隻は溜息すらこぼれた。近くでは萌が「隼先輩無事でよかったです!」と、自分が青い顔をしているのに安堵の声を出して隼に「バカかお前」と裏拳を受けている始末。
 ……。気づけば大所帯だ。
 千理、海理、万理のレーデン兄弟に、八占家の萌と士。響基といつきの当主勢、養子仲間の翅と未來と結李羽。青慈に悟子に、幻生は秋穗と白尾ノ鴉とライネの小型三体。浄香は――縁側で不機嫌まっしぐらか。
 そして自分たち、沙谷見の双子。
 昔の六畳の居間と客間、さらに縁側や廊下にまで溢れている。屋根裏部屋へ続く階段も下ろして、そこに腰かけてやっと事足りる人数に、隻は頭を痛めそうになる。
 足を伸ばすだけの場所があるかどうかも怪しい。ただでさえ箪笥たんすだの卓袱台ちゃぶだいだので場所をとっているのだ。
 皆口には出さないが、思い思いに互いを気にしあっているようで申し訳なさが――
「狭いねーこの家」
「豪邸住まいは黙ってろ」
「いや、豪邸っていうより和菓子屋――聞いてねえなーあいつ」
「いえ、今回ばかりは隻先輩に同感です」
 萌の不機嫌そうな声が響いて、翅は意外そうに目を配っている。響基が首を傾げた。
「同感なんだな……」
「当たり前だ。隼先輩のおじいさんの家に向かって失礼極まりないこと言ってるんだぞ!」
「なんだ、堅物はやっぱり堅物だったか」
「喧嘩なら買ってやるぞ染道」
「ええー買えますー? お前呪力こってり搾り取られて妹におんぶされてたのにー? 兄の面目丸潰れなのにー?」
「てめ」
「二人とも黙れ。叩き出すぞ」
 いつきの不機嫌な声に、同い年二人はピタリと口をつぐんだ。
 青慈が自主的に『海理、帰ろうか』と話しかけ、海理も頷いている。
『こりゃここが狭いんじゃねー。人数が増えすぎだ。ってわけで万理、一旦いったん還せ。落ち着いてひまになったら呼び出しゃいいからよ』
「あ、はい。ありがとうございました、兄さん」
 途端に目を丸くする海理は、くすぐったそうに笑っていた。
 青慈は千理を見やって、還してくれるかなーと遠い顔で笑っていたけれど。
「や」
『嫌じゃない。リピートする気?』
「あふたーみー?」
『発音悪いね本当。繰り返してどうするの、それも千理の後に。発音悪いの繰り返せって? やだね』
「え? 繰り返してるじゃん」
『ああもう!! いいから還せ! 人口密度高すぎるしいつでも会えるだろ!』
 こんなやり取りが、もう微笑ましくなんて見えなくなっていた。


 海理と青慈が還った。ついに卓袱台が片付けられた。
 二人減ってもまだ大所帯には違いない。ジュース入りのコップも置く場所がなく、一人が動けばコップを蹴ってしまいそうだ。トイレで混み始めているのも色々と問題な気もする。
 隻は溜息が出てきた。
「……で。先生どうなるんだ?」
「八占で面倒を見るか、今回深く関わってる阿苑もしくはレーデンに、か。記憶を飛ばしたらまた逆戻りでしょう、この先生は」
 萌の剣呑けんのんな指摘に、糸川は遠い顔で笑っている。否定できないだけのものを抱えすぎた国語教師に、隻は渋面になった。
 レーデンにはこれ以上負担はかけられない。かといって阿苑や八占でも――
「兄さん、分家は――」
「分家はだめ。無理。あそこただの泥沼どろぬま地帯」
 千理が嫌悪にも近い表情で、万理の言葉をさえぎった。親戚付き合いでも分家の話はあまり聞かなかった隻は、改めて知った分家との関係に苦い顔になる。
 八占の兄妹も渋っている始末だ。親戚の大半を鬼に食われたと言っていたから、余裕がないところに頼めないのは隻もわかっていたことだ。
 時計の針はとっくに頂点を過ぎていた。
 欠伸が漏れる中、千理の携帯が鳴る。屋根裏部屋に姿を消した彼をぼんやり見送った。
「この際預け先は後からでも構わん。先に病院に行かないことには、俺たちの応急処置では限度がある」
 いつきの見解に、万理も心配を拭えない顔で頷いている。
 糸川は響基に怪訝そうな顔を向けていた。
「この傷、刀のもんだぞ。下手な病院には行けんだろう」
「一部の病院で、幻生による負傷者を治療する契約を結んでいる所があります。表立って知られないよう対策はされていますから、そこで」
「そーそー。近所にあるから。そこでしばらく入院ね」
「あ、おお」
「っしゃー話纏まりましたよ」
「は? なんの?」
 降りてきた千理に尋ね返したものの、千理はげんなり顔だ。
「いつの間に話切り替わったんすかちょっと。隻さんの先生、いわゆる更生施設みたいな場所に一度預かってもらって、幻生との繋がりを薄くしてもらいます。その後、スヴェーンが預かってくれることになりましたよ。恩は売っておくもんっすね――どったのにい
 いきなりせ返ったいつきに、響基も隻も視線を逸らす。万理が意外そうな顔で千理を見上げているではないか。
「よくスヴェーン家が了承してくれましたね」
「神隠しの件で、多少のレーデンに関することは甘んじて受けてくれるってとこじゃないっすかね。あの一件で随分と地位落ちてるし。助けた術士の中に嫡子ちゃくしの女の子がいたんすけど、あの子跡取り候補だったみたいなんすよね。隻さん、煉ちゃん覚えてます?」
「ああ。清水で、志乃のパートナーだった子だろ……」
 道理で話の纏まりが速いと思ったら。
 いつきに視線を向けかけて、けれどそのいつきがいつの間にか席を立って――庭のほうで携帯を片手に何やら話し込んでいる。あまりの速さに、千理がぽかんとした。
 翅は笑いこけ、万理は白々しい目でいつきを見やっているのに。
「阿苑に連絡回すようなことありましたっけ?」
「……いや、違うだろ。友達にじゃないか?」
「隻さん……」
 秋穗の遊び相手になってくれていたらしい悟子の脱力しかけた声。さすが悟子、悟る速さが大人以上だ。
 隼は――柱にもたれて寝ていた。未來が毛布をかけてくれ、隻は礼を言う。
 士が自身の手の中の携帯をひらりと振った。
「ひとまずメールしておいたから。夜峪やたに――同僚の家の嫡子に知り合いいるんだけど、そこの親戚が医者だから診てくれるって。車すっとばしてくるらしいから」
「お前人の住所教えるなら確認取れ!!」
 士に怒鳴ったも、翅は笑いこけたままだ。最初に個人情報を暴露した翅に枕を投げつけるも、上手いこと受け止められてそのまま就寝体勢に持って行かれて――悟子が狭いと怒鳴った。いじける兄貴分の背中は虚しい。
「あ、悟子。作楽呑さくらのよーい」
「はい!? ……た、確かに寝るスペースは大事ですけど」
「違う、簡易診療室いるだろ?」
「今から来るんですか!?」
「うん来るよ。でもいらないんじゃない? 先生拾ったらそのまま病院に搬送するって。車すっ飛ばして」
「道路交通法違反はやめてください」
 悟子と万理の疲れた声が重なった。?基が苦笑いを浮かべている。
「例え話って感じの音だったから大丈夫だと思うけどなあ」
「えー棒読み見抜かれるなんて棒読みの名折れなんだけど」
「え!? け、けど、音を見抜けないのは奏明院の名折れというか……」
「あの、大人の誰かが突っ込んでください。棒読みに名折れなんてないでしょうっ!」
「はっはっは、ご尤もだなあ。だが、そろそろ近所迷惑だぞー」
 悟子がはっと口を閉じていた。
 微笑ましそうに笑う未來は、家の前に止まった車の音に目を丸くして、響基は既に玄関に向かっていた。
 糸川が体を起こし、肩を押さえて呻きつつも立ち上がろうとしている。咄嗟とっさに介助した隻へと糸川が笑ってきた。
「ありがとうな。大丈夫だ」
「あ、ああ……」
 皆重たい腰を上げる中、響基が「来てるよ」と声をかけてきた。
 萌は糸川を睨みつけた後、頭を下げていて。糸川はやめろやめろと右手を振っている。
「お前にそうしてもらえるようなこと、なんにもしてないだろう。もう俺は教師じゃなくなるんだ、頭を下げられるような立場なんて持っちゃいないんだぞ」
「それでも、先生は先輩たちの恩人ですから」
 足を止めかけたのは、糸川だけではなくて。
 隻も、蹴って起きた隼もぽかんとして、翅が笑いながら隻の肩を叩いてきた。
「一本取られたなー」
「……お前うっさい」
 笑いながら玄関を出て。糸川はシルバーの車に乗り、窓を開けてもらう。
「これで会うのはおそらく最後か」
「同窓会。教師じゃなくても誘われるだろ、忘れてんじゃねえぞ」
「いや、さすがにだな……」
「そうじゃなくても会いに行くから首洗って待ってろ」
 目を見開いた糸川は、やられたと笑って、運転手の男性に頭を下げていた。
 窓が閉まっていく。
「ありがとな」
「――ああ。俺のほうこそ」
 糸川が見上げてくる目に、隻は照れくさく感じてはにかんだ。
「生きててくれてありがと、先生」
 くすぐったそうな笑みが。
 閉じられた窓の光が反射する向こうで、一瞬口がくっと歪んで見えた。
 士が運転手側に回り込んでいく。ふむと窓の向こうと対話した彼女はひょいと兄へと振り返った。
「萌ー、乗せてってくれるって」
「は!? 嘘だろ自力で帰る!」
「終電過ぎてるよ」
「……失礼します」
 仏頂面で助手席に乗っていった萌と後部座席に乗った士を、全員が笑い飛ばして見送った。


ルビ対応・加筆修正 2021/03/23


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